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求職者支援制度について


 厚生労働省は、2011年2月1日、「求職者支援制度」の法案要綱を労働政策審議会に諮問し、「おおむね妥当と認める」との答申を受けました。その後、厚労省によって提出された法案は、同月10日、国会提出を閣議決定されたのち、同月14日、国会に提出されました。5月13日には、参議院本会議で「求職者支援法案」が全会一致で可決され、成立しました。
 雇用保険が受給できない非正規労働者であった離職者等に、職業訓練および訓練中の生活給付を行う緊急人材育成支援事業の訓練制度(基金訓練)が今年9月に終了するため、10月から実施される求職者支援制度は、雇用保険と生活保護の間にある「第二のセーフティネット」として恒久化が目指されています。
 今回は、求職者支援制度の概要と制度設計における現状を紹介し、制度の抱える問題点について考えていきたいと思います。

求職者支援制度とは
 求職者支援制度は、「職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律案」によって創設される制度であり、この特定求職者とは、「雇用保険の失業等給付を受給できない求職者であって、職業訓練その他の就職支援を行う必要があると認める者」とされています。
 非正規労働者や長期失業者の増大などの厳しい雇用情勢を踏まえて雇用保険法が改正され、雇用保険の適用範囲の拡大・受給資格要件の緩和などの措置がとられていますが、それでも受給資格を得られない場合や、就職先が見つからないまま受給期間の終了を迎えてしまう場合もあります。また、そうして生活に困窮した場合に、最後のセーフティネットとして生活保護が用意されていますが、「制度の趣旨から」利用しうる資産、能力等をすべて活用し、それでもなお生活に困窮する場合でないと、その対象にはならないとされています。こうした現状認識にもとづき、雇用保険と生活保護の間の新たなセーフティネットとして、「基金訓練」が実施されてきましたが、これは緊急の時限措置であるということから、恒久制度として求職者支援制度が創設されたのです。

 求職者支援制度では、一定の要件に該当すれば、訓練期間中、原則最長1年まで月10万円(扶養家族がいる世帯は月12万円)の職業訓練受講給付金が支給されます。常態的に職に就いていないこと、世帯に一定の収入がないことに加え、世帯の資産が一定の水準を超えないことや、訓練にすべて出席することがその要件となります。
 訓練に関しては、求職者の早期の就職を支援するという目的のもと、新たな訓練コースが設定されます。受講者の多様な状況に対応するよう基礎的能力から実践的能力までの訓練が準備されるということで、具体的な分野・職種は明らかにされていませんが、政府の「新成長戦略」において成長分野と位置付けられている産業が想定されているでしょう。基金訓練では、介護、IT、農業等の分野で実習コースが用意されているため、求職者支援制度でもこうした産業に関係する訓練コースの設定が考えられます。
 就労支援は、ハローワークにおいて、求職者の適性や希望の職種・業務を踏まえたうえで、必要な訓練コースへと誘導することが想定されています。受講者ごとに個別に支援計画が作成され、訓練中、訓練終了後もハローワークへの定期的な来所が求められています。

問題点・課題
 次に、この求職者支援制度の抱える問題点をいくつか挙げていきたいと思います。
 まず、資産要件についてです。前述した通り、世帯に一定の収入がないこと、および資産が一定の水準を超えないことが給付の要件とされています。単身者の場合、月収8万円以下、扶養者がいる世帯の場合は25万円以下が基準となる予定です。保有する金融資産についても、300万円以下であることが条件となります。さらに、受給対象者本人が、土地や建物を所有していないことが、条件とされています。この点は基金事業と同様です。求職者に対し継続的な職業訓練を促し、就職に結びつけるための生活給付であるはずが、すべての資産を手放したうえで生活に困窮しなければ給付が受けられないというこうした資産要件は、生活保護の資産調査を思い起こさせます。生活保護の受給においては、すべての資産を換価処分して生活費に充てることが求められています。保護を受けるためには、資産価値が高いとみなされる自動車等を手放さなければならないのです。しかし、これによって就職活動、あるいは仕事をするのが困難になってしまうということも考えられ、必ずしも困窮状態から生活の再建に結びつくとはいえません。こうした厳しい資産要件については、特に長期失業者等の求職者の就職を促すことを目的とする求職者支援制度において、問題となるでしょう。

 訓練コースの内容や訓練実施機関についても、問題点があります。新訓練では、「就職に必要なコミュニケーション能力等のヒューマンスキルを含めた」能力の育成が想定されています。近年、大学生の就職活動においても、コミュニケーション能力は、企業が求める能力として大々的に謳われていますが、民間企業によって付与されるものとは、どういったものになるのでしょうか。これらは、抽象的で曖昧な理念であるにもかかわらず、求職者に「自己分析」を徹底させることで、企業が求める人材に作りかえる役割を果たすかもしれません。こうしたなかでは、労働者に義務のみを教え、会社の命令に従うような働きを求めることも、容易に考えられます。また労働者も、やっと手に入れた就職先にしがみつくように、企業による様々な要求に応えるかたちで働いてしまう。このような状況の下では、職場で蔓延する違法状態を、労働者が受け入れてしまう可能性もあります。労働者が自分の身と「キャリア」を守るために、法的な権利を行使できることが求められてきます。労働法の知識や、実際に違法状態に対処できるような方法を伝えることが重要となってくるのです。求職者が「意味のあるかたち」で労働市場に参入できるよう、求職者支援制度の訓練コースのなかには、労働者の権利を教える「労働法教育」も加える必要があるのではないかと考えます。

 さらに、新訓練の効果測定は、訓練受講者の就職率によって評価されるということも問題です。就職率という数値で判断されるということは、訓練を終了した労働者が、どういった産業・職種、雇用形態で就職したのか、といった情報は抜け落ちてしまいます。労働政策審議会職業能力開発分科会の報告では、「就職した場合には、雇用形態や分野、職場への定着状況についても把握することが望ましい」とされていますが、実際これらを把握したうえで、どのような対応をするのかは明確にはされていません。求職者の「早期」の就職を優先するだけではなく、長期的な視点をもって就職を支援することが望まれます。

 これまで公共職業訓練は、一定期間の労働経験をもった求職中、あるいは在職中の労働者がその対象とされてきたため、若年労働者が公的な職業訓練を受ける機会はほとんどありませんでした。それは、長期雇用慣行を前提とし、企業による教育訓練(On the Job Training)が想定されてきたためです。しかし、従来のような手厚い雇用保障が維持できなくなってきたなかで、非正規労働者や無職の若者は、十分な教育訓練を受けることができません。求職者支援制度の導入によって、公共職業訓練の対象外であったこれらの人に対しても、訓練が施されることは評価できます。しかし、訓練で習得した技術やスキルをもって、必ず就職に結びつくとはいえません。また、仮に労働市場に戻ることができたとしても、「ブラック」な労働問題に直面することも、現在の雇用情勢からして考えられます。
 こうした状況においては、前述したように、労働者の権利行使を後押しするような支援はもちろんのこと、家計を自立できる比較的安定した職への移動をサポートするよう、労働市場に対して社会的な規制をかけていく必要もあります。求職者支援制度が「第二のセーフティネット」として今後どの程度機能しうるか、注意深くみていく必要があるでしょう。



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