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「マスカット」ってなぁに?

2020-07-22 11:05:13 | 日記
「マスカット」ってなぁに?
少年B
みなさまこんにちは。ぶどうが大好きフリーライターの少年Bです。
 
前回に引き続き、今日もぶどうのはなしをさせてください。今回のテーマは「マスカット」です。
 

「マスカットって緑のぶどうだよね?」という質問をよくされます。

確かに、一般的には「紫の巨峰、緑のマスカット」ってイメージですよね。でも、実はそうではありません。じゃあ、マスカットとはいったい何なのでしょうか。

まずは、マスカットについてさらっと説明をしておきましょう。


日本の一般的なマスカット「マスカット・オブ・アレキサンドリア」

わたしたちが一般的にイメージするマスカットは「マスカット・オブ・アレキサンドリア」という品種です。北アフリカ原産の非常に古い品種で、一説によると紀元前から栽培されているとも言われています。農家の間では「アレキ」なんて呼ばれることが多いのですが、それはもちろん、マスカットの名を冠す品種がほかにもあるからです。

「アレキサンドリアのマスカット」という名前の通り、アレキサンドリア港から地中海の各地に広がりました。大粒で甘味が強く、「マスカット香」と呼ばれる香りを持つおいしいぶどうですが、日本では気候や日射量の問題で「岡山県で」「ガラス温室栽培」でなければ栽培は難しいとされています。高級品ですが、それだけの手間がかかっているのです。

おそらく日本ではこの品種やシャインマスカットの人気から、「マスカット=緑=高級」というイメージがついているのでしょう。

しかし、実際にはいろんな色のマスカットがあります。かんたんに紹介します。


「マスカットハンブルグ」(サトウカエデさんより)

マスカットハンブルグ」はワイン用の品種である「トロリンガー」とマスカット・オブ・アレキサンドリアをかけ合わせてできたイギリス生まれのマスカットです。ブラックマスカットという別名があります。

なお、日本では2002年に福岡県が作ったまったく別の新品種が「ブラックマスカット」と命名されましたが、後に「涼香(すずか)」と改名されています。ややこしいな。

食用はもちろんワインにもなるほか、育種の親としても多く利用されており、世界の名だたるマスカットはこのマスカットハンブルグの血を引いているものも多いです。

日本ではかつて栽培されていたようですが、後継品種の「ヒロハンブルグ」ともども栽培面積が激減しているようで、わたしもまだ食べたことがありません。うーん、食べてみたい!


赤いマスカットとして売られている「ルビーオクヤマ」

ルビーオクヤマ」はマスカットの名前はつきませんが、純然たるマスカットの一種です。イタリアで生まれた「イタリア(マスカット・オブ・イタリア)」がブラジルで突然変異を起こした品種です。

元品種のイタリアはマスカットハンブルグの子どもで、緑色のぶどうでした。イタリア政府が自国の名を冠して栽培を奨励したと言われる優秀なマスカットで、その血を受け継ぐルビーオクヤマも、当然たいへんおいしいぶどうです。皮の近くにやや渋みもありますが、酸味は少なく、強い甘さと香りが特徴です。

偶然ですが、祖父→父→孫と紹介するかたちになりましたね。ほかにもさまざまなマスカットと名付けられた品種や、名前こそついていないもののマスカットと分類されるぶどうがあります。こうして見ていただくと、決して「マスカット=緑のぶどう」ではないということがわかっていただけたのではないでしょうか。

一方で、緑色ではあるものの、マスカットではない品種も見ていきましょう。たまに通販サイト等でマスカットと書いている場合もありますが、間違いなのでご注意くださいね。


北海道の主力ぶどう「ナイヤガラ」

第2回目の記事でも書いた、北海道の主力品種のひとつです。日本国内ではワインとしても利用されています。北海道のほか、長野などでも栽培されていますが、本州では徐々に作付け面積を減らしています。

香りは強いですが、マスカット香とはまったくちがうフォクシー香という香りがします。


巨峰のなかま「翠峰」

福岡県で生まれた大粒の緑色品種です。巨峰のなかまで、マスカットとは違います。巨峰以上の粒の大きさを誇り、ボリューム感のある緑色品種として近年人気を博しています。

香りはありませんが、巨峰に似つつも、もっと上品な甘さが特徴です。スーパーでもたまに売っているので、ぜひ買ってみてください。おいしいですよ。


指のようなかたちの「ピッテロビアンコ」

レディースフィンガー(淑女の指)の別名を持つ「ピッテロビアンコ」。勾玉のようなかたちが特徴で、種はありますが皮ごと食べられます。見た目がおもしろく、とてもおいしい品種ですが、香りはなく、マスカットではありません。

なにがマスカットでなにがマスカットでないのか、ざっくり写真で見ただけでも意味がわかりませんよね。たぶん文章をしっかり読んでも意味がわかんないんじゃないかなぁと思います。

それでは、マスカットの定義について考えてみましょう。わたしは以前「欧州種でマスカット香のするぶどう」かなぁと答えていました。待って、欧州種ってなに。

実は植物としてのブドウ属にはいくつかの種があり、代表的なのが欧州種(ヴィニフィラ種)と米国種(ラブラスカ種ほか)です。


シャインマスカットの祖父、「スチューベン」は米国型の雑種

欧州種と米国種は交配が可能ですが、特性はまったく異なります。一般的には「食感や味はいいが栽培しづらい欧州種」と「味や食感はそれほどだが栽培しやすい米国種」となっています。日本では交配を重ねて、どちらの長所も兼ね備えた欧米雑種の巨峰やシャインマスカットが生まれているわけですね。ちなみに、巨峰は欧米雑種ですが、米国種の特徴がやや色濃く残っている品種です。

特に違いがあるのが香りです。米国種は「フォクシー香」と呼ばれる香りがあります。巨峰をもっと強烈にしたような感じの匂いです。北海道は過酷な環境から、本州ではあまり見られなくなった米国種のぶどうがいまでも残っているため、北海道産のぶどうはナイヤガラをはじめ、フォクシー香がするものが多いです。好きなひとは好きな香りです。

欧州種は香りのしない品種が多いですが、中には「マスカット香」と呼ばれるよい香りを発するものがあり、そのぶどうを「マスカット」と呼んでいます。海外で代表的な生食品種は先述のマスカット・オブ・アレキサンドリアとマスカットハンブルグの2品種です。

また、マスカットは生食だけに限らず、ワイン用の「ミュスカ・ブラン・ア・プティ・グラン」や「マスカット・オットネル」、「モリオ・ムスカート」など、さまざまな品種があります。

ということで、マスカットとは「純然たる欧州種のぶどうで、マスカット香を持つもの」と定義しました。

ちなみに、上に挙げた3種類の緑のぶどうは、ナイヤガラが米国種、翠峰は雑種、ピッテロビアンコは欧州種ですがマスカット香がないため、マスカットではありません。香り香りうるさいなと思われたかもしれませんが、そういうことなんですよね。


次世代のマスカット「シャインマスカット」

この定義に沿うと、シャインマスカットは雑種なので「厳密にはマスカットではない」ということになってしまいます。しかし、血統のほとんどが欧州種由来の雑種であり、限りなく欧州種に近い特徴を持っている品種。さらに、マスカット香を持つことから、マスカットの名を与えられています。

おそらく、ブランドイメージ的にも「次世代のマスカット」であったほうが味のイメージも付きやすいでしょうし、高級感を出すこともできます。「いや、ほんのすこしだけど米国種の血が……」なんてややこしいことを言うのはおそらく、日本で1人2人くらいのもんでしょう。はい、わたしのことです。


正式名称にマスカットの名を持つ「マスカット・ベーリーA」

ですが、さすがに「ちょっと待った!」と言いたい品種もあります。

一般的に「ベーリーA」の名前で売られている品種の正式名称は「マスカット・ベーリーA」。栽培しやすく豊産で、生食にもワインにも使える便利な品種ですが、米国種の特徴が強い雑種であり、フォクシー香を持っています。

酸味も適度で甘酸っぱく、おいしいぶどうではありますが、マスカットの特徴を持っているかと聞かれると「持っていない」と答えるしかありません。名前が長いことに加えて、お客さんからの「これのどこがマスカットなの?」という疑問に答えられないため、マスカットの冠を外して販売されることが多いのでは……?なんて邪推してしまいます。


ニュージーランド産の「ニューヨークマスカット」(左)。右は巨峰(サトウカエデさんより)

また、ニューヨーク農業試験場で作られた「ニューヨークマスカット」という品種もあります。こちらも米国種の血を引き、栽培しやすく豊産で、皮離れがしやすく、くにゅっとした食感という米国種に近い特性を持った品種です。

わたしはたまたま金沢のぶどう園で見かけて購入したことがありますが、日本では現在ほぼ作られていません。ニュージーランドに住む友人が購入したとのことで、写真を送ってくれました。

マスカット・ベーリーA、ニューヨークマスカットともに、マスカットらしい特徴はまったくありませんが、片親がマスカットハンブルグであるため、「マスカットの子どもだから」という理由で名付けられています。うーん、いいのかそれで。

その他に、近年では「血統が変わった」という問題もあります。


元祖赤いマスカット「甲斐路」

上に挙げた写真ではルビーオクヤマが「赤いマスカット」の名で販売されていましたが、元々そのネーミングの元祖は「甲斐路」というぶどうです。10月ごろから出回る晩生品種で、上品な香りとコクのあるうまさで人気の品種です。名前は知らずとも、なんとなくスーパーで見かけたことがある、なんてかたは多いんじゃないでしょうか。

この甲斐路の特筆すべき点は味だけでなく、育種親としても多く活用されているところです。日本国内で作出された品種の多くに、甲斐路の血が受け継がれています。例えば、メジャーなところで言うとシャインマスカットの祖父にあたります。

この品種は純粋な欧州種として認知されていましたが、近年この甲斐路に中国ぶどうの血が混じっていることが発覚しました。どういうこと???

悲運の名品種「ネオマスカット」(写真素材 food.fotoより)

原因は甲斐路の父親の「ネオマスカット」。悲運のぶどうです。

1925年(大正14年!)に岡山県で生まれたこのぶどうは「路地でも作れるマスカットを」というコンセプトで、マスカット・オブ・アレキサンドリアに日本在来種の「甲州三尺」をかけ合わせて生み出された品種です。

たしかに狙い通りの品種になりました。やや小粒ですが、うまさはアレキと遜色なく、豊産で日持ちもし、マスカット香も持っています。岡山県のガラス温室でしか栽培できないアレキと違い、山梨でも新潟でも路地栽培ができることから、大衆的なマスカットとして一時はもてはやされました。

ただ、豊産なことと色が緑のことから、一部の農家が目先の利益に目がくらんで「成らせすぎ」や「熟す前」に出荷してしまう事態が起こりました。紫や赤の品種と違い、緑のぶどうは未熟でも色が変わりません。身を成らせすぎると熟しづらくなりますが、見た目では区別がつきませんし、通常の時期よりも早めに出荷すれば、それだけ希少価値が上がり、高値で売れます。

さらに、苗木を供給する母樹の一部がウイルス病に侵され、糖度が上がらなかったことも拍車をかけました。「ネオマス=まずい」という悪評が立つのにさほど時間はかかりませんでした。高いポテンシャルを持っていたはずのネオマスカットは、消費者からそっぽを向かれてしまったのです。

ウイルスフリーの苗が販売されるようになり、劇的に糖度が上昇し、本来の能力を発揮できるようになったころには、子である甲斐路系統や有力な緑品種である「ロザリオビアンコ」が人気を博し、すでに次世代に交代していました。現在ではさらに次の世代であるシャインマスカットが緑ぶどう市場を席巻しています。ああ、なんて不運なぶどう……!

まだまだ不運は続きます。父である甲州三尺は日本在来種ですが「血統的には純粋な欧州種である」とされていました。それゆえに、ネオマスカットも甲斐路も「純然たる欧州種」と認識されていました。


「甲州」のDNA解析(独立行政法人酒類総合研究所より)

しかし、2013年に独立行政法人酒類総合研究所が発表した「甲州」種のDNA解析により、状況は一変しました。甲州は日本在来ぶどうのひとつで、生食はもちろんですが、近年はワイン用としても多く使われています。

この研究結果を一言で表すと「甲州の血統は3/4が欧州種、1/4が中国の野生種というクォーター、もしくはそのクォーターと欧州種がさらにかけあわせてできた品種であると思われる」というものでした。つまり、甲州は中国ぶどうの血が1/4~1/8程度入った品種であり、純粋な欧州種ではなかった!ということが明らかになったのです。

その際、おなじ日本在来種として、甲州三尺も一緒にDNAを解析されました。欧州種とのDNAの一致率は甲州が71.5%、甲州三尺はやや多く81.8%という結果でしたが、共に中国の野生ぶどうの血が入っていることが確認されました。


ぶどうのSSR解析に基づいた樹形図(後藤奈美氏「DNA多型解析による甲州の分類的検討」より)

甲州三尺の来歴自体はわかっていませんが、元々DNA的に甲州とかなり近い品種であることが判明していました。つまり、甲州三尺の子であるネオマスカットも甲斐路も純粋な欧州種ではない……?となると、つまり日本で生まれた品種のうち「純粋な欧州種」とされていたものの大半に中国の野生種の血が混じっていたわけですね。

いや、興味のない人からすると「だから何だ」って話ではあるんですが、厳密にマスカットを定義しようとすると「シャインマスカット」も「甲斐路」も、日本で「マスカット」として育種された品種のほぼすべてが「マスカットでない」となってしまうわけです。


甲斐路の子ども「ルーベルマスカット」


ルーベルマスカットの子ども、マスカット最新品種のひとつ「マスカットジパング」

ルーベルマスカット」も「マスカットジパング」も甲州三尺~ネオマスカット~甲斐路の血統なわけで、純粋な欧州種ではありません。

それこそ、「純粋欧州種でマスカット香のあるもの」となると現行で栽培されている品種はアレキのほかには海外から輸入されたルビーオクヤマくらいしかないのが現状なんですよね。おいおい、最初の写真に戻ってきたぞ。

一般的なマスカットの特徴を持っていて、消費者はおろか、農家もマスカットと認識している品種がマスカットでない、というのもこまりもの。なので、さいきんは「欧州種の特徴が強く出ていてマスカットの香りがするもの」くらいにざっくり認識しています。はっきり定義がしづらくなっちゃったんですよね。

結局のところ名乗ったもの勝ちだったりするし、ぶどうに詳しくても、そうでなくても、マスカットの定義なんてあいまいなものなのかもしれません。

 
 
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少年B
ぶどうが好きなライターですが、ちゃんと散歩も好きです。
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