さんぜ通信

合掌の郷・倫勝寺のブログです。行事の案内やお寺の折々の風光をつづっていきます。 

戦後70年 東京大空襲・鎮魂演奏

2015-03-08 19:00:00 | 倫勝寺の日々

 

以前、倫勝寺の行事においでいただきハープの演奏をいただいた八木さんから、戦後70年の今年も東京大空襲・戦災資料センターで演奏を行います、との連絡がありました。

お近くの方はぜひ、足をお運びください。

詳しくはこちらから

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★馬場義実様

いつもお世話になっております。
本年は戦後70年になりますが、今年も東京大空襲の鎮魂演奏を致しますので以下にご案内させていただきます。

「父の康二は東京大空襲を罹災しました。
 そして、その悲惨さを黙して語らぬまま他界していきました。
 そんな亡き父のために捧げた曲を、ある日披露しました。
 そこから私の平和のための演奏活動がスタートしました。」
(本年はテノール歌手於保郁夫さんに賛助出演いただきます)

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(以下、「東京大空襲・戦災資料センター」のホームぺーじより )

3月9・10日、ハープとシンセサイザーの演奏が行なわれます
 
戦後70年 東京大空襲・鎮魂演奏
 
ハープ・シンセサイザー奏者の八木健一さん・ゆみ子さんご夫婦が、今年も3月9日(月)・10(火)に戦災資料センターで演奏して下さることになりました。
10日はテノール歌手の於保郁夫さんも参加して下さいます。
 

戦後70年 東京大空襲・鎮魂演奏
 曲目:「椰子の実」、「アヴェマリア」、「祈り・光へ(鎮魂)」など
 出演:ハープ・八木健一 シンセサイザー・八木ゆみ子 テノール・於保郁夫
 日時:3月9日(月)《ハープ&シンセサイザー》 14時(1回)
    3月10日(火)《テノール、ハープ&シンセサイザー》 13時・15時(2回)
 会場:東京大空襲・戦災資料センター2階会議室
 

プロフィール
 
八木健一(ハーピスト)

 小学生からアイリッシュハープを習いヨセフ・モルナール氏(ウィーン少年合唱団出身/日本ハープ協会会長)の薦めでペダルハープに転向。
以後も同氏に師事し、桐朋学園オーケストラ演奏会(小澤征爾氏指揮)、名古屋フィルハーモニーオーケストラ、群馬交響楽団、東京シティーフィル等に参加。
幅広い音楽活動を続け現在に至る。

父の八木康二は東京大空襲を罹災した。
そんな父のために、父が生前足繁く通った東京大空襲・戦災資料センターの主催イベントで、オリジナル曲を発表することになる(作曲は妻八木ゆみ子)。
それが亡き父の意志を継ぎ演奏活動を始めた契機となった。現在、日本ハープ協会理事。
 
八木ゆみ子(ピアニスト・キーボーディスト・コンポーザー)

 東京音楽大学器楽科ピアノ専攻を卒業後ウィーンにて研鑽を積む。
現在はクラシックからポピュラージャズとアンサンブルを中心に、幅広く活動している。
またミュージックセラピーではホスピス・病院・福祉施設等で音楽を通した触れ合いを続けている。
常に「癒し」をテーマに自然と人との調和が感じられるような、曲づくりを行っている。
また、自然とのつながりや平和への願いを込めてオリジナル作品を作曲、2008年東京大空襲のレクイエムCD「祈り・光へ」を制作し、各新聞社で紹介された。
2010年3月にハープの八木健一とCD「水彩楽」を制作、2013年9月には石巻で「心の復興コンサート」を行った。
 
於保郁夫(テノール)
 東京声専音楽学校卒業後、ドイツに留学。アーへン音楽大学で学ぶ。
菊池清、下八川圭祐、中村健、鈴木寛一、フーゴ・ヴェーグナーの諸氏に師事。アーへン市立歌劇場において数多くのオペラ、オペレッタ、ミュージカルの舞台経験を積み帰国。
藤原歌劇団や新国立劇場主催のオペラ『ルチア』『蝶々夫人』『椿姫』『カルメン』『トスカ』『アイーダ』『仮面舞踏会』『魔笛』等に出演し、
日本オペラ協会公演では『春琴抄』『修禅寺物語』『袈裟と盛遠』等数多くのオペラに出演している。
また第九ソロ、『メサイア』、モーツァルト『レクイエム』等の宗教曲を歌うと共に、毎年リサイタルを開催している。
藤原歌劇団団員、日本演奏連盟会員。

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3月10日は東京大空襲の日です。翌11日は東日本大震災のあった日。

この両日は鎮魂の祈りがささげられる日になります。

 

昨日、東京大空襲で幼い子供たちが大勢犠牲になったことが、墨田郷土文化資料館の調べで明らかになったという記事が出ていました。 

(以下、記事の抜粋)

 太平洋戦争中の東京への空襲で、年齢が判明している犠牲者約1万7000人について精査した結果、2歳児の481人をはじめ、1~4歳の乳幼児が年齢別の死者数で上位を占めることが、「すみだ郷土文化資料館」(東京都墨田区)などの調査でわかった。

 年齢別の犠牲者数の内訳が、東京の空襲に関して明らかになるのは初めて。自力で逃げることができない幼子たちが、なすすべもなく犠牲になった空襲の実態を物語る。

 国民学校初等科(現・小学校)入学後の犠牲者は減り、特に10歳は145人、11歳は156人で、60歳未満の各年齢の中では0歳の142人に次いで少なかった。3~6年生は地方へ学童疎開しており、犠牲者が少なくなったとみられる。一方、6年生に相当する12歳は244人に増加。1945年3月10日の東京大空襲では、卒業式のために都内に戻ってきた児童たちも犠牲になったとの従来の証言が裏付けられた。


小さい子供たちがたくさん犠牲になったということはよく知られていたことではありましたが、はっきりした数字になると、あらためてその凄惨さ、悲惨さが数字の奥からたちあがってくる気がします。

そう、亡くなった方々は数字ではなく、一人ひとり、個性のある生身の人間だったのですから。

そのひとりひとりに、それぞれの生活があり、夢があり、家族があり、喜びや愛があったはずです。

犠牲になられた方のご冥福を祈念申し上げます。

 

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サクランボの花が満開になりました。一本しかない木なのですが、陽が当たるとなかなか豪華な感じになります。

       

水仙もまだまだ頑張っています。さんしゅゆはもうすぐ満開ですね。

   

今日はここまで。

 

 



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