▼はじめに
サブプライム危機以後、大量の派遣切り・内定取り消しが行われています。報道でわかるだけで、相当の数に上ることがわかります。その数は、23,418人にのぼっています。
また、新卒の内定者の内定を取り消す「内定切り」も広がっています。厚生労働省によると11月25日現在で331人の採用内定取消が確認されているといいますが、実数はもっと多いと見られます。もっとも弱い非正規雇用労働者、本採用前の若者にしわ寄せがきている実態が読み取れるでしょう。
▼政府による緊急対策の内容
そこで政策的に重要となるのは、なんといっても労働者の生活の保持です。12月5日に出された与党の「新雇用対策に関するプロジェクトチーム」は2兆円を投入する緊急対策をまとめましたが、この対策案は有効なのでしょうか。
新聞報道によると下記のものが挙げられています。
・契約満了前の派遣労働者を直接雇用した派遣先企業に、1人あたり100万円(有期雇用は50万円、大企業は半額)を支給(3年で10万人)
・雇用保険の非正社員の加入要件を緩和。失業手当の給付期間も拡充
・「ふるさと雇用再生特別交付金(仮称)」を拡充し、地域ごとに安定雇用を創出する(3年で10万人)
・「緊急雇用創出事業(仮称)」を創設し、地方自治体が失業者らを対象に一時的な雇用機会を創出する(1年で15万人)
・社員寮を退去させられた離職者らに、住宅の入居初期費用を貸与。雇用促進住宅(約7万戸)も活用
・福祉や介護分野で職業体験を行い、人材の参入を促す
・内定取り消しについて企業への指導を徹底し、悪質な場合は社名を公表
・内定を取り消された学生を雇用した企業に、中小企業は1人100万円、大企業は50万円を支給
(朝日新聞12月5日)
▼緊急対策の負の側面
この緊急対策を一瞥してわかることは、企業への補助金を中心に対策が編成されているということです。大前提として、補助金政策という手法そのものの不合理を指摘しなければなりません。これまで派遣法の改正などに象徴されるように、雇用政策は大きく転換し、低賃金・不安定労働力を大量に生み出してきました。
製造大企業はその労働力を活用して高収益を得てきており、トヨタ自動車にいたっては減産後も黒字を維持しています。彼らの利益の源泉は不安定労働力の活用にあり、製造大企業を中心とする財界は、これまで労働力の流動化を積極的に提言し実際に進めてきたのです。
労働者の生活を不安定にし、労働力の流動化を進めることで、収益体制を強化するのであれば、労働者の生活への責任は企業自身がとらなければなりません。不安定就業を生み出してきた製造大企業は法人税や雇用保険への拠出の強化や、業界が共同して特別の基金を設立するなどして労働者の生活に対して責任を果たす必要があります。不安定・低賃金に活用して利益を蓄積してきた上、政府から補助金を獲得するというのでは責任の取りようがまったく逆転しているといわざるを得ません。
これまでは、ある意味補助金中心の日本型政策が実情に適合していました。企業の「終身雇用」とセットになることによって、政府が企業に補助金を出すと、安定した雇用が広範に確保されるという構図が成り立っていたからです。ところが近年の企業は「終身雇用」ではない労働者を大量に生み出しており、この政策は現実とかなり食い違ったものになっています。
現在、財界の方針は明確に雇用の流動化をしており、今後もこの傾向は続くものと思われます。そのため、「正社員化」によって救済されるのはごくごく一部に過ぎず、また正社員の外部に大量の不安定労働者が再編成されることになります。結果として企業には不安定労働力からくる利益のほかに、一部正社員にすることで「お土産」までついてくることになってしまいます。財界が雇用の基本を正社員とし、労使関係の緊張から一定程度それが実現されているという前提の上でしか、補助金政策の有効性は成り立ちません。
実際に、経団連会長の御手洗氏が社長を務める電機大手のキャノンは期間工・派遣の大規模な削減を行う一方で、大々的に新規の期間工募集を行っています。これは、このサブプライム問題を利用して期間工の一斉解雇を行い、労働契約法や派遣法における「3年の上限」を突破することが狙いだとみられています。この機に一度解雇して、別の労働者を入れることによって、直接雇用や正社員化の法律上の制約を突破しようというのではないかと疑われているのです。この点については12月4日、日研総業ユニオン大分キャノン分会の告発を受け、舛添厚生労働大臣が調査することを約束しています。このように今後も製造業は大量の非正規雇用の活用を行っていくでしょう。ならば、不安定労働力を活用して巨利を得続ける企業に対し、さらなる補助金を支払うことは政策論として破綻していると考えられます。
▼この政策の評価できる面
次に、この与党PT案の画期的な側面についてみていきましょう。
まず、補助金によって雇用を維持するという方法は、大企業に対しては不合理なものですが、もともと利益が圧迫されている中小企業においては、正社員労働者を増やす有効な政策となる可能性があります。
また、今回の政策があくまで企業への助成金が中心であるとはいえ、労働者個人の住居対策もそれなりに充実している点は高く評価できます。雇用促進住宅の活用や、返済免除が予定された貸付制度は効果が高いものと思われます。
さらに、雇用創出事業、職業訓練を行うとしている点はきわめて重要です。というのはこれまでの企業補助金中心の雇用対策から脱皮し、企業の外側にいる労働者に対しても政府が仕事と訓練を与えることを意味するからです。これは企業社会の外部に雇用を創出することにもつながります。
特に、雇用創出事業はかつてこれまでの政策体系の中とは水と油のようなものです。戦後直後に同様のものが創設されたことがありますが、政府が企業中心の政策体系を構築する中で異質な政策となりました。「企業に雇用されることで福祉が得られる」という日本社会の特徴を考えれば、国家の補償する職業対策で身を立てることは「ろくに働かずに国がめしをくわせている」という反感を世論からもたれることにつながりました。そのため失業対策事業(公共事業による雇用確保)の制度を廃止することは政府政策の念願であり、それを実現するために大変な苦労をしたのでした。
この因縁の政策を復活させるということは、政策担当者としては相当思い切った決断だったものだと思われます。そこまでしなければならないほど、現状が深刻だということでしょう。
ただここでひとつ注視しておかなければならないことは、こうした雇用創出事業の中身です。政府が事業を行って雇用を創出するといっても、従来型の土建事業では意味がありません。それではいくら状況が変化したといっても、かつてと同じような「無駄」という世論の反発をうけてしまうでしょう。環境保全や、介護(当然介護報酬の引き上げも必要です)など、これからの日本社会をより豊かにしていく事業、それも公共的な政策で推し進めるべき事業に重点的に職業訓練し、従事していくことが肝要です。
雇用対策事業を通じて人々からその存在が支持されるような、公共的職業・業務の発達を促していくことができれば、これは雇用対策の新しいステージを切り開くことになるでしょう。
▼まとめ
以上のように、サブプライム危機に対する政府の緊急対策は、企業補助金という従来型の古く実情に合わなくなった政策群を基調としながらも、現実に対応した新しい政策とせめぎあうような状態にあります。そこで、後者の政策をより拡充していくことで対策を進めていくことで、この危機を日本社会を豊かにするチャンスに変えることができるのではないでしょうか。
具体的な方法については今後もPOSSEの政策研究会から提案していきたいと思います。
最新の画像もっと見る
最近の「ニュース解説・まとめ」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事