脳科学研究センター-脳研究の最前線

脳の研究を総合的に行うべく、脳科学総合研究センタが1997年に設立された。

Aβ以外の治療標的‐対処療法

2024-08-09 02:03:28 | 脳科学
現在アルツハイマー病治療のために世界で最も使用されている医薬品はドネペジルです、これは、エーザイの杉本八郎博士(京都大学)が開発に成功した、世界に誇る日本の成果です。製薬品をアリセプトといい、年商約1000億円といわれます。ドネペジルはどんな経緯で開発されたのでしょうか?
1980年代にアルツハイマー病脳内において低下している神経伝達物質が検索されました。その結果、アセチルコリンが低下していることが分かりました。また、アセチルコリンを合成する神経細胞が変性していることも見いだされました。そこで、研究者たちは「脳内アセチルコリンレベルを上げれば、症状が緩和されるのではないだろうか」と考えたわけです。脳内でアセチルコリンを分解する酵素がアセチルコリンエステラーゼなので、これを阻害する薬品の設計と合成が精力的に行われました。その結果、コリンエステラーゼ阻害剤であるドネペジルが開発されました。国外でも同様の薬品を合成する努力はなされましたが、総合的にドネペジルを超えるものはありません。ドネペジルは比較的副作用が弱いこと、および、一日一回の副用ですむことが長所です。アセチルコリンエステラーゼの阻害剤は強すぎても弱すぎてもよくありません。
アルツハイマー病の発症機構カスケードにおいて、アセチルコリン低下は下流に位置します。患者さんには投薬効果の見られるレスポンダーとそうでないノンレスポンダーがあります。レスポンダーに関しては、投薬後約半年ほど認知能力の改善が見られます。しかし、いくらアセチルコリンの分解を抑制しても、アセチルコリン合成ニューロンが死滅して効果がなくなります。この半年を過ぎると、非投与患者と同じように認知能力が低下してゆきます。アセチルコリンを標的とした治療法は、原因を取り除くわけではないので、対症法と称されます。根本的原因(Aβ蓄積)の除去および対メカニズム療法と組み合わせれば、より強い効果が期待されます。
その他の対症法としては、興奮性アミノ酸受容体のイオンチャンネル拮抗剤があります。
これは過剰のカルシウムイオンが神経細胞に流入することを抑制する作用があります。コリンエステラーゼ阻害剤が効かなくなった、より重度の患者さんに使用されることが多いようです。

Aβレベルを下げるアプローチ

2024-08-09 01:03:23 | 脳科学
現在、アルツハイマー病の根本的治療の対象として、脳内のAβレベルを下げるアプローチが精力的に進められています。これまでの主流のアプローチは、セレクターゼの阻害剤とAβワクチンです。動物実験においてある程度の効果が認められたので、現在臨床試験の最中です。Aβ分解酵素ネプリライシンを活性化する方法も探られています。
Aβワクチンは、Aβに対する抗体を用いて脳内のAβを除去するものです。能動免疫と受動免疫の二つに分けられます。能動免疫は、抗体(Aβペプチドあるいは誘導体)を投与して患者の免疫系に抗体を産生させる方法です。当然ながら、免疫応答は個人差があります。受動免疫は、あらかじめAβに対して作製した抗体を投与します。モノクローナル抗体という均質な抗体を用いるので、個人差やロット差はありません。ただ、抗体医薬品は一般的に高価なので、医療経済学的な理由から普及は容易でありません。
これまで述べてきたように、アルツハイマー病の発症機構について不明なことはまだ沢山あります。しかしながら、原因が生じてから発症に至るまで長期間を要すること、そして、老人斑→神経原線維変化→神経変性という三大病理が存在することは、複数の治療標的があることを意味します。このような理由から、複数の標的に作用する医薬品を組み合わせる、いわゆるカクテル療法が有効な治療法になることが期待されます。

Aβと脳老化-軽度認知症の意味するもの

2024-08-08 17:46:05 | 脳科学
前述したとおり、孤発性アルツハイマー病の発症リスク、80歳を過ぎてから、急激に上昇します。欧米のベータでは、80歳で四人に一人が罹患しています。100歳では実質的に10人中9人が影響を受けているという報告もあります。この数字は、アルツハイマー病が特殊な疾患でなく、かなり一般的な意味での脳老化の行き着く先であることを示唆します。老人斑や神経線維変化などの代表的神経病理を有しながらも認知能力が健常な方はいますが、認知症の潜伏期間にある可能性が高いと考えてよいと思います。
また、1990年代以降に正常な老化と認知症の中間的な状態として、軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment〉)という概念が確立されました。厳密には、主に記憶力に異常があるかないかに分類されますが、ここでは前者を軽度認知障害として取り扱います。軽度認知障害は、健常老人と比較して明確な記銘力(特にエピソード記憶)の低下が認められます。
しかし、判断力などの総合的認知能力が正常範囲にあるため、認知症と診断されるほどに重症ではなく、日常生活や、ある程度の社会生活を送ることはできます。この軽度認知障害は、アルツハイマー病に移行する確率が健常者の10倍以上高く、また、老人斑(Aβ蓄積)や神経原線維変化(タウタンパク質蓄積)や神経変性などの病理像においても、多くの場合に正常老化とアルツハイマー病の中間に位置することが分かってきました。
以上のことは、多くの人々が正常の老化過程で脳内にAβの蓄積を開始し、その量があるレベルを超えたところで、軽度認知障害を経てアルツハイマー病に移行することを意味します。このように考えると、これまで正常の老化の範囲で考えられてきた加齢に伴う神経機能の低下(例えば軽度認知障害と認められない程度の記憶力の低下)の一部は、Aβ蓄積に起因する可能性があります。事実、アルツハイマー病のモデルマウスでは、Aβが蓄積すると神経原線維変化がないにもかかわらず、認知症の低下が認められます。
健常な人間でも、個人差は大きいのですが、40代から80代にかけてAβの蓄積がはじまります。以上のことを考慮すると、あくまで正常の範囲での中年以降の物忘れ(人の名前が出てこない等の記憶障害)も実はAβ蓄積が原因である可能性が浮上してきます。これは、「超軽度認知障害」と称することができます。加齢に伴うAβ蓄積を抑制することができれば、この超軽度認知障害を制御することも可能になります。これは、認知症を予防するだけでなく、正常老化過程の認知能力低下をコントロールすることを意味しますから、冒頭で述べた「脳老化制御学」の対象となると私は考えています。

人間で安全性は調べられていない

2024-08-08 13:15:44 | 食の安全
「カップラーメンを食べつづけて大丈?」「コンビニのおにぎりや弁当は安全なのだろうか」-こんな不安を感じている人は非常に多いと思います。食品添加物が沢山使われていて、その安全性が疑問視されているからです。
コンビニやスーパー、また、そのほかの店でも、溢れんばかりに加工食品が置かれていますが、ほとんどに多種多様の食品添加物が使われています。しかし、それらは人間で安全性が確認されたものではないのです。
お米や野菜、果物、砂糖、塩などは、これまで人間が長い間食べつづけることによって、その安全性が確認されたものです。しかし、食品添加物はそうではありません。動物実験が行われ、その結果から、人間にも「害はないだろう?」という推定のもとに使われています。
でも、動物実験では、添加物が人間に害をおよぼす微妙な影響はわかりません。例えば、胃部不快感、つまり、食品を食べて、胃が重苦しくなったり、張るように感じたり、気持ちが悪くなったり、痛みを感じたり。こういう添加物によっておこる微妙な症状は動物実験だけではわかりません。
また、吸収された添加物が、アレルギーをおこさないか、ホルモンを攪乱しないかなども、動物実験ではなかなかわかりません。動物を使って調べる内容は、急性の中毒や死亡、発ガン、臓器の異常など、かなりはっきりした症状だからです。
でも、「そんなことをしたら、食べるものがなくなってしまう」と反論する人もいるでしょう。実際、添加物を含む食品を避けたら、食べるものがほとんどなくなってしまいます。
そこで、できるだけ安全性の高い、すなわち「食べてもいい」添加物が使われている食品を買う、という現実的な選択をせざるをありません。例えば、ビタミンCやE。これらはもともと食品に含まれていて、動物実験の結果では、毒性はほとんど見られません。そうした添加物を含む食品をできるだけ選ぶようにするわけです。
食品を美味しく感じるのは、体にとって必要な栄養が含まれているからです。風邪をひいたときは、みかんやいちごなどがとても美味しく感じられるでしょう。ビタミンCを消耗しているので、それを含む食品がとりわけ美味しいのです。
大半の添加物は、栄養になりません。したがって、添加物の多い食品は、美味しくないものが多いです。この点でも、添加物の少ない食品がベターです。
最近、体がすっきりしない。だるい、疲れやすい、生理不順などの体調不良を訴える人が増えています。もしかすると、添加物によって体のシステムが乱れているからかもしれません。そんな人は、ぜひ「食べていい」添加物または無添加の食品を食べるようにこころがけてください。

ここに出てくる実験データは、おもに次の文献にもとづいています。
「第7版 食品添加物公定書解説書」(谷村顕雄ほか監修、廣川書店刊)、「食品添加物の実際知識 第3版および第4版」(谷村顕雄著、東洋経済新報社刊)、「既存天然加物の安全性評価に関する調査研究-厚生科学研究報告書」(厚生省食品化学課監修)、「天然加物の安全性に関する文献調査」(東京都生活文化局消費生活作成)


ネプリライシンを活性化する

2024-08-08 08:36:13 | 脳科学
ネプリライシンを用いた遺伝子のは、アルツハイマー病の患者さんに対して成功する可能性は十分にあります。ただ、脳外科的処置を要するため、実際の患者さんを治療する神経内科医や精神科医には敷居が高いのが現状です。そこで、薬理学的方法の探索が進められています。その結果、神経ペプチドであるソマトスタチンが、培養神経細胞のネプリライシン活性を上昇させることを見いだしました。
さらに、ソマトスタチン破壊マウスを用いて検討したところ、海馬においてソマトスタチンはネプリライシン活性を制御することによってAβ(特に病原性Aβ42)の量を調整することを見いだしました。ソマトスタチンは、ソマトスタチン受容体を介して作用します。受容体の結合部位は特異的な鍵穴のような構造をしているため、格好の創薬の標的です。また、ソマトスタチン受容体には五種類の(異なる遺伝子の産物である)サブタイプが存在し、その中には脳内に選択的に発現するものがあります。このサブタイプだけを活性化する低分子薬剤は、全身的な副作用がなく、脳内Aβレベルを下げる作用があると期待されます。
また、ソマトスタチン自身は認知能力改善作用があることも報告されており、二重の意味でアルツハイマー病に対して予防・治療作用があることが期待されます。さらに、脳内のソマトスタチンは加齢によって減少し、孤発性アルツハイマー病患者では顕著に低下することが報告されています。Aβレベルを上昇させることによって、孤発性アルツハイマー病の原因となる可能性を示唆しています。
米国のヤンクナーらは、ヒト脳を用いて約一万個の遺伝子の発現と加齢との関係を検討しました。加齢に伴って発現が低下する遺伝子は全体の1パーセントにあたる約100個でした。その中の一つがソマトスタチンで、40歳以降有意に低下します。アルツハイマー病の罹患患者率が80歳以降に急激に増えることによく一致しています。もちろん、ソマトスタチン以外にもネプリライシン活性・発現を上昇させる物質が存在する可能性はあります。