「鹿島茂コレクション3 モダン・パリの装い 19世紀から20世紀初頭のファッション・プレート」展2回目のご紹介です。
ヴェルネやガヴァルニが腕をふるった19世紀前半のファッション・プレート(レビューはコチラ)に夢心地になりながら階段をのぼると、2階展示室では20世紀に花開いたアール・デコのイラストレータたちが華やかに出迎えてくれます。
2階展示室の中心となるのは、ジョルジュ・ルパップ(GEORGE LEPAPE, 1887-1971)、シャルル・マルタン(CHARLES MARTIN, 1884-1934)、アンドレ・E・マルティ(ANDRE E. MARTY, 1882-1974)の三人。
「鹿島茂コレクション2」でとりあげられたジョルジュ・バルビエを加えて「アール・デコ・イラストレーションの四天王」とされるこの三人(バルビエも加えれば四人)は、それぞれが強烈な個性をもっており、とてもひとくくりにはしきれません。
わたしが個人的にもっとも惹かれるのは「小さいものの巨匠」と謳われるマルティの感性ですが、まずはマルタンの洒脱と諧謔に足をとめたいと思います。
マルタンの作品からわたしが受けた印象は「軽さ」と「リズム感」です。ファッション・プレートでも、女性たちのポーズはどこかふわふわと宙に浮いているようで、体の重みも感じさせず、軽やかです。
そしてなによりも、マルタンの描く世界にはほとんど陰影が感じられません。
西洋人が描いたものにしては驚くほど平面的な画面をつくりながら、マルタンはおそらく非常に意識して立体感のない、陰影のない、したがって重みを感じさせない、「軽い」世界観を表現しようとしていたのではないか、と思われます。
その「軽さ」がもっとも効果的に表現されているのが、「スポーツと気晴らし(Sports & Divertissements, 1914年, 出版は1919年)」ではないでしょうか。
(公式図録より、左が「スポーツと気晴らし」の一部。敢えて見づらい画像です。ぜひ展覧会場に行って、あるいは図録を買ってじっくり見てください!)
編集者リュシアン・ヴォージェルが企画した曲画集「スポーツと気晴らし」は、マルタンが描いたスポーツと娯楽のシーンにエリック・サティがイメージソング、じゃないな、イメージ音楽(とはいわない?)をつけたもので、イラストと楽譜がセットで販売されたようです。
サティの「スポーツと気晴らし」はひところよく聴いていたのですが、そういえば解説書にマルタンという人の絵とコラボして云々と書いてあったような、ないような……それがこの作品か!?
というわけで、この展覧会はサティ好きにとっても見逃せないものです。
ヴォージェルは最初、『春の祭典』や『火の鳥』で人気沸騰のストラヴィンスキーに作曲を頼んだそうですがギャラが折り合わず、サティに話をもちかけたところ快諾され、この作品が生まれたとのこと。
いや、ストラヴィンスキーにしなくてよかったんじゃないでしょうか、はっきり言って。
マルタンの軽さは、サティにあいこそすれ、ストラヴィンスキーの絢爛豪華さ、過剰さ、(敢えていえば)騒々しさとは折り合わないと思います(私はそのガチャガチャした感じもとても好きですが)。むしろ、ストラヴィンスキーはそれが分かっていて断ったのでは、と憶測したくなります。
ストラヴィンスキーにあうのは、むしろバルビエの「濃さ」ではないかと。実際、バレエ・リュスを介して両者の世界観はつながるわけですし(「ペトルーシュカ」など)。
というわけで、今、これを書きながらサティの「スポーツと気晴らし」(「サティピアノ曲集2」ピアノ:チッコリーニ、東芝EMI)を聴いているのですが、やっぱり軽やかさ、影のない平面な印象、生活感のなさ(要するに、まったく汗臭くない)など、あらゆる面において、マルタンの世界観とサティのそれは見事に調和しているように思います。
この展覧会でも可能であれば、マルタンの作品を見ながら、サティの「スポーツと気晴らし」を視聴できたらおもしろいだろうな、と思ったり……。
CDショップにあるようなヘッドフォンつきのプレイヤーが設置されていて、自分で好きな曲を選んで作品を見ながら聴けたら、おもしろいのでは、と。
もちろん設備上のいろいろな問題はありますが。
そしてもうひとつ、マルタンがコクトーの文章にイラストをつけた『貴社の栄光と賞品の高品質に常に配慮せよ!瑕瑾なければ、貴社の利益は社会全体の利益となるにちがいない』(このタイトルからして、すでに諧謔的……)に描かれたグラフィック・アートにかかわるさまざまな職業人の描かれ方をみていると、
広告代理店の人とかコピーライターって昔からこんなにえぐい人種だったのか、とか(上の写真右のページ)、
もうみんながやたら目をくっつけて刷りあがりをチェックするのは今も昔も変わらないな、とか、
石版工や彫師、植字工など、今はもうほとんど消えてしまった職業の仕事ぶりが
わかったりして、実に興味深いのです。
というわけで、愛しのマルティにたどり着く前にまたもやタイムリミットがきてしまいました。
「鹿島茂コレクション3 モダン・パリの装い 19世紀から20世紀初頭のファッション・プレート」展はファッションだけでなく、当時のアートシーンに加え、文学、音楽、風俗など多方面に話題を投げかける、実に間口の広い展覧会です。
もしや、「ファッション・プレート? 女子供(←いまどき死語か!?)の世界だよね」、とか、「要するにアートといっても格下のアートだよね?」などと思っていたら痛い目にあうと思います。
ある意味、もっとも鋭く時代を反映した作品が並んでいる、珠玉のコレクション展。
しかも老若男女、それぞれの楽しみ方があります。家族連れで行っても、恋人と出かけても、友達づれでもおひとりさまでも、それぞれ楽しめること間違いなし。
ぜひお見逃しなく、足をお運びください。
9月8日(日)まで。
ヴェルネやガヴァルニが腕をふるった19世紀前半のファッション・プレート(レビューはコチラ)に夢心地になりながら階段をのぼると、2階展示室では20世紀に花開いたアール・デコのイラストレータたちが華やかに出迎えてくれます。
2階展示室の中心となるのは、ジョルジュ・ルパップ(GEORGE LEPAPE, 1887-1971)、シャルル・マルタン(CHARLES MARTIN, 1884-1934)、アンドレ・E・マルティ(ANDRE E. MARTY, 1882-1974)の三人。
「鹿島茂コレクション2」でとりあげられたジョルジュ・バルビエを加えて「アール・デコ・イラストレーションの四天王」とされるこの三人(バルビエも加えれば四人)は、それぞれが強烈な個性をもっており、とてもひとくくりにはしきれません。
わたしが個人的にもっとも惹かれるのは「小さいものの巨匠」と謳われるマルティの感性ですが、まずはマルタンの洒脱と諧謔に足をとめたいと思います。
マルタンの作品からわたしが受けた印象は「軽さ」と「リズム感」です。ファッション・プレートでも、女性たちのポーズはどこかふわふわと宙に浮いているようで、体の重みも感じさせず、軽やかです。
そしてなによりも、マルタンの描く世界にはほとんど陰影が感じられません。
西洋人が描いたものにしては驚くほど平面的な画面をつくりながら、マルタンはおそらく非常に意識して立体感のない、陰影のない、したがって重みを感じさせない、「軽い」世界観を表現しようとしていたのではないか、と思われます。
その「軽さ」がもっとも効果的に表現されているのが、「スポーツと気晴らし(Sports & Divertissements, 1914年, 出版は1919年)」ではないでしょうか。
(公式図録より、左が「スポーツと気晴らし」の一部。敢えて見づらい画像です。ぜひ展覧会場に行って、あるいは図録を買ってじっくり見てください!)
編集者リュシアン・ヴォージェルが企画した曲画集「スポーツと気晴らし」は、マルタンが描いたスポーツと娯楽のシーンにエリック・サティがイメージソング、じゃないな、イメージ音楽(とはいわない?)をつけたもので、イラストと楽譜がセットで販売されたようです。
サティの「スポーツと気晴らし」はひところよく聴いていたのですが、そういえば解説書にマルタンという人の絵とコラボして云々と書いてあったような、ないような……それがこの作品か!?
というわけで、この展覧会はサティ好きにとっても見逃せないものです。
ヴォージェルは最初、『春の祭典』や『火の鳥』で人気沸騰のストラヴィンスキーに作曲を頼んだそうですがギャラが折り合わず、サティに話をもちかけたところ快諾され、この作品が生まれたとのこと。
いや、ストラヴィンスキーにしなくてよかったんじゃないでしょうか、はっきり言って。
マルタンの軽さは、サティにあいこそすれ、ストラヴィンスキーの絢爛豪華さ、過剰さ、(敢えていえば)騒々しさとは折り合わないと思います(私はそのガチャガチャした感じもとても好きですが)。むしろ、ストラヴィンスキーはそれが分かっていて断ったのでは、と憶測したくなります。
ストラヴィンスキーにあうのは、むしろバルビエの「濃さ」ではないかと。実際、バレエ・リュスを介して両者の世界観はつながるわけですし(「ペトルーシュカ」など)。
というわけで、今、これを書きながらサティの「スポーツと気晴らし」(「サティピアノ曲集2」ピアノ:チッコリーニ、東芝EMI)を聴いているのですが、やっぱり軽やかさ、影のない平面な印象、生活感のなさ(要するに、まったく汗臭くない)など、あらゆる面において、マルタンの世界観とサティのそれは見事に調和しているように思います。
この展覧会でも可能であれば、マルタンの作品を見ながら、サティの「スポーツと気晴らし」を視聴できたらおもしろいだろうな、と思ったり……。
CDショップにあるようなヘッドフォンつきのプレイヤーが設置されていて、自分で好きな曲を選んで作品を見ながら聴けたら、おもしろいのでは、と。
もちろん設備上のいろいろな問題はありますが。
そしてもうひとつ、マルタンがコクトーの文章にイラストをつけた『貴社の栄光と賞品の高品質に常に配慮せよ!瑕瑾なければ、貴社の利益は社会全体の利益となるにちがいない』(このタイトルからして、すでに諧謔的……)に描かれたグラフィック・アートにかかわるさまざまな職業人の描かれ方をみていると、
広告代理店の人とかコピーライターって昔からこんなにえぐい人種だったのか、とか(上の写真右のページ)、
もうみんながやたら目をくっつけて刷りあがりをチェックするのは今も昔も変わらないな、とか、
石版工や彫師、植字工など、今はもうほとんど消えてしまった職業の仕事ぶりが
わかったりして、実に興味深いのです。
というわけで、愛しのマルティにたどり着く前にまたもやタイムリミットがきてしまいました。
「鹿島茂コレクション3 モダン・パリの装い 19世紀から20世紀初頭のファッション・プレート」展はファッションだけでなく、当時のアートシーンに加え、文学、音楽、風俗など多方面に話題を投げかける、実に間口の広い展覧会です。
もしや、「ファッション・プレート? 女子供(←いまどき死語か!?)の世界だよね」、とか、「要するにアートといっても格下のアートだよね?」などと思っていたら痛い目にあうと思います。
ある意味、もっとも鋭く時代を反映した作品が並んでいる、珠玉のコレクション展。
しかも老若男女、それぞれの楽しみ方があります。家族連れで行っても、恋人と出かけても、友達づれでもおひとりさまでも、それぞれ楽しめること間違いなし。
ぜひお見逃しなく、足をお運びください。
9月8日(日)まで。