ムラカミの公開制作的ブログ

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・番外編

2023-07-23 12:01:52 | 日記

前回の更新から10日を過ぎた。暑さの為にスキャニング作業は進んでいない。

「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・ギャラリー3 - ムラカミの公開制作的ブログ (goo.ne.jp)

そこで、場つなぎというわけではないし、この「富士山~矢倉岳ミステリー」の括りからは外れるが、日本武尊の東征に関連する「酒折宮」の画像を紹介する。

酒折宮公式サイト (sakaorinomiya.jp)

撮影日時は2009年4月13日。14年前の画像なので、現在とは違っている箇所がある。間違い探しではないが、ストリートビュー等で見比べてみると面白いかもしれない。

鳥居を前にして振り返って見ると・・・

酒折宮へは、JR中央本線「酒折」駅から徒歩10分はかからない。距離にして500メートルはないだろう。この画像の左側、自動販売機が並んでいるところが現在は「参拝者駐車場」に変わっている。

本殿前から振り返って見た。御祭神 日本武尊の神社として、機会があれば訪ねたい場所ではないだろうか。

 

酒折宮へ行かれたら、合わせて甲斐善光寺にも行かれることをお勧めする。徒歩でものんびり歩いて15分は掛からないだろう。

甲斐善光寺 (kai-zenkoji.or.jp)

 


「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・ギャラリー3

2023-07-12 13:27:19 | 日記

引き続き、富士山と矢倉岳の頂上を結ぶ線上の画像を上げていく。

 

●小田原市下大井界隈からの富士山・矢倉岳 2009年1月16日撮影

酒匂川左岸(東側)にて、富士山と矢倉岳の重なりを見ていくと、どこかでNECの建物が視界に入ってくる。この建物もまた、延長線上に位置するのだ。

国道255号線「下大井」交差点にある歩道橋上から撮影した。「海鮮問屋ふじ丸」「やきにくの快」のある交差点である。

未舗装の畑脇の道から撮影。

「酒匂堰」という農業用水の近くにて。

「下大井中央」交差点近く。

 

●【参考資料】平塚市万田の湘南平展望台からの富士山・矢倉岳 2009年1月16日撮影

富士山・矢倉岳の延長線上からズレるが、大磯丘陵に邪魔されて展望適地が少ない大磯町に隣接する湘南平からの状態である。

高麗山公園(湘南平) | 平塚市 (city.hiratsuka.kanagawa.jp)

 

●【参考資料】富士山から見る矢倉岳 2023年7月7日撮影

これは富士山と矢倉岳の重なりを見ていく場所ではないので、本編内容ではない。だが、こうして矢倉岳越しに富士山を眺めてくると、では富士山から矢倉岳を見たらどのような感じになるのだろうか?という好奇心を満たすだけのことである。

「御殿場口新五合目」から見る矢倉岳。あいにく霞んだ風景だったが、なんとか矢倉岳の姿を確認することが出来た。

「富士山頂と矢倉岳山頂を結んだ線」という、本テーマからすると、やや南側にズレた位置となる「御殿場口新五合目(標高約1430m)」だ。では、その線上に位置する富士山での適当な撮影場所へ立とうとすると容易ならぬ場所となる。自衛隊の東富士演習場となり、立ち入り禁止である。「須走口(標高約1960m)」では北側にズレてしまうのだ。

もっとも楽に、しかも自家用車で行ける点で「御殿場口新五合目」からの撮影とした。矢倉岳は、反対側から見ても独特の形をしていてすぐに見分けられるだろう。

蛇足だが、撮影した位置から振り返ると、以下のように夏山シーズンの準備が進んでいた。

ここからほんの少し上がれば「御殿場口」の鳥居がある。

 

以上で「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」を終える(今後、若干の修正はあるかもしれない)。

私の作品制作では、「視差(パララックス)」を一つの軸として試行している。その一環として、子供時代から親しんできた矢倉岳を中心として2009年に撮影を行ったものを紹介した。これらを壁面展示、或いは写真集にまとめる考えは、今のところない。その為にはもう少し撮影を追い込んでみたくなるのが普通の心情だろう。だが、完成度を磨くことにさして意味もないのでは、と考える面もある。そうしたことから、やや大雑把ながらもブログ上での発表となった。

撮影地点の細かい情報は掲示しなかったが、要するに地図上に一本の線を引き、二つの山の重なり具合を見ながら移動して行けば良いだけの話である。この地域を訪れる機会があれば、この二つの山の重なりに目をとめられて、風景を楽しんでいただければと思う。

それにしても、富士山と矢倉岳が重なる場は、十分にパワースポットと言える場なのではないだろうか。私的には、そうしたことを信ずる者ではないのだが。

 

次回は、「視差(パララックス)」を試行した未発表作について、アップしていくことを考えている。ただ、モノクロ・ネガフィルムからのスキャニングを伴うため、暫くお待ちください。

 


「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・ギャラリー2

2023-07-11 11:27:21 | 日記

引き続き、富士山と矢倉岳の頂上を結ぶ線上の画像を上げていく。

 

●小田原市下大井・上曽我界隈からの富士山・矢倉岳 2009年1月11日撮影

酒匂川堤防より。

少しずつ東へ移動する。

箱根外輪山が気持ちよく見えた。その中心が明神ヶ岳、その右(北)側に見える尖がった山が金時山。

この日は暖かく、そして視程も良かった。そこで、小田原市上曽我にある「瑞雲寺」の上にある「中河原配水池」の上まで上がってみた。

 

上画像2枚は、「六本松跡」から上がって行った場所である。以下リンク先に「六本松跡」の記述と画像あり。

「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・周辺資料1 - ムラカミの公開制作的ブログ (goo.ne.jp)

「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・大磯丘陵からの眺め - ムラカミの公開制作的ブログ (goo.ne.jp)

https://goo.gl/maps/s5NzRGgnBQeXDdzs5

 

●二宮町 吾妻山からの富士山・矢倉岳 2009年1月12日撮影

山頂は菜の花が咲き、訪れる方が多い。

「吾妻」とは、「吾嬬はや(わが妻は、ああ)」と日本武尊が三度歎いたという「吾妻」である。したがって、「吾妻」と名の付く場は、日本武尊と弟橘媛命に関わる。

二宮町の吾妻山の山頂は、やや富士山・矢倉岳を結ぶ線上よりも南に位置することが、上画像からもお分かりいただけると思う。

山頂の南側に吾妻神社が位置する(以下リンク先のリストに吾妻神社)

「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・周辺資料4 - ムラカミの公開制作的ブログ (goo.ne.jp)

 

●小田原市上曽我界隈からの富士山・矢倉岳 2009年1月14日撮影 

県道72号線から小道に入り、曽我丘陵の西斜面を上ったり下りたりして眺めた。

 

次回に続く。

 


「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・ギャラリー1

2023-07-10 09:40:51 | 日記

富士山と矢倉岳を結ぶ線上の不思議さについてやってきた。

昔々、今のような正確な地図やGPSはなかったものの、人々は風景や星から位置を知って歩き、船を用いて移動もしてきた。むしろ昔の人の方が移動に伴う風景の変化に敏感だっただろう。

案外、富士山と矢倉岳の位置関係を見ながら、その延長線上に近いところに日本武尊、弟橘媛命を祀っていくということが起こっても不思議はないかもしれない。なんといっても最高峰の富士山に位置づけていくのだから。そして矢倉岳も様々な伝説と所縁に満ちている。それらの関連を紐解いたところで、真実には行き当たらないだろう。だが、真実ではなくて広がる妄想の中に遊ぶのが目的だった。

さて、撮りためた画像は多い。当初は何らかの発表方法(壁面展示)を模索しながら撮影していた。ところが、途中からそういうことを放棄してしまった。ただ、その時々の富士山と矢倉岳の重なりを目撃することが面白くなった。2009年頃、そうして集中的に撮影を行った。

 

撮影に使用した主要機材は、ボディがOLYMPUS E-420

OLYMPUS E-420:デジタル一眼レフ Eシリーズ:カメラ製品:オリンパス

レンズは ZUIKO DIGITAL ED 12-60mm F2.8-4.0 SWD

index.pdf (omsystem.com)

 

では、これから数回に分けて、残りの画像を紹介するのでお楽しみいただければ幸いです。

 

●テスト撮影 2008年10月19日撮影(テスト撮影はキヤノンのコンデジ使用)

この、富士山頂と矢倉岳山頂が接する場所は、私が小学校高学年の頃(1970年代)、友人たちと自転車に乗って探しに行った思い出の場所である。酒匂川の土手上に出来たサイクリングコースで、富士山と矢倉岳の位置が変化していく様を、友人たちと共に面白がっていた。

 

●足柄平野からの富士山・矢倉岳 2009年1月8日撮影

上画像から振り返った図が下画像である。この先が走水神社の位置に繋がることになる。

上画像、酒匂川堤上から走水神社方向を見る。

小田急線「栢山」「開成」駅間から見る富士山・矢倉岳。

以下、通称「曽我山」の中腹からの夕景。

 

次回に続く。

 


「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・周辺資料8

2023-07-05 11:14:40 | 日記

長々と日本武尊、弟橘媛命を御祭神とする神社をリストアップしてきた。地域別に何らかの特徴があるのではないかと考えたからだ。では、それらの神社を地図上に記してみよう。

上の図は、神奈川県内の神社の中から、日本武尊、弟橘媛命を御祭神とする神社のみを示した。その分布といっては失礼だが、結局は古くからの街道筋であるとか、集落があるところであるとか、要するに人が居住するか往来があるかの場所に点在していることになる。

より正確に考察するならば、それぞれの神社の造営年を考慮したり、言われも調べなければならないだろう。他にも考慮しなければならない点はあると思う。だが、研究者ではないのでそこまではやれない。

だが、無いところには全くない。特に真鶴、湯河原、箱根町にはない。逗子市、葉山町にもない。それはそもそも神社自体の数が少ないことも関係しているかもしれないが、日本武尊の東征という物語に関連性が薄ければ、その物語に関わる信仰も薄くなることはあり得るだろう。

 

赤丸印は、御祭神に日本武尊が含まれる神社を示す。「御嶽神社」が多く見られる点を、どの様にとらえれば良いのかは分からないが、とにかく神奈川県内のミタケと名の付く神社の祭神は、日本武尊が多いようだ。

黄丸印は、御祭神に弟橘媛命が含まれる神社を示す。数は少ないものの、概ね富士山と矢倉岳を結ぶ線上に近い位置に造営されているように思う。

緑丸印は、御祭神に日本武尊と弟橘媛命が含まれる神社を示す。これも数は少ないものの、概ね富士山と矢倉岳を結ぶ線上に近い位置に造営されているように思う。

そして、私は現地確認を行っていないが、千葉県君津市の鹿野山に位置する「白鳥神社」も、ややズレてはいるが富士山と矢倉岳を結ぶ線上に近い。さらに千葉県市原市には「オトタチバナの滝」という名前も見つかる。この滝も、ややズレてはいるが富士山と矢倉岳を結ぶ線上に近い。

 

こうした日本武尊、弟橘媛命に関係する場が、何らかのかたちで富士山、矢倉岳、走水神社を結ぶ線と関わっているように見えるのは、単なる偶然なのだろうか。

富士山は間違いなくランドマークとして最良である。矢倉岳もランドマークになり得る。浦賀水道を渡るには、幅が狭いという要件からすれば走水を選ぶことはあるだろう。ただ、偶然、それらが直線上だったということだけなのだろうか。

だが丁寧にも、と言っては失礼だが、君津市の「白鳥神社」までが加わってくることに、やはり富士山展望との関係はあるのではないだろうか、と思わずにはいられない。

 

※ 「白鳥神社」は、川崎市 麻生区 白鳥にもあることは、下リンク先にリストアップ済み。

「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・周辺資料7 - ムラカミの公開制作的ブログ (goo.ne.jp)

地図は国土地理院 GSI Maps 利用

 

次回に続く。