前回のブログでもお伝えしましたが、9月6日大船観音寺の「ゆめ観音・アジアフェスティバル」に住職ら教区の若手が声明で参加いたします。
昨日はその声明の練習が、瀬谷区T善寺様で行われました。
何事にもコツコツ小さなことから積み上げていかなければ、大きな喜びは得ることが出来ません。
一つ一つの節を確認しながら、声明の練習をしていきます。
子供の落書きのような線が、住職の描いた声明の節回しの詳細図。
江戸時代の法要指南の本にも載っていますので、その頃からいろんな節があったのでしょう。
私事で恐縮ですが、住職は、永平寺での修行のあと一時会社員になり、その後また修行にでて今に至っています。
二度目の修行に出るにあたって、修行の場としてお願いした先が新潟・三島町の香安寺様でした。
永平寺の維那(修行僧の指導監督役)や、福井県大野の宝慶寺単頭(後堂の補佐役)、東京永平寺別院の後堂(修行僧指導の責任者)という重い役を歴任した今井玄雄老師と言う方について修行させていただきましたが、その折に教わったのが今の私の声明の節回しです。
今回、ご縁を頂いて大船の観音様の前で声明をお唱えさせていただけることになり、あらためて今井老師の声明の声を吹き込んだテープを聴きなおしてみました。
渋い、いぶし銀のような声と節回し。
感動します、とてもまねのできるようなものではありません。
声を聞いていたら、血気盛んでわがままだった住職をよく面倒見ていただいたことにも思いが至り、今さらながらその有り難さ、尊さに涙が流れる想いがしたことでした。
テープを送ってくださった富士市・H雲寺さま、ありがとうございました。
同参のよしみで甘えさせていただきました。
心よりお礼申しあげます。
さて、梵唄の譜面も不思議なカタチですが、声明の節のカタチもまた不思議なカタチです。
そして名称も、いろんなものがあります。
1 「る節」
2 「ろ節」
3 「二重大鍵節」
4 「まる節」
5 「揺り節」
6 「削り節」
7 「けむり節」
8 「あんどん節」
9 「大種節」
10 「あたり節」
などなど・・・・・
ここクイズです。
上記の中で実際に無い節はどれでしょう?答は一番最後にあります。
昨日練習に参加したのは、お盆が終わったばかりということもあって5名でしたが、
ゆめ観音の法要ではさらに多くの僧侶の方々の参加があります。
当日はシャオロンさんとの共演に続き、多くのロウソクを灯して諸精霊に供養する「万燈供養法要」も行われます。
夕闇の中でのとても幽玄な法要です。
こちらもぜひお参りください。
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今日のおまけ
住職の実家、山形の佛性寺です。先月末の師匠の3回忌、祖父の33回忌の折に撮影したものです。
小さな庵のようなお寺。31年前に建てられました。以前は茅葺の民家と見まがう建物でした。
現在のお寺を設計していただいたのは、師匠の大親友、藤沢市在住の西川馨さん。
図書館や都市設計にも広く通じています。
ちなみに「駒形どぜう」の設計も西川さん。
子供のころは、叔父さん叔父さんと呼んでよく遊んでもらったものですが、実は博士号ももつ偉い人だったのです。
親しみやすい茅葺の庵をイメージしたと伺っています。
亡くなった師匠は、ことある毎に自慢していましたね・・
本堂内部です。
右が師匠の五世・重興・大空貞美(だいくうていみ)大和尚。
左が祖父、泰山良高首座
祖父は僧侶ではありませんでした。
「悉有山」の山号額は秦慧玉禅師さまの揮毫によるもの。
何でも、秦禅師さんが永平寺後堂の折に、佛性寺で授戒会(戒名をお授けする式)の戒師(ご導師)をお勤めになったことがあるとのこと。
「ここがワシの授戒初会の道場だ」といっていたそうです。
魚眼レンズのおかげで広く見えますが、
ご覧のとおり、あまり広くない、というより狭い本堂です。
ご本尊様は阿弥陀さま。江戸時代中期頃の作ときいたことがあります。
開基さまが隣の寒河江市阿弥陀寺さまから当地にお嫁に来ており、そのご縁で阿弥陀さまにもお出でいただいたとか。
一度しっかり寺史を調べてみないといけませんね (~_~;)
今日はここまで。
クイズの答:6の「削り節」
これはありません。でも、もしかしたら知らないだけで本当はあったりして。節は奥が深いからなあ・・