夕飯を食べに行かない、焼き肉だよと良子さんに言われて頷いた、だが、連れて行かれた店の前で正直、慌ててしまった、どう見ても高級焼き肉店、間
違っても食べ放題の牛若○とかスタミナ○太郎とかとはレベルの違う店だ。
案内されて、メニュー表を見ると、金額に目が点になってしまう。
好きなものを頼んでねと言われるけど悩む、困る、そんな様子を見かねたのか、牛タン、カルビ、ホルモンと色々と注文する良子さんが羨ましい。
遠慮してるでしょと言われて、うんと頷いて、少しと言ってしまった。
「祖母と二人の時は、こういうところは来なかったし」
「飲み屋、小料理屋じゃない」
「そ、そうです」
「あなたが眠っているとき、色々と話したから」
ニコニコと笑う良子さんは本当に♂なのかと思うくらい、普通の女の人に見える。
「聞きたい事があるんですか、いいですか」
「何、何でも聞いてね」
「あたしを産んでくれた、どんな人だったんですか」
良子さんの箸が止まった、少し難しい顔になる、知りたいと言われて少しだけと本音を呟くと、いずれと言われてしまった後、にっこりと笑みを返された。
「父親の事は知りたくない」
ふと思い出した、祖母に聞こうとした時、黙りこんでしまったことを、怒っているというより、困っているという感じの顔だった。
「はあっ、良かったあ、実はね、詳しい事は知らないのよ、あたしも」
以外だ、これにはびっくりした。
「ところで、この間、男の人に声をかけられて腕を掴まれたって言ってたでしょ、また、会ったりした」
いいえと答えると良子さんは、ほっとした顔になった。
「知ってる人に似ているなんて台詞はね、相手がオヤジ、ジジイでも気をつけて、ナンパかもしれないからね」
な、ナンパか、今まで学生時代からモテ期も経験もないし、それに、あの男の人は謝ってくれたし、悪い人には見えなかったけどなあなんて、思いながら牛タンを食べつつ、卵スープを一口。
最初は緊張したけど高級な肉って美味しい、一口食べてどんどんと進む、子供じゃないんだからビールも頼んだ、焼き肉とビール、最高の組み合わせだ、でも食べ過ぎには気をつけようと思っていたが、一時間ほどすると満腹になってしまった。
店を出ると外は真っ暗だ。
「良子さん、足下、気をつけて」
ジョッキで三杯、焼酎も飲んでたし、顔は赤くないけど酔ってるんじゃないかと思った、だが、自分もビールは二杯、ハイボールを二杯飲んでいた、少しほろ酔いという感じだろうか。
店を出て階段を降りようとしたとき、男性とすれ違いざまに肩がぶつかりそうになった、まずと思ってよけようとしたが足がふらついた。
「美夜っ」
良子さんの声に、返事をしようと頭を向けたとき、足下がぐらりと揺れたが、腕をぐいと掴まれた、良かった転ばなくてと顔を上げると相手の顔がチラリと見えた、支えてくれたんだありがとうと言おうとしたとき。
「いっ、市川(いちかわ)、あんた」
驚いた良子さんの声に相手の男の人も返事をする、知り合いみたいだ、でも、市川と呼ばれた人を見て驚いた、数日前に出会った男の人だったからだ。
「帰りましょう」
ぐいっと良子さんに手首を掴まれた、知り合いなのにいいのかと思ったら、待ってくれと男の人が声をかける。
待つわけないでしょと、良子さんが叫んだ、仲が良くないのかもしれないと思っていると、せっかくいい気分でいたのに、酔いがさめたわと良子さんは怒った声で呟いた。
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