物語の主人公はナガセという名の29歳の女性です。以前の職場でメンタルヘルスを患い、仕事を変えて、化粧品工場で契約社員として製造ラインで働きつつ、パソコン講習の仕事を掛け持ちしています。主な登場人物たちは母、職場の上司、大学時代の友人たち。ナガセは、老朽化した自宅に母と共に住んでいましたが、そこに大学時代の友人が子どもを連れて転がり込んできて…。ナガセは、そうした人たちとの交流の中で、様々な人生に触れながら、自分の夢を叶えるために、もがきながらも奔走します。
本作品は、就労状況をはじめ、病気や子育て、そして生きる希望についてなど、格差社会の困難が、それぞれの人々の身にどのように降り注いでいるのかを写実的に描いています。しかし、本作の特徴は、それぞれの困難に際しても、人びとは絶望せずに生きていく、そうした前向きな姿を描き出しているところにあります。
世相を繁栄した小説のようですが、作者の津村紀久子さん自身も、就職難の時代を経て、いまは働きながら小説をお書きになっているそうです。この作品が書かれたのが昨年の7-9月頃ということで、金融危機や派遣切りの話が出てくるものではありませんが、そのことについては、作者自身も「こんなにすごい不況になるということを私はまったく知らなかった」と述べています。
現在は、小説で描かれた社会の状況よりも、更に深刻な状況が生じています。津村さんは、「修正不可能な格差を是正すべきだ」とのメッセージを発信していますが、そのためには何をする必要があるのか。小説を読んだ後に、私たちは考えなければならないのではないかとの感想を抱きました。
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たぶん自分は先週、こみ上げるように働きたくなくなったのだろうと他人事のように思う。工場の給料日があった。弁当を食べながら、いつも通りの薄給の明細を見て、おかしくなってしまったようだ。『時間を金で売っているような気がする』というフレーズを思いついたが最後、体が動かなくなった。働く自分自身にではなく、自分を契約社員として雇っている会社にでもなく、生きていること自体に吐き気がしてくる。時間を売って得た金で、食べ物や電気やガスなどのエネルギーを細々と買い、なんとか生き長らえているという自分の生の頼りなさに。それを続けなければいけないということに。(――本文より)
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