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蓮月銀

小説、呟き等々……。

正義と過ちの果てに 第2話(最終話) 希望と人間愛

2024-07-25 06:52:35 | 小説

 ふらふらと、夢遊病者の様に歩く男が一人。久々に治安維持局長官室にやって来たサドラだ。彼は、長期に仕事を休んでいた。妻子の葬儀等もあっての事だが、突然に家族を二人も無くしたショックで、精神的に不安定になり仕事をする気力を無くしていたからだ。家に滞在していても、庭のベンチで太陽の光に当たりながら、ボーっとしている日々だった。
 そんな状態のサドラであっても呼び出されて、決めなければならない事があるのだ。それは、銀行強盗事件の生存者の一人である子供の件である。その子供が人質の一人であったならば、何も問題は無かったであろう。
 しかし、その子供は、犯人の一人の息子だったのだ。グレータ人の法に未成年だから罰しないとか、減刑する等の考えは存在しない。そして、銀行強盗は重罪であり、普通ならば大抵は死刑である。それが、三歳の幼児であっても……。
 治安維持局長官には、犯罪の容疑者を裁定し、刑を決める権利が有る。故にサドラが呼び出された理由であった。

 長官室に居るサドラの前に、あどけない顔をした三歳児が秘書に連れられてやって来た。
 その幼児は、顔や手足に痛々しい傷や痣《あざ》が有った。よく生き残ったものだな。サドラの心は、感心と罪悪感とが入り混じっていた。そのうちに年齢が近い息子も、どれ程苦しい思いをしたかと思うと心を締め付けられた。
 
 その子は、犯罪グループのリーダーの女が産んだ子供。女は犯行前の様子見係として、銀行に入店していた。最後は、この子を庇《かば》うように息絶えていたと、サドラは報告を受けた。
 
「この子の名前は?」

「それが、出生届が出されておりません。この子に名前を聞いても、首を振るばかりでして。死亡した両親にも身寄りは無いので名前は不明です」

「そうか……」

 サドラは、デスクの席から立ちあがる。幼児に歩み寄り、その頭を優しく撫でた。すると、幼児は、喜び微笑んだ。彼は、その姿に在りし日の息子の姿を重ね合していた。目頭が熱くなっていく。

「ホープ……」

 亡くした息子の名前を叫んだサドラは、しゃがむと幼児を抱きしめた。幼児も小さな手で彼を抱きしめてくるのだ。
 その時、サドラは思った。この子に何の罪があろうか? 過ちをしたのは、己ではないのか? 銀行員や人質の人々もそうだ。何の罪も無かったのに犠牲にしてしまった。合法的であるのを除けば、ギャングがレストランに居る敵対組織を客共々に銃撃するのと同じだった……。サドラは、己の過ちを悟《さと》る。

 サドラは、決意する。この子は、俺が守り、立派に育てる! と。 

「今日から、お前の名前はホープで、俺がパパだ!」

「うん、パーパ。きゃはは」

 サドラの叫びに応えた幼児は、小さな手で彼の顔に触《ふ》れて笑った。その光景を見た秘書は、にこやかな表情で涙ぐんでいた。

 幼児は、無罪放免《むざいほうめん》の裁定とし、養子に迎えた事を発表したサドラ。彼は、長官の職を辞職し、治安維持局から去って行った……。


 *****

  一人の老人が列車から降りた。夕日の沈む頃の駅前の広場は、職場や学校から帰る者や繁華街に行くための者達であふれていた。老人は、歩きながら思い出していた。嘗《かつ》て此処でライフルで通り魔を狙撃したことも有ったなと……。老人となった彼には、過去の迫力や威厳《いげん》を感じられなかったが、優しい雰囲気が漂《ただよ》っている。感傷に浸《ひた》りながら老人は、駅前の高級ホテルへと入って行った。

 ホテルの中にある大広間の入り口には、治安維持局長官就任祝賀会と書かれてある。招待状を受付に見せて中に入ると、高そうな服の男性やドレスで着飾り、宝石を身に着けた女性が大勢いる。老人は、今の自分には場違いだなと感じて、その雰囲気に圧倒されていると、目の前に老けてはいるが、見覚えのある顔が現れるのだ。

「来てくださったんですね。サドラさん、お久しぶりですわね。是非あなたとお会いしたかったんですの」

「マゾイアさん。本日は、わたしみたいな者をお招きいただき、ありがとうございます。仕事の関係で少し遅れてしまって申し訳ございません――治安維持局長官就任おめでとうございます」

 久しぶりに会って言葉を交わした二人は、最初は照れ臭そうで、ギクシャクしていたが、直ぐに昔の解決した事件の数々の話しで、盛り上がっていった。

「サドラさん。私は、あなたを目標としてましたの。師と思っていますわ。あなたの教えを忘れない。あの時のミサイル使用。あなたの決断を尊敬してますのよ……。そうそう、養子にされた息子さんは、お元気?」

「ああ、あの時は、あなたにも辛い思いをさしてしまって申し訳ない。息子は、元気に育ちまして、医者になって、頑張ってますよ。それまでにするのに、わたしも警備の仕事を頑張って大変でしたが……」

 そろそろ会話も無くなりつつあり、宴《えん》たけなわに成った頃。会場の広間入り口が、何やら騒がしい。揉めている。

「お客様、勝手に入場は困ります!」

 大声で引き留めようとする受付の者を振り切って、一人の薄汚れた服を着た男が駆け込んで来たのだ。男は、辺りを少し見回していたが、サドラ達の方を見て、まっしぐらに向かって行く。あたかも、猫が餌を見つけたかの如《ごと》くに!
 男は、サドラとマゾイアの前まで来ると、ポケットに手を入れた。

「兄貴が死んだのは、お前のせいだあ! マゾイア、死ねぇ!」

 とっさにサドラは、マゾイアの前に出た。その瞬間、ズキューン! 発射音が会場を一瞬に沈黙させた後、サドラは、腹部を押さえてその場に倒れた。彼の倒れた場所の床は、血に染まっていく。次々に女性の悲鳴が上がる。男達は、怒号を上げた。犯行をした男は、その猛者《もさ》達によって直ぐに取り押さえられていた。
 サドラは、もうろうとする意識の中になり、死を覚悟する。マゾイアの励ましの言葉が、気力を維持させる。若い時のように、マゾイア俺をなめてるのか? と声にならない程に発するのだ……。窓の外からの救急車のサイレンの音が耳に入ったと同時に、サドラは、意識を失った。
 

 *****

 遠くの方で若い女性であろう声が聞こえたサドラ。内容で看護士だと彼は想像した。目を開けると、白い天井が見えた。病院か? わたしは、助かったのか……。

「良かった。父さん、意識が戻ったんだね。まぁ、自分で言うのも何だけど、若き天才外科医の僕が直々に手術をしたからね。もう大丈夫だよ」

 サドラは、声のする方を向くと、息子で医師であるホープが笑顔で椅子に座っていた。ホープが命を救ってくれたのだ。その時にサドラは、思った。もし、ホープがあの時に命を落として存在しなければ、今の自分も死んでいたかもしれないと……。
 人間は生きていれば、無限の可能性があるのだ。特に子供達には、未来がある。成長して、人々を何人も救う者になるかもしれない。あるいは、優れた発明をする人間になるかも? そして、また無限の可能性をつくる親になるのだ。子供達の命は、希望なのだ。希望を無くしてはならないのだ! サドラは、心で叫んでいた。
 サドラは、これからの人生は、恵まれない子供達を救うために、何か行動したいと決意した。彼の心に人間愛が生まれた瞬間であった……。

「そうそう、父さんは、意識が無かったから知らないけど。今、大変なんだよ。テレビでのニュース番組でもやってるけどさ」

「何かあったのか? 教えてくれ」

 興味を持ったサドラ。自分で話題にしたホープだが、己が説明するよりは、テレビを見た方が早いと言わんばかりに、病室のテレビのスイッチをオンにした。
 すると丁度ニュース特番を放送している。『最後の指名手配リストの凶悪テロリスト集団は、今尚、グレータ統治政府の筆頭大臣官邸を占拠しております。人質の筆頭大臣及び大臣達の安否が心配されています。どう対処するかと、マゾイア治安維持局長官の判断が民衆の一番の関心事項となっています』とアナウンサーは、淡々とニュースを読み上げていたのだった。
                                おわり


正義と過ちの果てに  第1話 治安維持局のサドラ

2024-07-25 06:46:26 | 小説

 広大なる宇宙の多数ある銀河の中の一つに、グレータと呼ばれる惑星が存在した。不思議な事に、その惑星を支配するのは、地球の人間と変わらない姿をしている者達である。文明も二十一世紀の地球の世界並みだった。
 あえて、グレータ人と地球人との違いを挙げると、グレータ人の全てにおいて、宗教の概念が無いのだ。故に神様の存在も考えた事が無い人々だけの惑星である。
 グレータ人にとって、自分達で決めた法が全てであり、それを破る者を絶対に許さない。それが、基本的方針である。

 惑星グレータの中央にある中枢都市。その郊外にある広い屋敷の庭の片隅に置いてあるベンチに、中年の男が座っている。
 男の名は、サドラ。グレータ統治政府の治安維持局長官の役職の男である。そんな立派な肩書が有るにもかかわらず、彼は、まるで魂でも抜けた様な表情をして、うなだれていた。生きる希望を失った男の顔だった。
 少し前までは違っていた。覇気《はき》の有る男であった。ある事が、彼を変えてしまったのだ。彼は、今までの生き方が嫌になろうとしていた……。


 *****

 十年程前の事だ。サドラが、治安維持局所属の凶悪犯対策部隊の隊長だった頃に緊急出動要請《ようせい》があった。

「厄介ですよ隊長。通り魔事件なんですが、奴は、ナイフで一人を刺した後、若い女性を人質にしています。しかも路上なので、やじ馬や通行人も多くて危険な状態ですよ」

 部下の女性隊員であるマゾイアから現状報告を受けたサドラ。マゾイアの困った表情に対して、サドラの顔は平然としていた。彼に迷いは無いのだ。直ぐに凶悪犯を抹殺する為のライフル銃を持って来させる。
 マゾイアは、止めようとしていた。もし、犯人が逆上して、人質を刺したら? そうでなくても、ライフル射撃が誤って人質に当たってしまったら? そう説得するも、サドラは、耳を貸さない――もうとっくに通り魔の方に銃を構えて、スコープを覗《のぞ》き込んでいる。
 ズキューン! と銃弾の発射音がした。すると、通り魔の頭部に銃弾は、めり込み、血しぶきが上がる。それをもろに浴びた人質女性は、ショック状態になり、その場にへたり込んでいた。そこへ、人ごみに隠れていた小さな女の子が駆け寄り、その女性に抱き着いた。女性は、若いお母さんだったのだ。

「任務の完了、お疲れ様です。結果オーライでしたね。あの女の子が母親のいない子供にならなくて良かったですね」

 少し嫌味を含んだ言い方をするマゾイアの発言に、任務が早く片付き上機嫌だったサドラの気分を台無しにさせた。彼は、一気にムッとした表情になる。

「結果オーライだと? マゾイアよぉ。お前は、俺の腕をなめてんのか? 完璧なんだよ。お前みたいなのがダラダラと引き延ばしてると、今頃は、悪人がプッツンとして、あの女性は刺されてるんじゃないのか? 母親のいない子にしていたのは、お前かもな」

「……そうですね」

 サドラの言う事も一理あると思うマゾイアは、それ以上意見をする事は無かった。彼女も実のところは、サドラの判断力を尊敬しているのだ。
 
 人質だった女性とその子供が抱き合うのを見ているサドラは、決意する。悪を許さず、安全な社会を維持するんだ。息子と妻が幸せで暮らせる世の中に! そう思う彼は、抱き合う親子に妻と息子の姿を重ね合わせていた……。


 *****

 サドラの凶悪犯の逮捕や対処方法への意見は賛否両論だ。しかし、彼は結果を出していたのは、紛れもない事実である。故に、治安維持局長官に任命されるのは、必然の事だったであろう。
 サドラが就任してから間もなくして、治安維持局を揺るがす重大事件が起こる。
 殺された人々は数知れず。極悪非道な超一級犯罪グループとマークされていた者達が、銀行に強盗に入り、下手を打った。その者達は、直ぐに逃げずに行員と客の多数を人質にして、立てこもったのだ。
 報告を受けたサドラは、治安維持局長官としての責任ある判断を迫られる。凶悪犯対策部隊だけでは、決めれない案件だからだ。
 流石のサドラも悩みに悩んだが、遂に決断をする……。ゆっくりとテレビ電話のスイッチを入れて、凶悪犯対策部隊本部の隊長へと電話した。大型モニターに懐かしい顔が映し出される。かつての部下であるマゾイアである。
 特に昔話や慣れ合う言葉を交わす事も無く、サドラは、静かに用件を話しだす。

「な、何ですって!? まさか、そんな――銀行にピンポイントミサイルを撃ち込むなんて。人質が大勢いるんですよ。長官は、正気じゃない」

「わたしは、至《いた》って正気だよ、マゾイア君。相手は、凶悪な超一級犯罪グループだ。ここで一網打尽にしなければ、駄目なのだ。逃がせば、これからも多くの犯罪と犠牲者が出続けてしまうだろう。それを思えば、やむを得ない犠牲なのだ……。もし、命令に従えないのなら、隊長を交代するだけだ」

「……りょ、了解しました」

 マゾイア隊長は、命令を承諾した。隊長交代を恐れたのではない。サドラの決意を感じ取ったからだ。そして、サドラに向かってモニター越しに敬礼をした。その表情も覚悟を決めた男の顔であった……。

 テレビ電話のスイッチを切ると、サドラは目を閉じた。静かな長官室の席に座ったままで、両手の掌で顔を覆《おお》うと、ただ時を待った。結果の報告は、長官秘書が受けてから彼に伝える事になっていた。

 落ち着かない気持ちで待つ時間は、サドラにとって永遠のようにも思えた。この部屋に閉じ込められていると錯覚さえしたのだ……が、ドアをノックする音が、彼を解放する。入出を許可すると秘書が悲痛な面持ちで入って来る。

「報告します。結果は、成功のようです。超一級犯罪者は全て死亡とのこと。人質については、残念ですが生存者は子供一名を除き全て死亡を確認です」

「そうか……報告をありがとう。さがっていい」

 サドラが部屋からの退出を促《うなが》しても、秘書は立ち尽くしたままである。

「あの……」

「どうした? まだ何か報告があるのか? 言ってくれ」

「では、ほ、報告します。人質の死亡リストの名前に長官の御家族があります。奥様と御子息のお名前が……」

 サドルは、耳を疑った。秘書に嘘だと問い質《ただ》したが、無駄だった。紛れもない事実である。間違った報告を長官にしてはならぬと、完璧に調べてからの報告なのだから。そして、秘書は静かに退出する。

「うわあああ! 何てことだ! 嫌だぁ! 俺が、俺が代わりに死ぬからぁぁぁぁ」

 サドルの叫びが長官室の周辺に響き渡る。彼は、後悔の思いに押しつぶされそうであり、気が狂いそうになりそうだった。そして、椅子から暴れ転げ落ちると、両膝を床につけたまま泣き崩れたのだった……。


シ人逮捕系のテジョル……逮捕系は自己責任で!

2024-07-24 13:04:26 | 小説

 広大な宇宙に存在する惑星の一つ。惑星グレータでの話しである。

「ちっ。最近は、犯罪が増えたじゃないか。治安維持局は、一体何をやっているんだよ」

 テジョルは、スマートフォンのニュースサイトの記事を読んで、不満を述べた。口調《くちょう》は荒いが、平和な世の中になればいいなと考えている男なのだ。
 その彼にとって、毎日のように起こる犯罪。そのニュースの記事を読んでいると、我慢がならないのだ。いや、それよりも犯罪者が目立って、自分のホームページのアクセスが少ない事が我慢ならないのだ。

「こいつらの様な犯罪者が多いせいで、俺が目立つことが出来ないんだ! 俺の人気の実力は、こんなもんじゃねぇ! 治安維持局のマゾイア長官は、どうも取り締まりが甘い気がするぜ……。そうだ、治安維持局の代わりに、俺が個人的に犯罪者を逮捕してやるぜ!」

 ああ、グレータ。乱れたグレータ。イヤン、イヤン、イヤーン。
 
 聞こえる。聞こえる。女神の嘆《なげ》き。我の心は、決意する。

 悪を滅ぼし、女神を愛し、輝き、星になる……。

 テジョルは、犯罪者を己で逮捕する事を決意し、その気持ちを詩にして、ホームページに書いた。彼は、詩人であった。詩人逮捕系誕生の瞬間である。


 *****

 空に星が瞬《またた》く時間。夜の街の繁華街《はんかがい》へとテジョルは、向かう。彼の目的地は、その周辺にある公園だった。
 公園へ行くのだが、別に遊ぶのが目的ではない。グレータ統治政府の法で、売春行為は禁止されている。しかし、最近になって繁華街の近くの公園の前で、多くの若い女性が立っている。その目的は、売春行為をする事で、男を誘っているとの情報をインターネットで得ていたのだ。

 公園の前に来るとテジョルの眼が獲物を狙う獣《けもの》の様に鋭くなった。彼の眼の前には、違法行為をする為の女性達がズラリと並んでいたからだ。

「本当にいるもんだな。犯罪は、許さんぞ」

 テジョルは、呟く。そして、携帯した小型録音装置のスイッチをオンにした。彼が女性達の前を、わざとらしくウロウロする。しかし、女性達は、逮捕目的で来た男が来るなどとは、夢にも思っていないのだ。

「ねぇ、お兄さん。暇なの? 私と遊ぼうよ」

 一人の若い女性がテジョルに声を掛けて来た。髪の長い可愛い女性だった。来たな。しかし、こんな娘《こ》が何故《なぜ》? と少し思ったが、今の目的に関係ない。逮捕が目的。テジョルは、興奮した。が、まだ行動しては駄目だと、はやる心に言い聞かせる。

「そうだな。特に用事は無いが――遊ぶとは?」

「もう、とぼけて。遊ぶのは、私と性交をする事に決まってるじゃない。安くしとくよ」

「逮捕だ! 今の発言は、録音したからな!」

 テジョルは、その女性に怒鳴り、スマートフォンをかざして向けた。女性は、すかさず顔を取らせないように、自分の顔を手で覆《おお》う。その姿をテジョルは、写真に撮影した。

 ダダダ駄目だよ。ダダダ駄目。妖精出て来て、こんにちは。

 悲しくダダダ。泣くよダダ。妖精頼むよ。我に願う。

 改心さして、逮捕して。 我は応《こた》えて、月《つき》になる。

 泣き喚《わめ》く、売春容疑の女性を治安維持局の隊員に引き渡した。その後に、逮捕した女性の写真と詩をホームページに掲載したテジョル。一つの悪を退治した。己は英雄詩人だ。これで世間に注目されるだろう。そう信じて疑わない彼の顔は、満足気だった。


 *****

 はて? いったいどれ位の詩を書いただろうか? テジョルの逮捕行為は続いていた。駐車違反や煙草《たばこ》のポイ捨てでの逮捕者も出ていた。詩人逮捕系のテジョルの名も、一部のマニアに知られるようになっていた……。
 しかし、それ故《ゆえ》に警戒されて、逮捕者を見つけにくくなっていた。テジョルは、焦っていた。

「くそっ。何で犯罪をする奴が現れないんだよ」

 そんなボヤキが出る程になる。最早《もはや》、本末転倒《ほんまつてんとう》のようである。
 居ても立っても居られない気持ちのテジョル。原点回帰を考えて、売春行為を逮捕した場所である夜の公園に行ってみる事にした。

 薄暗い街灯の光が見えるだけ……。公園の前は、静かなものである。テジョルの逮捕行為の成果か。治安維持局の逮捕者が出た公園の前は、売春婦は警戒して近寄らないようである。諦《あきら》めて帰ろうとした時だ。
 公園の中のトイレから一人の男が出て来るのが見えた。なんだ男かよ。と、残念に思いながら何気に見ていた。

「うおっと」

 テジョルは、呟いて笑みを浮かべる。思わぬ獲物の登場に喜びを隠せない。それも其の筈《はず》。その男は、覆面を被《かぶ》り、公園の中に立ったからだ。怪しいとしか言いようがない。気づかれないように隠れて様子を伺《うかが》う。
 少しして、もう一人、黒いスーツ姿の男が現れた。覆面男と黒スーツは、公園の街灯の下で会話をしだす。そしたら、テジョルがスマートフォンの動画撮影を開始した。
 覆面男から札束が黒スーツに渡されるのが見える。金額を確かめた黒スーツは、覆面男に紙袋を渡した。今度は,紙袋の中身の確認だ。覆面男が取り出したのは、オートマチックピストルだった。グレータ統治政府の法では、一般人の銃所持は違法とされている。バッチリと動画撮影をしたテジョルは、無謀《むぼう》にも逮捕に向かう。

「そこまでだ! お前らの悪事は、全て俺様が撮影した。逮捕するから観念《かんねん》しろ!」

 二人の男の前に飛び出し、勇ましく啖呵《たんか》を切るテジョル。取引の最中に突然の邪魔者に二人の男は、戸惑《とまど》っていた。

 コラ、コラ、駄目よ。小悪魔君。コラコラ銃は駄目なのよ。

 空の満月、我に言う。止めて止めて……。

 詩を語り出したテジョルの言葉が止まり、顔が青ざめる。覆面男が銃口をテジョルに向けていた。

「死ねや!」

 ズキュン! ズキュン! ズキュン! 覆面男の叫び声の後に続いて、三発の銃の発射音が静かな公園に鳴った。
テジョルの胸の二か所と腹の一か所から血が噴き出すと、彼は、バタリと仰向けに倒れるのだった。
 取引をした二人の男達は、スマートフォンをテジョルの手から奪い取るやいなや、直ぐにその場から走り去る。

 イ、イタイ。イ……タイよ……女神様。

 あ……かい。あか……い。海に……溺れ……ちゃ……う。

 命の炎が消えかかり、最後に詩を語ろうと試みたテジョルだが、出血量が激しく途中で息絶えた。

 翌日のテレビのニュースやワイドショーでテジョルの事件が報道される。詩人逮捕系であった彼の最後は、報道関係が関心を持つ事は必然である。彼のホームぺージも取り上げられて、放送された。テジョルのホームページは有名になった。
 テレビの視聴者も興味を持ち、ネットで騒がれた。
 
 そして、テジョルは、死人《しじん》逮捕系と呼ばれるのであった……。
                                  おわり


僕の魂修行の異世界転生 第20話(最終話) 如来を目指す魂

2024-07-23 20:41:00 | 小説

 僕らは、あてもなく森林の中を進んでいた。はたして、デモネードの心の中の何処に悪の元凶が存在するのか? やみくもに動いても時《とき 》が過ぎて行くだけではないのか? そんな焦る気持ちが生まれて来る。
 いかん、いかん。僕の心がそんな思いを抱いてどうする。信じるんだ。ホワレーン経の力と己自信を!
 そう決意して、心を落ち着かそうと目を閉じて、合掌するのだった。そうだ追いかける必要などない。運命を受け入れて、待てば良いのだ。そうすれば、道が開かれるだろう……。
 その境地になった瞬間に身体から輝く光が溢れだして、包まれた感覚になったのだ。


 *****

 目を開けると、周りに他の三人の気配を感じなかった。これからは、一人か。否、何時も僕の心に皆が存在したんだ。勿論これからもだ。
 此処は、中央に赤いカーペットが敷いてあり、三段高い玉座まで続いている。凄い豪華な装飾の場所だな。謁見の間と言う場所であろう。玉座には、若く美しい女王陛下が座っていた。その御方は、長い黒髪に透き通るように白い肌であり、僕は目を奪われてしまう。この感じ、何処かで……。
 一段下の脇に大臣か爺やかは、分からないが老人がいる。その横に鎧は着てないが剣装備の銀髪の女性剣士が立っていた。僕は、女王陛下達に御挨拶と自己紹介をさせてもらった。

「私は、女王のサーラ。古より言い伝えられし、勇者よ。ピュアネード城へようこそ。あなたが来るのを待ち望んでました。現在この城内は、邪悪な気によって満ちてます。どうか、お救い下さい」

「尽力いたします」
 
 僕が迷える心を光へ導く勇者の存在か。どうやらこの城は、デモネードの良心の最後の砦と言った所か。サーラ女王陛下が希望の鍵だな。悪魔が作る闇から守り抜かなければ。その決意を皆に伝えた。

「くっくっくっ……悪あがきは止めておけ。おとなしく、闇に飲まれるのだ。抵抗するだけ苦しいだけだ。ただ欲望に身を委ねれば、楽でいられるぞ。わしは、もう一人のわしの囁きのままに動くと快感なのだぁ」
 
「ギリダラス、大臣のあなたがどうしたのです? 正気にお戻りなさい!」

 大臣と呼ばれる老人の目は白目まで真紅に変わっていた。サーラ陛下が言葉をかけても、まるでお構いなしの様子だ。それどころか服を脱ぎだした。何をするつもりなんだ? 途中で、カランと音がする。見ると隠し持っていた短剣が床に転がっていた。それには、無関心の様子だ。とうとう老大臣は、一糸纏《まと 》わぬ姿になったと思うと、段を駆け下りた。そのまま謁見の間から飛び出て行った。あの姿で走り回るのが奴の欲望か!? に、逃がしていいのかな。
 大臣の事は、城内の衛兵にでも任すしかないと自分に言い聞かして、サーラ陛下の方を向く。僕は、思わず息を呑む。女性剣士がサーラ陛下の喉に噛みついていたのだ。喉の傷は、血を吸われたようだな。女剣士は僕を見て、ほくそ笑んだ。

「さあ、サーラ。あの男を倒しなさい。そうすれば、後でたっぷりと私が可愛がってあげるわよ」

「はい……ダークローズ様」

 ダークローズとは、何者なのだ? サーラ陛下が落ちていた短剣を拾って僕の方に近づいて来る。僕は、黙ったままで女王陛下を見つめたまま静止状態だ。あと少しで、短剣が僕の体に刺さりそうな距離で、ためらっている。それを見て許せないダークローズの怒号が謁見の間に反響した。それでもサーラ陛下は応じずに、ついには短剣をその場に落としたのだ。そのままサーラ陛下は僕に倒れ込むように抱き着いた。僕も優しく抱きしめた。ダークローズが気になり見てみると、姿が消えていた。

「今回は、私の負けだ! だが、また何処かの世界で出会う事になるだろう! あっ、はははははは!」

 ダークローズの大声だけが城内に響いて、見上げる頭上からは、大きな白い抜けた羽が幾つか舞い落ちて来たのだ。
 少しすると謁見の間に太陽の光が差した。光を浴びたサーラ陛下の首の噛み傷は治癒されていく。これでもう大丈夫だろう。僕は、サーラ女王陛下に別れを告げた。
 デモネードの心の魔は去り、闇は取り去られるだろうから目的は達成したはずだ……。


 *****

 鳥のさえずりが、耳に入って来る。外が明るくなってきたのを感じた頃。官邸地下の施設にいたシャリーとモーレンが、慌てた様子で入って来た。だが今の僕は、焦る必要はない事を知っているので椅子に座ったままで落ち着いている。

「超統領、今、シレーン共和国在住の我が国の大使から連絡が入りました。デモネードが本日のサンブック国、超統領官邸を目標の攻撃を中止と、国の統合計画を白紙にすると発表。そればかりか、今までの政策を全て就任前のシレーン共和国の状態に戻す指示をして、己は超統領を辞任しました。その後に何故か服を脱いで、素っ裸で外に走りに行ったそうです。それは、無邪気な子供のような笑顔をしていたそうです……」

「そうか……平和が、人々の笑顔が守られて良かった。モーレンどうしたんだい? 涙なんか流して……」
 
 官邸の窓の外を見ると、太陽が輝く良い天気になりそうだ。沙羅の木々が一斉に花を咲かしているのが見えた。綺麗だ……。そう思いながら僕は、静かに目を閉じた。その死に顔は満足で安らかであった。


 *****

 どうやら僕は、生命の限界までエネルギーを使い果たしてしまったのかもしれない。まぁ、惑星ブラーフの全ての民を救えたとするならば、それで魂の修業は早く終了となることも理解できる。
 さてと次は、いよいよ如来への道となるのだろうか? 上級ランクの魂の者を待っている惑星は、まだまだ沢山あるのだ。だからこの話しを聞いた人は、魂の修業を頑張って欲しいんだ。そして魂ランク上級になってもらいたいものだ。さあ、待っているよ。

「少し、よいかな」
 
 突然の声に緊張が走る。

「あなたは、ホワレーン経の偉大なる如来様。何の御用でしょうか?」

 偉大なる如来様は、僕に命じられた。如来への道の前に、ある惑星に菩薩として観察に行って欲しいとの事であった。そこは、惑星ブラーフに似ているそうなのだ。だったら難しく考えないでいいのかな?
 おっと、次の世界で産まれる心への扉が現れた。さあ、出発だ。
 
 あっ、僕の呼び名かい? そうだな如来への前だから、零式菩薩とでも名乗ろうか……。菩薩という希望の誕生である!

                                おわり
                                  

 


僕の魂修行の異世界転生 第19話 ジャンケン

2024-07-23 20:36:52 | 小説

 暗い。真っ暗だ。ああ、夢の中か? そうか、超統領になったのも全部夢だったのか……。
 僕は、逆にほっとしていた。誰かが身体を揺らしているぞ。寝ぼけた感じで、うっすらと目を開けた。目の前に居たのは、あの学校の夢世界に居た女子学生の一人だぞ。実芭さんだったかな? 否、顔は同じだけど耳が大きい。これは、確かエルフという伝説の種族だぞ……。僕が目覚めたのに気付くと、その茶髪のエルフは微笑んだ。
 
「お目覚めぇー。おはようのキスしてよ」

「ええっ?」

 僕が驚いたリアクションをすると、彼女は大笑いをしだした。どうやら、からかわれたな。まぁ、怒っても仕方がないので、照れ笑いをするだけであった。
 僕の身体は、超統領の時の姿に戻っている。周りを見回してみると、どうやら木々に囲まれた場所のようだ。
 
「楽しそうだけど、新婚ごっこをしてる暇は無いの。超統領。否、ミドレン。デモネードの心の悪の元凶《げんきょう 》を退治しないと駄目なのよ」

 とんがり帽子を被り、魔法使いの格好していた森リエ。そんな名だった女子に注意された。いつの間に着替えたのか? しかし注意されて、超統領の面目無しだな。
 聞いて分かったが、驚く事に森リエは、モーレンだったのだ。先程の場所は、僕の魂の前世の一つだったようだ。デモネードの心の悪を無くす為に漆黒ドアに入ったつもりが、無限に繰り返される魔の時空の中に閉じ込められるとこだった。あの前世の魂は未熟そうな世界だからな。そうなれば惑星ブラーフは、終わりであろう。
 あとエルフの実芭さんは、シャリーだったのも驚きだ。じゃあ、もう一人の彼女は? 多分これだなと名前が浮かんだ。

「君の名前は、菩提樹《ぼだいじゅ 》だね」

「えっ? 美樹だよ……」

 想像と違ったようだ。美樹に悲しい顔をされてしまい、その場が白けた空気になるのだった。
 
 さてと、どうしたものかと思っていると、木々の間の向こうの方から物音がするじゃないか。音は、だんだんとこちらへ近づいて来る。獣の類《たぐい 》か? 音の感じからすると、単体では無いな。
 音をさしていた原因が僕達の前に姿を現した。男ばかりの五人組だ。どう見ても正義のヒーローという感じじゃない。革の鎧を着た胡散臭《うさんくさ 》そうな輩《やから 》だ。長髪の大男がいる。あれがボスといったところか? まぁ、人を見かけで判断するのは駄目だ。剣やら弓を装備しているのを見ると、冒険者という類《たぐい 》の連中なら話し合いの余地もあるだろう。
 そう考えている間にも男達は、にやけた顔をし、せせら笑いながら目の前に来た。それは、僕の好きな笑顔じゃない。とにかく会話してみるか。僕は、大男に話しかける事にした。

「こんにちわ。僕は、ミドレンです。道に迷ってしまって……ところで、僕達に何か御用ですか?」

「お前をボコボコにして、女どもを頂く用だ。それとも素直に渡せば、お前は見逃してやってもいいぞ。どっちがいいのかを、女どもに聞いてみるがいいぜ」

 欲望を隠さずにストレートな要求だな。流石は、デモネードの心の中の存在する悪の一つだ。しかし従う訳にはいかない。僕は、直ぐにモーレンに相談をした。男達は生身でないので、戦っても問題ないらしい。それでも僕は、平和的にジャンケン勝負を提案することにした。それを提案すると、意外に大男が勝負を受けてくれた。よし。いざ勝負だ!

「ジャン、ケン? ぐはあああ!」

 僕の掌でパーを出した直後に、大男の拳を握ったグーパンチの一撃が僕の左の頬を直撃したのである。僕は、叫びながら、横に倒れた。周りにいた男達は笑っている。対照的に美樹は、悲鳴を上げて騒いでいるようだ。
 僕は、殴られた頬を押さえながら立ち上がる。痛いな。これが殴られた痛みか。今まで、こんな経験は無かったからな。お陰で、分かったよ。殴られただけでこの痛みだ。銃で撃たれたり、ミサイルで攻撃されたら? どれだけ痛くて、苦しいんだよ。愛する人達にそんな苦しい思いを……。

「させれるかよー!」

 そう叫ぶと伸ばした右手で全力で大男の頬を叩いた。その瞬間に大男の首から鈍い音がする。余りの威力に首の骨が耐えれる限界を超えたのだろう。大男は、首がふにゃふにゃになり、その場に倒れた。
 掌を広げて左右に振って、パーだからジャンケンの勝ちだと、さり気なく他の男達にアピールする。まぁ、勝てるのは、パーだと聞いていたのだけれど……。
 男達は、戦意を喪失したらしく、喚《わめ 》きながら走って逃げだしたのだ。
 少しすると大男の姿はその場から消えて無くなった。すると、ショック状態だった美樹も落ち着きを取り戻したようなので、取り敢えずは男達の逃げた方向に進んで行く事にしたのだ。