イギリスでのNVQに対する企業の声はこれまでのところ概ね肯定的なようだ。成功したイギリスのNVQを手本に公的な技能形成を保証しようとする政策の流れは大きく評価できるものだといえる。
公的な技能形成ができない・評価されない日本
ただ日本でこの制度が成功するためには、イギリスと違ってもともと社会的な職務基準が確立していないという点が大きな障害となることが予想される。
日本ではこれまで公的な職業訓練制度がほとんど整備されておらず、労働者がスキルを身につける場はOJTによる企業内の特殊な技能形成によるものが主だった。企業内で身につけた個別企業に特殊なスキルは別の企業では評価されないことが多く、転職や再就職を難しくしていた。この状況は現在においても根本的には変わっていない。
事実ハローワークで紹介しているような公的な職業訓練も、企業は採用の際にあまり重視しないところが多いという。そればかりか、公的職業訓練を3つも4つも受けていて失業期間が長い人に関しては採用の際にむしろ不利に扱うという企業もある。
もちろん公的な職業訓練を重視する企業もあるだろうし、公的職業訓練は社会的に必要なことでもある。長期失業が蔓延し、従来のような長期雇用も望めない現在の日本の労働市場では、非正規や失業者の技能形成は喫緊の課題だ。
公的な技能形成を保証するために何が必要か
社会的な技能形成を整備し、それを社会的に浸透させていくには当然ながら公的職業訓練の量・質ともにした拡充と政策的な明確化が必要である。今回のNVQは、まず政策目標を明らかにして実効性のある公的な技能形成を指向している点で、日本の労働市場政策としては画期的なものだ。日本版デュアルシステムやジョブ・カードといった制度整備は自民党政権下でも実行に移されていたが、政策理念を明確化したNVQはより一歩踏み込んだものとなっている。
ただし、このような技能の社会化を徹底させるには、法制度だけでは困難である。この制度を利用した求職者を採用することを義務付けることはできないため、日本的な企業特殊な技能形成と、職務基準よりもサービス残業や配置転換などをどれだけ柔軟に受け入れるかが処遇につながってくるような労働市場や職場の構造をどのように変えていけるのかが重要になってくるだろう。
地域限定正社員や、予め職務範囲を限定した労働契約の締結などはその端緒となる可能性がある。またイギリスではNVQ制度に組合が協力・参加していることもヒントになるかもしれない。産業別の労働組合が労働者の技能形成をサポートし、労働者の立場で公的職業訓練のプログラムへ助言や介入を行っている点は興味深い。社会的な職務基準や労働条件の規制を行っている主体が、客観的な職務基準の構築を行う制度へ参加していることは、制度への社会的同意やその基準の通用力を高めるのに寄与するはずである。
職業訓練と生活費給付
また、職業訓練制度と社会保障給付を組み合わせた制度の構築も急務だろう。現在、非正規や長期失業者が技能形成から取り残され、低条件の職に滞留するという事態が起きている。こうした企業内の技能形成から排除されている層に公的な職業訓練を保証する必要がある。しかし彼らには貯蓄がほとんど、もしくは全くなく、長期の職業訓練期間に収入なしで生活することがそもそも困難な場合が多い。そこで職業訓練を行いながら生活費を受給できるような制度が求められる。
実はこのような制度はリーマン・ショック以降に失業者の大幅な増加を受けて日本でも臨時に導入されていた。厚労省の緊急人材育成支援事業(基金訓練)がそれだ。これは雇用保険を受給できない求職者が単身者で月10万円の給付を受けながら無料で職業訓練を受けることができる制度である。
この制度は今年9月の時点をもって終了するが、この時限措置を恒久化するものとして求職者支援制度が10月から施行される。この新制度は認定要件や出席要件などまだまだ改善すべき点が多いとはいえ、技能形成に対して国家が生活保障と組み合わせた制度を恒久化した意義には非常に大きなものがある。
日本版NVQには多くの課題があり、イギリスのNVQとは違う社会的条件の上で実行されようとしている点に気をつけなければならない。しかし、日本版NVQは現在の日本の労働市場の抱える問題に対して有効な制度的な介入になり得るものである。今後も制度のさらなる改善や拡充を社会的に求めていく必要があるといえるだろう。
参照:日本版NVQについて(前半)
http://blog.goo.ne.jp/posse_blog/e/94377dc7b9dddb2763d3da8444e4cf16
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