貴族同士の結婚に愛情というモノはないと思っていた、何かの利害関係があってこそだと思っていのだ、だから、自分に嫁いでくるという女性、その存在に対しても最初から、いい印象などはなかった。
妻となる女性はジュスティーナ・フランヴァルは五歳も年上ということで最初からカインは好印象を持ってはいなかった、それだけではない、会ってみて容姿も美人、一目を引くほどでもない平凡な顔立ちだったので、口には出さなかったが、内心、騙されたという気持ちだった。
初夜も感慨深いモノではなく、あっさりとしたものだった、自分は彼女よりも若く精力もある、だから愛人を持っても不思議ではない、貴族なのだ。
隠す必要はないと思い、子供を作らない事にしようと申し出た、怒るだろうかと思ったが、あっさりと承知する彼女に、ほっとするよりも内心、拍子抜けした。
いや、それだけではない、これからはお互い自由に過ごしましょうと彼女の方から申し出たのだ、カインにとって、これは都合がよかった。
一年が過ぎた頃、カインは病気になった、しかも性病、街の娼婦との交際が原因だろうと医者は顔を曇らせた、しばらくの間、遊びは控えるべきですとカインに告げた。
困った、というのも正式な跡継ぎを作る為、ある貴族令嬢と婚姻の話を持ちかけていたからだ、愛人ではなく、生まれてきた子供を正式な跡取りにしたいというなら話は変わってくる。
現在の妻はどうするのか、別れたとしても領地や資産の分配がされれば取り分が減る。
正式な跡取りといっても十分な暮らしができるのか知りたいなどと言われて、すぐには返事ができなかった、そんなカインを見て相手の両親は娘と関係を持つ前で良かったと、判断を下した。
相手側の両親から正式な断りが入ると翌日には貴族の間で噂が広まっていた。
後悔したところで遅い、いつもなら相手の娼婦も馴染みのクルチザンヌ、高級娼婦を相手に遊ぶのだが、たまには違った女の味見がしたいと街で行きずりの私娼を買ったのだ。
自分の上で、くねくねと体を動かして嬌声を上げる破廉恥ともいえる姿は顔をしかめるモノがあったが、満足感もひとしおだった、あれが、まずかったのだと思っても今更だ、取り返しがつかない。
相手を責めて、責任を取らせたいところだが、国が後ろ盾のクルチザンヌや国娼と比べて、その日暮らしの娼婦に金などあるわけがない。
それどころが、そんな女を相手にしたという事が知られたら貴族、王族の笑いモノになるだけではない、噂が広まれば街を歩けなくなる。
「治るんだろうな」
切羽詰まっていたカインに、医者はこともなげに言った。
性交は禁止、薬を欠かさず飲むこと、その言葉にカインは苦い顔をした、子供の頃から女性に囲まれて、ちやほやされていたのだ、いつ完治すると聞いても医者ははっきりとした答えを出さない、こういう病気は個人の体力だけでなく、感染させた相手の症状によっても違いがある、相手の事を聞かれても答える事などできないカインは行きずりの街の私娼だと小声で答えた。
医者は困ったなと思ったが、それを顔には出さなかった。
最初のうちカインは医者の言いつけを守っていた、だが、数日、半月、一ヶ月もすると我慢できなくなり、隠れて夜の街へと出歩くようになった。
ひどくなられましたなと呆れたような医者の言葉と鏡の中の自分の顔にカインは初めて恐怖を抱いた。
最初の頃はわずかに顔が赤くなる程度だった、だが、それから青いブツブツ、吹き出物がではじめたのだ、時折、痒みも感じてかきむしってしまうが、それをすると細菌が皮膚の中に入り、もっとひどくなると言われて怖くなった。
「なんとかならないのか」
「飲み薬ですな、皮膚を移植する手術により治す事もできますが、今のままでは無理でしょう」
薬は高価で取引にも条件があり、貴族でもなかなか手に入れる事ができないという、それだけではない、皮膚の移植というのは拒否反応が出て失敗する確率が高いというのだ。
「確か、あなたの奥方様は医療方面の方々と繋がりがありましたな」
「ジュスティーナが、初めて聞いたぞ」
「特殊療養所、ご存じなかったのですか」
夫婦なのにと不思議そうな目を向けられてカインは思わず目をそらした。
妻に頼む、だが、それしか方法がないと医者に言われて、仕方ないと妻の住む館を訪れた、随分と久しぶりにだ。
お互いに顔を合わすのも気分が良くないだろうと結婚して、しばらくしてから始まった別居、だが、尋ねてみても妻はいなかった。
召使いの話によるとカインの父親のところだという、お見舞いですと言われて驚いた、父は具合が悪かったのかと尋ねると以前はと曖昧な返事だ。
父親が病気にかかっていたと聞いてカインは驚いた、何人もの医者から治療が難しい、それだけではない、高額な医療費がかかる地と言われて息子の自分には迷惑をかけたくないと父親は内緒にしていたらしい。
だが、それを医療関係者から聞きつけたジュスティーナが夫の父親を助けるのは妻として当然だと自分の撮っている治療院に入院、治療を受けさせたというのだ。
久しぶりに会う妻は自分を迎え入れてくれるのか、助けてくれるかとカインは不安を感じながら訪れた、父親の住む家はこじんまりとした、まるで、そ
う平民、市井の人間の住むような家だった。
「父上、本当に、父上ですか?」
自分が結婚してから、家庭を持ったのだからと殆ど会う事がなく、疎遠になったといってもおかしくはなかった。
だが、久しぶりに会う父親は想像よりも元気で若々しい、病気だったというのは嘘ではないかと思うほどだ。
「久しぶりだな、カイン」
自分を迎えてくれた父親は喜んでいた、だが。
「おまえの事は聞いている、病気の事も、よく、ここに来れたものだ」
その言葉にカインは父親の自分に対する怒りを感じた。
「ジュスティーナは、いないんですか」
仕事だといわれてカインは驚いた、結婚前は医療関係の仕事に就いていたらしい。
「私の病気、治療の為に再び、仕事を始めたんだ、その為に財産の殆どを使い切ったといってもいい、だから私は領地も爵位も、あと半月で貴族ではな
くなる」
初めて聞く話ばかりだ、驚いて言葉が出ないカインに父親は彼女の住む屋敷が売利に出されていることを知っているかと聞かされてカインは首を振っ
た。
「治療を頼むつもりか」
「夫婦、ですから」
一人息子の自分に子供の頃から優しかった父親の顔を、この時、カインは、まともに見ることができなかった。
「自分の女遊びが原因だろう、自業自得とは思わないのか」
「貴族同士の結婚です、彼女だって承知の上で自分と結婚したんです、ですが、今は少しでも早く」
その夜、久しぶりに会う妻の別人のような姿にカインは驚いた、結婚した当初は着飾る訳でもなく、化粧も、ただおしろいと紅をつけているだけだった。
それが、今目の前にいる彼女はどうだ、本当に自分の妻なのかというほど垢抜けて綺麗になっていたのだ、もしかして、男でもできたのか。
自分が病気になり、館に引きこもったまま、出掛ける事もせず陰鬱な日々を送っているというのに、自分の妻は垢抜けて綺麗になって。
男ができたに違いないと思った。
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