▼社会保障政策の活用
次に、社会保障政策と労働市場政策の連動に関する部分です。ここは第四次報告ではじめて具体的な内容が示された部分です。内容は以下のものが提起されています。
(1)雇用保険の活用
(2)非正社員への社会保険適用範囲の拡大
(3)生活保護制度の改革
それぞれみていくと、まず(1)雇用保険の活用に関しては、これまで正社員を中心として作られてきた制度を転換する方向性が見られます。これまでの雇用保険制度は、一年以上の雇用の継続が見込まれる社員しか加入できませんでした。基本的に非正社員は排除する仕組みでした。一方で、雇用保険の財源はどんどんたまっているので、保険料をなくそうという話も出てきています。正社員しか対象にならなければ、それは給付が減ることは当然です。保険料をなくすことで得をするのは企業と転職の少ない一部の中心的正社員だけです。こうした本来の、転職者をサポートするという趣旨とは矛盾してしまっている雇用保険制度について、調査報告は適切な改善の方向を示しているといえます。
次の(2)非正社員への社会保険適用範囲の拡大、も(1)とほぼ同じように理解できると思います。重要かつ衝撃的な内容は、(3)の生活保護制度の改革です。ここでの改革案は、まずこれまで排除されてきた稼働世帯も対象にするということです。今までの日本の政策を考えれば、驚くべき転換を目指しています。欧米では当たり前の、働きながらでも所得が一定水準に達しない場合の補助を行おうということです。また、職業訓練を受けるための所得補助も示唆されています。これは前述の外部労働市場の整備とつながってくるところです。これまでは、失業するとすぐに次の仕事を見つけなくてはならず、一度非正規雇用の低賃金状態におちるとそこからはいあがれない仕組みになっていました。しかし、雇用保険や生活保護の適用があれば、職業訓練をしながらじっくり次の仕事を見つけることができます。そうすれば、企業が失業者の足元を見て、低賃金で契約することも難しくなるでしょう。
日本の福祉政策の特徴は、企業内福祉への依存度が高いことです。その結果正社員は高い福祉を得られるが、そこから排除されると低賃金の上に低福祉を余儀なくされる。そしてそのためにまた、通学や職業訓練の機会から排除され、低賃金の仕事を続けざるを得ない。こうした正規・非正規の二極化構造が労働市場制度・福祉制度全般に刻印されてきていました。そこから転換を示しているのが、この報告の内容だと見ることができます。
・論点
以上のように、第四次報告はかなり斬新な改革を目指しているように見えます。これまでの日本の労働市場・福祉政策を根本から変えようという内容です。最後に、この報告をめぐってかわされると思われる論点について指摘しておきたいと思います。
まず、労働市場改革をめぐっては、先ほども簡単に記述したように、正社員の雇用の維持と賃金の市場価格への統制をどうするのかという問題が生じます。日本では労働組合が市場を横断した価格決定に参入していないので、賃金は市場価格そのままの、つまり発言力の強い企業に有利な内容で決定してしまう可能性がとても高い。いわゆる組合規制のない「野蛮な労働市場」で決定された低賃金が全般かする危険があるということです。この点について、実は八代氏は学術論文の中では労働組合の関与の必要を認めています。むしろ、労働組合は外部市場の整備のために体質を転換させるべきだ、と。
しかし現実にはすぐにそうはならないわけで、そこで改革の道筋をどうしていくのか。これが大きな論点になってくると思います。
次に、福祉政策についても難しい論点があります。報告書の中では、老人や病人のような明らかな就労困難者へは、福祉的対象とするべきだとされていますが、働けるかどうかの「ボーダーライン」にいる層への、ワークフェア政策が示されているからです。
ワークフェア政策は、社会的な参加を促すという意味では完全に否定されるべき議論ではないでしょう。しかし、本来は働くことが困難な人に、「働かざるもの食うべからず」というように就労が強制されかねない危険性も持っています。
この点は今後どのようにそうではない制度を作成するか、が論点になることと思います。
・まとめにかえて
以上、見てきましたように今回の調査会報告は論点含みとはいえかなり画期的な内容です。しかしそれは、政財界がただ規制緩和から「規制強化」ないし「労働再規制」へと舵を切ったということではありません。
規制が緩和される前の規制の内容を刷新し、新しい市場規制や福祉の設計を行おうというところに特徴があります。規制緩和が行われる以前の日本の市場規制・福祉制度はきわめて差別的な構造を持ってきました。それでも多くの労働者や家計の主たる担い手が、正規雇用でそれなりに安定しいたために、問題が顕在化しにくかったというのが現実です。
厚生労働省や経団連などの提案する政策には、過去のゆがんだ規制の延長上に「再規制」を行おうというものが多々見られます。政財界の中にも路線をめぐる対立が渦巻いています。こうした「規制緩和から再規制へ」という流れの中で私たちに問われているのは、「どのような規制を行うように働きかけるか」ということです。
世代の悲惨、格差構造を告発したことや、貧困を暴いたことは、これまでの社会運動の大きな成果でした。そして世論は変化し、「再規制」の段階に入った現在、私たちは具体的な社会作りのための政策論争を必要とするところまで、こまを進めたといえるでしょう。
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