―――――今年の桜はきっと忘れないよ。
1年前のこの季節、
病院帰りにマロンを抱いて満開の桜を見上げながら、
これで見納めかなと胸が痛んだけれど、
今年も一緒に眺めることができました。
とても暖かくて、
久しぶりのお出かけに私の方が嬉しくなって。
膝に乗せたマロンの重さに
ほんわかとした幸せを感じました。
家に帰ってお風呂に入って、
モリモリご飯を食べてから、
うんちもおしっこもしっかり済ませて
一緒のベッドでおやすみなさい。
夜中にオムツを替えたのもいつも通りで、
当然のように来るはずだったおはようの時間。
お寝坊さんにしては遅すぎる朝、
ずっと見ていたいような可愛い寝顔があまりにも穏やか過ぎて、
大した意味もなく胸の鼓動を確かめていました。
静かに、だけどしっかりと、
トク、トク、トクと打っているはずなのに。
まだ体はこんなに暖かいのに。
私の手にはマロンのぬくもりしか伝わってこなくて。
耳元で名前を呼んでも、
大きな声で呼びながら体を揺さぶっても、
もうピクリともしないで、
マロンは旅立っていました。
ささやかな身じろぎや小さな鳴き声にも絶対に気づく自信があったのに、
ひとりで逝かせてしまいました。
4月8日の朝でした。
残された時間は少ないから気持ちの準備をと言われていたのに、
全く覚悟ができていなくて、
突然の喪失の理不尽さに腹が立って、くやしくて。
マロンの首元に顔を埋めても、
そこは生きているマロンの肌の匂いじゃなく、
ゆうべのシャンプーの香りしかしなくて。
夢の中なのか、現実なのかわからない中、
体の一部がもぎとられたような感覚だけが、
不思議なのだけどマロンの存在を感じさせてくれて、
この痛みをずっと抱えていたいと思いました。
たまたまその翌日、
マロンが一番好きだった息子が帰省することになっていて、
おじいちゃんやおばあちゃんも一緒にみんなで見送ってやりました。
大好きないちごとりんごと蒸しパンを持たせたからね。
先に行った友人のわんこがきっと迎えにきてくれて、
私の実家にいた猫ちゃんたちも待っているから、
みんなで食べるんだよ。
不自由な体から解き放たれて、
自由にお散歩するんだよ。
2016年6月28日に生まれたマロンは、
もうすぐ18歳のお誕生日を迎えるところでした。
喜びと癒しと潤いと…
たくさんの幸せをくれたマロンたん。
ウチの子になってくれてありがとう。
マロンは幸せだったかな。
幸せだったらいいな。
お骨は粉骨してもらって、
想い玉という形に替えて手元供養します。
こんなに寂しいのに、
いつものように朝起きて仕事に行って食事して眠って、
淡々と過ごせているのがなんだかなあって思うけど。
いつかまたマロンに会えるように、
生かされている間は生きていようと思います。
マロンたん、
今までも、これからも、
ずっとずっと大好きだよ。
ミカ