西宮球場の解体がいよいよ大詰めを迎えているようです。詳しい様子はハムぞー所長の研究所でご覧いただけますが、もう球場の建物は消え去ってしまい、2度と見ることはできません。
ですが、阪急西宮北口周辺には、かつて球場があったことを示すものがいくつか残っています。そんなスタジアムの名残を求めて、先日取材に行ってまいりました。
以前のエントリでもご紹介した、西宮北口駅南側、臨時改札のシャッターです。今津線(南)をご利用の方なら、いつも見かけていることでしょう。
改札を出て、反対に回ってみました。
このバッターは誰でしょうね?見るからに助っ人っぽいのですが……
さて、ここからまっすぐ南に下ると、すぐに今津線の踏切があります。で、踏切の柵を見てみると……
「球場」の文字が残っていました。
別のところには、こんなプレートもあります。
踏切のそばにはこんな信号機も。ちゃんと「球場前」となっていますね。
この踏切で阪急電車を横切る道は、まさにかつての球場前から西へと伸びています。踏切を渡ったところで、球場のあった方を振り返ってみました。
今はもう、ただ空が拡がるのみ……
気分を変えて、今度は球場の反対側に向かってみました。少し進むと、こんな交差点があります。
一見普通の交差点に見えますが、ここは津門川という小さな川をまたぐ橋になっています。橋の名前は「球場橋」。ここにも西宮球場からついた名前が残っています。
では、橋の上まで行ってみましょう。
欄干を見てみました。
こういう橋の常として、ひらがなの銘版もついています。
橋げたについているプレートも見てみました。
プレートを見る限り、橋が架け替えられたのは球場(当時「阪急西宮スタジアム」)がほとんど使われなくなってからのようです。それでもちゃんと名前が残っているんですね。
橋の近くにあったので撮影。交差点の名前も「球場橋」なんですね。
橋を横から撮ってみました。小さな橋ですが、これからも西宮球場の名前を残してくれることでしょう。
【おまけ】
家の中を探して、唯一あった西宮スタジアムのチケットを見つけました。
野球の入場券でないのはご愛嬌ってことで(^^;)でも、私にとっては思い出深いチケットです。
もう1つ、最近阪急電車が売り出していた、昔のヘッドマークを復刻したキーホルダーです。
ブレーブス坊やは懐かしいのですが、これは昭和40年代のものだそうで、残念ながら私は実物を見たことがないんです。
私が子どもの頃は、西宮球場で試合がある日には電車の先頭に三角のブレービーのヘッドマークが掲げられていたので、今度はこちらを復刻してもらえると嬉しいですね。
ですが、阪急西宮北口周辺には、かつて球場があったことを示すものがいくつか残っています。そんなスタジアムの名残を求めて、先日取材に行ってまいりました。
以前のエントリでもご紹介した、西宮北口駅南側、臨時改札のシャッターです。今津線(南)をご利用の方なら、いつも見かけていることでしょう。
改札を出て、反対に回ってみました。
このバッターは誰でしょうね?見るからに助っ人っぽいのですが……
さて、ここからまっすぐ南に下ると、すぐに今津線の踏切があります。で、踏切の柵を見てみると……
「球場」の文字が残っていました。
別のところには、こんなプレートもあります。
踏切のそばにはこんな信号機も。ちゃんと「球場前」となっていますね。
この踏切で阪急電車を横切る道は、まさにかつての球場前から西へと伸びています。踏切を渡ったところで、球場のあった方を振り返ってみました。
今はもう、ただ空が拡がるのみ……
気分を変えて、今度は球場の反対側に向かってみました。少し進むと、こんな交差点があります。
一見普通の交差点に見えますが、ここは津門川という小さな川をまたぐ橋になっています。橋の名前は「球場橋」。ここにも西宮球場からついた名前が残っています。
では、橋の上まで行ってみましょう。
欄干を見てみました。
こういう橋の常として、ひらがなの銘版もついています。
橋げたについているプレートも見てみました。
プレートを見る限り、橋が架け替えられたのは球場(当時「阪急西宮スタジアム」)がほとんど使われなくなってからのようです。それでもちゃんと名前が残っているんですね。
橋の近くにあったので撮影。交差点の名前も「球場橋」なんですね。
橋を横から撮ってみました。小さな橋ですが、これからも西宮球場の名前を残してくれることでしょう。
【おまけ】
家の中を探して、唯一あった西宮スタジアムのチケットを見つけました。
野球の入場券でないのはご愛嬌ってことで(^^;)でも、私にとっては思い出深いチケットです。
もう1つ、最近阪急電車が売り出していた、昔のヘッドマークを復刻したキーホルダーです。
ブレーブス坊やは懐かしいのですが、これは昭和40年代のものだそうで、残念ながら私は実物を見たことがないんです。
私が子どもの頃は、西宮球場で試合がある日には電車の先頭に三角のブレービーのヘッドマークが掲げられていたので、今度はこちらを復刻してもらえると嬉しいですね。
通販で売ってくれればなあ!!
西宮球場は競輪好き(汗)の父にも思い出の場であります。前「あそこもう壊したらしいなあ」というような話になりました。公営ギャンブルは冬の時代ですからね・・・。
(右だっけ?)
母の実家が小林なので子供の頃よく見かけました。
(正式な読み方では変換できないですね~)
阪急を応援するのって、ある意味楽天を応援するより辛く哀しかったりしたんですよねえ。
だって勝っても勝っても人気が無いんですから。
負けてやっと持ち上げられたりして・・。
なんてね・・(涙)
ノスタルジックな所長にぴったり?
阪急電鉄が不動産に走らなければ、こんな結末にならなかったのに、と地道に生きる阪神電車が結局バブルに生き残れたのかな、と思う今日この頃。
次は、ブレービーのヘッドマークを出してほしいですね。
でも、ブレービーは、誰が権利をもってるのか心配ですね。まさか、あそこが持ってたらダメですね。
西宮レポートするときは、わたしも何か残ってないかと探して、郵便ポストやら、道路標識やら、付近の地図とかを見て回ってましたが、
球場橋には、気づきませんでした。
今度、行った時には、見に行こうと思います。
私が小さい頃は西宮と甲子園に競輪場があったのですが、どちらもなくなってしまいましたね。甲子園は一足先に廃止され、今は住宅地になっています。
公営ギャンブルで言えば、阪神間では船と馬が残っていますが、これも経営的にはどうなのかちょっと疑問ですし、好きな方には寂しい時代なのでしょうね。
子どもの頃の私にとって、ブレーブスは「阪神と違ってちゃんと勝ってくれるチーム」であり、「ブレービーのいるチーム」でした。
ただ、テレビ中継はよく観ていたものの、家の窓から身を乗り出せば甲子園の外壁が見えるというところに住んでいたせいもあって、西宮球場に野球を観に行くことはついにありませんでした。
今となっては詮無いことですが、やはり心残りはありますね。
>小林
一応試してみたところ、「尾林」と変換されますた(笑)
関西の大手私鉄は阪神以外どこも不動産で大失敗をしていますよね。阪急もまだ開発が手についていない土地をかなり抱えているはずですし。
「マラソン電車」で開発できる土地がなかった阪神が一番健全な経営ができているというのも、ある意味では皮肉な話かも知れませんね。
ただ、おっしゃるように権利をあの企業がもっていたとしたら、間違っても期待できなさそうですね(苦笑)
球場橋は駅から見てスタジアムの反対側になるので、見落としやすいのですが、私も偶然見つけて嬉しかったです。
スタジアム正面から伸びる道をまっすぐ行けばありますので、今度ぜひどうぞ。