the Saber Panther (サーベル・パンサー)

トラディショナル&オリジナルの絵画芸術、化石哺乳類復元画、英語等について気ままに書いている、手書き絵師&リサーチブログ

「祖先型ホラアナライオン と 大型剣歯猫」 再アップ+【最新】ライオン系統の進化史

2020年08月17日 | ライオン系統特集(期間限定シリーズ)
Battle Beyond Epochs  Superlative Big Cats Re-uploaded
 
ネコ科史上でも有数の大型で強大とされる3種を選別し、時空を超えた顔合わせを描出した旧作を、当時よりも高画質でアップし直してみました。

加えて、ここで描かれている「祖先型ホラアナライオン(Panthera fossilis)」を主軸に、ライオン系統の中でもホラアナライオンの進化史に焦点を絞って、最新知見の一端を紹介します。





:Species:

(上)
Panthera ’spelaea’ fossilis 
モスバッハ・ホラアナライオン
 〈更新世中期・西ヨーロッパ〉


(下:左から)
Amphimachairodus horribilis 
ジャイアント・プロトシミターキャット 〈中新世後期・中国北西部〉

Smilodon populator
ミナミアメリカ・サーベルタイガー 〈更新世後期・アルゼンチン〉


 
最新】ライオン系統の進化史
ご存知の方もいるかもしれませんが、今年に入り遺伝子情報の解析に基づく「ライオン系統」(ライオンとホラアナライオン)の進化史に関する重要な研究が、相次いで発表されております(de Manuel et al., 'The evolutionary history of extinct and living lions', 2020 5月19日発表)(Stanton et al.,'Early Pleistocene origin and extensive intra-species diversity of the extinct cave lion', 2020 7月28日発表)。
 
現生ライオンの亜種分類は従来より大幅に減数され、2亜種(P. leo leo※(アジア、アフリカ西部、アフリカ中部に分布) と、P. leo melanochaita (アフリカ東部、同南部)) に落ち着いたことはご存知の方も多いでしょう。古分布域の推移や亜種間交配の経緯など、現生ライオンの進化史に関する新知見はのちに必ず紹介したいと思いますが、ここではホラアナライオン(Panthera spelaea)に焦点を絞り、中でも個人的に興味を持つ2タクソン、'Panthera fossilis'とPanthera atroxの分類上の位置づけについて、一種の作業仮説を提示してみたいのです。
 
論文で示された分析結果に基く仮説だとはいえ、私の解釈、推測の域を出ないので、全く的を得ていない可能性はあります。また、以下の記述ではDNA抽出やシークエンスの詳細に関する専門的記述は一切省略しております。私が十全に理解できる分野ではないので、そうした内容の細部につきましては、直接上記論文に当たられることが最善だと思います。もっとも、P. fossilisP. atroxの分類については私が個人的に興味を持つテーマに過ぎず、論文の中では取り上げられていません。予め了承ください。
 
(※亜種P. leo leoには、かつてアフリカ北部に生息し野生下では絶滅したバーバリーライオンも含まれる)
 

Stanton et al.(2020)は、生息地の異なる31ものホラアナライオン標本からのミトコンドリアゲノム配列の解析を通じて、現生ライオン(Panthera leo)とホラアナライオン(Panthera spelaea)の分岐時期がおよそ185万年前に遡ることを特定しました(この年代の該当化石は、まだ見つかっていません。化石年代でいえば、これをさらにずっと遡り、鮮新世後期(およそ300万年前)頃の「ライオン系統」'Panthera shawi' の化石が知られています)。ミトコンドリアゲノム情報に基づく系統樹を見ると、およそ97万年前のノードがホラアナライオンの固有種としての分岐点を示しています。
この時点(97万年前)で、種名Panthera spelaeaが全き適合することになります。


化石年代キャリブレーションを加えず分子情報のみに限定する場合、共通祖先からの分岐時期は55万年前と、はるかに若い推定値が出たようですが、著者らは古い推定値のほうが信憑度が高いと判断しています。(このように、Stanton et al.(2020)の研究はかつてないサンプル数、また、ゲノムシークエンシング、放射性炭素年代測定など複数の分析法の組み合わせが出色)
 
分類階級の上でライオンとホラアナライオンが別種であることは今や確定的ですが、種間レヴェルの遺伝距離が確認されているとはいえ、単系統群(いわゆる「ライオン系統」)を成す、近縁種という間柄です(類似の例に、現生の大陸ウンピョウとボルネオウンピョウの違いが挙げられましょう)。更新世の一時、ライオンとホラアナライオンの分布がユーラシア西南部レヴァントで重複していた可能性があるのですが、両種間で遺伝子流動が起こったことを示す形跡は、認められないとのこと。(de Manuel et al., 2020) 
 
ホラアナライオン(Panthera spelaea)自体の中には、3つのDNAハプロタイプの存在が特定されています。

このうち最も古いのは、2015年にシベリア北東部ビリビーノの凍土層から見つかり話題となった、「ホラアナライオンの毛」から抽出されたミトコンドリアゲノム配列に代表される、「系統A」(64万3000年前)です(以下のハプロタイプ「B」、「C」と異なり一体だけの標本由来であるため、「A」にはclade(クレード)ならぬ lineage(系統)の語が当てられたようです)。系統Aがこの段階ですでにベーリング近傍まで進出していたということは、アフリカ起源とされるライオンとホラアナライオンの共通祖先は、出アフリカ後、ユーラシアの広範囲にわたって急速に分布を拡大したことが窺えます。
 
他のハプロタイプは、57万8000年前に分岐が起こった「クレードB」と「クレードC」。クレードCには31万1000年前から1万3600年前の標本が含まれ、ベーリング以西のユーラシア全域に分布していました。クレードBには41万9000年前から2万8000年前の標本が含まれており、分布は対照的にベーリング地域とアラスカにほぼ限定されていました。
 
クレードCの標本群は平均的にクレードBの標本群よりも大柄で、両者の間で主要な獲物も異なっていた可能性が高いとされます(Bocherens et al., 2011、Kirillova et al.,2015)。したがって、今回のDNA解析は、ベーリングとアラスカのホラアナライオン(クレードB標本群)を独自に亜種('Panthera spelaea vereshchagini')とみなすべきという、形態学的、古生態学的知見に基づくかねてからの主張と、同調する結果となりました。
 

さて、私が個人的に知りたいのは、およそ70万年前から60万年前(更新世中期)にかけてユーラシアに生息していた「祖先型ホラアナライオン」こと、'Panthera fossilis'と、ローレンタイド氷床以南(大雑把に言って、アラスカとカナダ以南)の北米大陸に34万年前頃現れたアメリカライオン Panthera atrox の分類上の位置づけです(この2タクソンについて、今回の論文では言及がありません)。 P. fossilisP. atroxは形質、サイズとも非常に類似しているとされ(Sotnikova et al.,(2014)後述)、骨格寸法から判断して、両者ともクレードCの亜種(Panthera spelaea spelaea)よりさらに大柄でした。
 
P. fossilis はクレードBとCの間の分岐時期より早い段階に現れているので、私は「系統A」と並列に分類するのが妥当かと考えます。 
 
P. fossilis の化石記録は長らくヨーロッパに限定されていたのですが、2014年、Sotnikova et al.はシベリア西部の更新世前期終盤の地層から初のアジア産P. fossilis 化石の発見を報告しております。したがって、 P. fossilis と「系統A」(シベリア北東部産)の分布域が大きく食い違うということはないでしょう。
 
系統Aのゲノムが抽出された毛の近辺で見つかったポストクラニアル骨格が、クレードC標本よりも小柄で、ベーリング標本よりわずかに大きな程度であり、したがってP. fossilis よりかは大分小さかったというのは気になる点かもしれません。これに関しては、前述のようにStanton et al., (2020)は毛からの遺伝情報のみを解析に用いているのと、そもそも骨と毛の間で放射性炭素年代が一致しなかったため、Kirillova et al., (2015)は生息年代の異なる個体に由来する可能性が高いことを指摘しているのです。
 
Sotnikova et al.,(2014)は、P. fossilis (シベリアで出た標本を含む)とP. atrox(アメリカライオン)の間にみられる、アルカイックな頭骨形質や際立った大きさといった、後のホラアナライオン群と明瞭に区別できる共通性および、P. fossilis が更新世後期のP. spelaea先んじてシベリア、おそらくはベーリング~アラスカにも進出していたであろう事から、「P. atrox P. fossilisから直接分化したとする仮説を提示しています。のちにP. atrox は、ウィスコンシン氷期に発達した大陸氷床以南の北米地域に隔離され、アメリカライオンとしての独自性を獲得するに至ったと(34万年前)。 
 

このシナリオにおいて、P. fossilis をベーリング近傍で出た系統Aに同定することができるはず(少なくとも私はそう思います)なので、現時点で私はSotnikova et al.,(2014)の上記仮説に同調するものです。この場合、既知の最も古いホラアナライオン「亜種」たる系統Aは、「Panthera spelaea fossilis」という学名のもと、分類が確立されるかもしれません。
 
私はアメリカライオンの直近のゲノム情報や分類仮説についてそれほど詳しくないのですが、少なくともBarnett et al.(2009)によって、遺伝距離的に現生ライオンよりもユーラシアのホラアナライオンに近縁であったことは判明しています。形態測定学の分析手法を通じてP. atroxとジャガーの親縁性が主張されたこともありますが、現在この説は支持されることはなくなりました。加えて、上述のコンテクストに当てはめて解釈すれば、P. atroxもまた、P. spelaea(ホラアナライオン)内の亜種として扱うのが妥当ということになりそうですが、どうなのでしょう。

 
とまれ、ライオン、ホラアナライオンの分類・進化史研究は分子系統学の推進を得て飛躍的に進捗していることが分かると思います。しかし、ほぼ手付かずの領野もあって、それが冒頭で少し触れたPanthera shawi など、鮮新世後期~更新世前期初頭にまで遡る、ライオン系統の基底種ともいうべき一群の分類・進化研究です。かつて(例えばTurner, 1998)これら全てが大雑把にライオン(P. leo)のもとに括られていたため、ライオン系統の進化史の理解には少なからず混乱が付きものでした。古い基底タクソンやP. fossilis、そしてP. atroxの位置づけ、関係性を明確にしない限り、ライオン系統の系統樹は十全とはなり得ません。
 
そして、ライオン系統の理解の上で最重要ともいうべき、現生ライオン(P. leo)の進化史については、また稿を改めて触れてみたいと思います。


 
付録①
P. fossilisのサイズについてのノート

Panthera (spelaea) fossilis の骨格は断片的ながら、頭蓋骨(全長485mm。フランス、シャトー産)、尺骨(全長470mm。チェコ、ムラデッチ産)、第三中足骨(全長192mm。フランス、シャトー産)、そして近年になってSabol et al.,(2014)が報告書に詳細を記載した特大上腕骨 (断片。およそ120mmになる遠位骨端幅、骨端幅を基に推測される上腕骨全長共に、アメリカライオンの既知の最大の上腕骨(遠位骨端幅107.6mm、上腕骨全長409mm)を著しく上回る。チェコ、モラヴィア産) などがいずれもヒョウ属史上最大級。初期のホラアナライオンは各長骨が顕著に伸長(elongation)していることが特徴の一つだと思いますが、相対的な骨幅の比率も現生ライオンを上回っています。以上の新たなデータを以って、私は、更新世中期の、'fossilis' 段階のホラアナライオンこそ、ネコ科史上最大であった可能性は高いと思います。



付録②
Sotnikova et al.,(2014)の報告の概要

シベリア西部(ユーラシア中央部)のクズネスク盆地の更新世前期終盤の地層から、Panthera fossilisに特徴的で、更新世後期のホラアナライオン(Panthera spelaea spelaeaと Panthera spelaea vereshchagini→これら亜種名について詳細は本文該当箇所を参照されたし)とは明瞭に異質な形質を備えた下顎骨の発見が、報告されています(Sotnikova and Foronava, 'First Asian record of Panthera fossilis in the Early Pleistocene of Western Siberia, Russia', 2014)。

形態調査に携わったSotnikova et al.は、「ホラアナライオン系統」の進化史に新たな光を当てる興味深い仮説を展開しているので、併せて紹介します。今回の発見、および以前にウラル山脈のペルミ地方で出ていたP. fossilis の頭骨(頭蓋最大全長475 ㎜で、既知のヒョウ属種の頭骨史上、二番目の大きさ)の存在により、「間氷期ホラアナライオン」とでも呼ぶべきP. fossilis の生息分布はヨーロッパに限らず、ジアにまで広がっていたことが判明しました。そればかりか、クズネスクの当個体との比較分析で判明した類似性から、中国・周口店のいわゆる「楊氏虎」、Panthera youngi(69万年前~42万年前)をP. fossilis と同定する新仮説が提示されています。


同じ著者(Sotnikova et al., 2006)はかつて、形態測定学的分析を用いてP. fossilisP. atrox(いわゆる「アメリカライオン」。更新世後期に、アラスカとカナダ以南の北米大陸に分布していた)の形質の著しい類似性を例証していますが、P. fossilis が「アジア東方まで進出していた」という新知見を踏まえて、P. atroxP. spelaea spelaea(更新世後期のユーラシア・ホラアナライオン)から分化したのではなく、それ以前にベーリング近辺まで到達していたであろうP. fossilis から分化し、独自性を獲得するに至ったという仮説を導き出しています。

P. fossilisP. atrox 間に認められ、更新世後期のホラアナライオンとは異質のアルカイックな形質要素や、共にP. spelaea spelaea を凌駕するサイズといった共通の特徴について、この新仮説はよりよく説明してくれるようにも思います。北米のコロンビアマンモスが、ウーリーマンモスではなく、その祖先筋のステップマンモスから直接的に分化し、結果として後者との形態やサイズなどの類似を色濃く継承していたとする説を、多分に思い起こさせるものがあります。

 
 
イラスト&テキスト: ⓒthe Saber Panther(All rights reserved)
当記事の内容の無断転載、転用を禁じます。


最新の画像もっと見る

post a comment