明治32年(1899年)6月19日は、明治の文豪森鷗外が陸軍第12師団軍医部長として東京から小倉に赴任した日です。今年で118年目。折しも、今までの「鷗外文学碑」が公園整備で小移動したのを機に、文学碑の除幕式を兼ねて「しのぶ会」が行われました。鷗外は軍務の傍らいくつかの作品を発表し、小倉に文学という文化の種を撒きました。以後、火野葦平、岩下俊作、松本清張等を初め多くの文学者を輩出しています。この功績を顕彰する目的で56年前に有志による「北九州森鷗外記念会」が発足し、この日150名の会員による「しのぶ会」が毎年行われています。しのぶ会には北九州市長や多くの文化人更には小倉商業高校の生徒達も参列し献花が行われました。鷗外が関わった陸軍病院となる「衛戍病院」の跡地碑は北方の陸上自衛隊小倉駐屯地の近傍に残っています。19日はあいにくの雨。思わぬ「しのぶ雨」となりました。