自分の前に突然、現れたホムンクルスの美女を見てマルコーは驚いた。
「お久しぶり、お元気、ドクター」
美女は、にっこりと笑いながら近づいてくる、思わず身構えてしまうだが、そんな自分の様子など気づいてもいないように、少し話さないと背を向けて歩き出した。
まるで自分がついてくることを少しも疑ってもいない様子だ、逃げ出したいと思いながらもマルコーは後を追いかけた。
あそこにしましょう、オープンカフェを見つけると美女は自分から椅子に腰掛けた。
二人が座るとウェイターがメニューを持ってきた、ドクターのお勧めがいいわと言われてマルコーは紅茶を頼んだ。
しばらくして運ばれてきたカップに口をつけた彼女は呟いた。
「美味しいわね、アールグレイって」
彼女の口調から目の前の自分に対して敵意や憎しみなどの感情が感じられない、紅茶を飲むことを楽しんでいるといわんばかりだ、油断してはいけないと思いながらもマルコーは口をつけた、ほんの少し、気分がほぐれたような気がして、自分も最近になって紅茶を飲み始めたと呟いた。
「あら、珈琲ではないの、研究所の医者って殆どが、珈琲を飲んでいた気がするわ」
「忙しくて徹夜が多い、眠気覚ましのだめだろう、インスタントだと手軽に飲める」
「そういうものなのかしら、なんだか忙しないわね」
この会話のやりとりは、一体なんなんだ、どういうつもりなのかと思ったとき、恨んでいるでしょうねとラストはカップをテーブルに置いて、わずかに顔をあげた。
「この紅茶もいいけど、ドクターは普段、もっと美味しいのを飲んでいるんでしょう」
何が言いたいのかわからない、マルコーはラストの顔を初めて、じっと見た。
「ティーフードが欲しいところね、ショートブレッドはプレーン、でも、私と一緒だと、今は食べる気にはならないでしょうね、また、今度にしましょう」
相手の考えていることが分からなかった、紅茶にティーフード、彼女、美夜と同じようなことを言うんだなと思ったとき、奢ってくれるんでしょうと彼女は、にっこりと笑った。
「そんな怖い顔するなよ、傷の男、もしかして怒ってんの」
突然、尋ねてきたホムンクルスのエンヴィーに対して、スカーは無言を貫いていた。
「ドクター、もうすぐ帰って来るよね、驚くだろうな」
「マルコーに逢いに来たのか」
「そうだよー、この間、偶然見かけてさ、だから挨拶に来たんだよ、ねえっ、あんた、ドクターの過去、昔、軍の医療チームにいたって、聞いた事ある」
エンヴィーは美夜に向かって、笑顔というよりはニヤリとした笑みを向けると凄く優秀でねと言葉を続けた。
「賢者の石を作ってたんだ」
スカーは詰め寄り、少年の胸ぐらを掴もうとした。
「隠すことないだろ、本当の事じゃないか」
エンヴィーは、にやついた笑顔でスカーを見ると美夜に視線を移した。
「賢者の石って聞いた事があるわ、作るのが難しいって」
「そうなんだよ、でもドクターって凄いんだ、作っちゃったんだよ」
そのとき、男の声がした、ああ、ドクターのお帰りだと少年は笑った。
「ねえっ、俺って親切だからさ、教えてあげてたんだよ、彼女に色々と、ドクターの昔の事」
エンヴィーの姿を見たマルコーは混乱した、ラストに続いてエンヴィーまで現れたことに。
二人に出て行くようにと声をかけようとした、だが、美夜に向かってエンヴィーは聞きたいよねと声をかけた。
「善人だって、いい人のふりしているけど、ドクターってさ、人体実験してたんだよ、賢者の石を作る為に大勢の人間の命を使ってさ、でも今は医者をしてるんだ、それってさ、偽善ってやつじゃない」
「人間を使ったってこと」
彼女の視線を感じて思わず視線を逸らしそうになったマルコーは絞り出すような声で本当だとわずかに首を項垂れた、だが、それだげては終わらなかった。
「ドクターって人肉を食べてたんだよ、シチューやステーキで、医療チームの連中と一緒に」
「あれは、おまえ達が」
「ええー、また、自分は知らなかったって言えば何でも許されると思っているのかなあ」
「人肉をね、カニバリズムか、それっていつのこと」
興味があるのか、美夜が話に食いついたことにエンヴィーは笑顔になった、すると、彼女は絵エンヴィーに近寄った。
「人肉ね、ところで、人間の肉を食べると病気にかかりやすいって知っている、B型肝炎、C型肝炎ウィルス、極めつけはクールー病」
彼女の言葉にエンヴィーは言葉を飲み込んだ。
「特にクールー病はタンパク質の一種のプリオンが連鎖反応を引きおこし脳細胞がスポンジのようにスカスカの状態になるらしいのよ、笑いが止まらなくなり、異変と異常行動を起こし、三ヶ月から二年で死ぬのは確実といわれてたっけ」
エンヴィーだけではない、マルコーもスカーも無言のまま、視線を彼女に向けている。
「嘘はよくないよ、事実なら先生はまともに歩くことも会話もできない筈、今こうして生きているのも、あららだよ、それに人肉を食べたと思い込ませるなんて簡単でしょ」
「なんだよ、それ」
「饒舌すぎる、言霊を使ったね」
聞いた事の無い言葉にエンヴィーは理解しようと困惑の表情になった。
「なんだよ、それ、コト、ダマって」
エンヴィーの顔がわずかに歪んだ。
「人体実験なんて未来の医学向上の為には必要な事もあるのよ、大人は大変なの」
「あんたを賢者の石を作る材料にするかもしれないよ」
それは大変だーと聞いているのかいないのか、美夜は少年に背を向けた。
「人様の過去をほじくり返して、よっぽど暇なのね、大人には事情とか、知られたくない人とか色々とあるのよ、大変なの、それを重箱の隅を突くような事をして、まあ仕方ないか、君はお子様みたいだしね」
鼻で笑われてエンヴィーは、むっとした顔になった。
「腹立つなあ、あんた」
エンヴィーは相手の体、その首を掴もうと手を伸ばしだが、不意に動きを止めた、あと少しでというぐらいに近い距離でありながら。
「さあ、今から、君に呪いをかけてあげようか」
「な、何を言ってんだ、あんた」
このエンヴィー様に呪いをかけるだなんて、本気で、笑い飛ばすつもりだった、だが、言葉が出てこない。
自分の顔をじっと顔を見つめる女の顔は、そこらにいる女と変わらない、平凡な顔立ちだ、なのに、それなのに、女が笑った。
「嘘を言ってる顔に見える、これが」
オタクの知識が、こんなところで役に立つとは、目の前の少年は自分がペラペラと喋った事を信じ始めている、カニバリズムの映画、自主制作から、海外の動画サイト、色々と見たのだ、ネットでの情報も漁って居た事がsuchところで役立つとは、よかった、本当に良かった、このまま、まっすぐ家に帰ってくれと思ったが。
「ねえっ、そこまでにして許してあげてくれないかしら」
不意にドアが開いて入ってきたのはラストだった。
「少しいたずらが過ぎるけど、弟なのよ」
自分の味方が現れた、ほっとした顔になったエンヴィーだが、ラストが女に、にっこりと笑った事に、あれっと思った、初対面じゃないと分かったのだ。
「知り合い、なのか」
「驚いたかしら、それから、あなたの尾行だけどかなり前から気づかれてたわよ、氷結の錬金術師に」
エンヴィーのまさかと言いたげな表情にラストはやっぱり自分たちは変わったということを改めて実感した、
会話が楽しいと思った、カフェでドクター・マルコを誘った、それも自分からだ、あのときの行動は自分でも驚いていた、まるで人間のようだと思ってしまう。
ドクター・マルコーは医者、錬金術師としての腕は確かだ、だが、それがなければ、どんな取り柄があるのか、陰鬱な顔で暗い表情をした少なくとも自分が出会った、いや、知っているティム・マルコーとは、そういう人間だった。
「ねえっ、ドクター、あんたには医者で錬金術師だ、でも、それだけだよね、ずっと一人でさ、今までもこれからも、その面で生きていくなんてつまラナイ人生だね、ずっと死ぬまで、女と楽しんだ事はないんだろうね、男とかも」
突然、大きな音が、自分の顔の前で女が両手を合わせてバンっと叩いたのだ。
「猫だましよ、効いたでしょ」
姉の前で弟の顔に平手打ちするわけにもいかないからと美夜はエンヴィーを睨んだ。
「帰るわよ、エンヴィー」
ラストの呼びかけに少年は、はっとなった。
「あなたの負け、完敗よ」
「俺はホムンクルスだ、人間なんかに」
「あー、耳に、そよ風が、今日、日曜だっけ」
むかつくと思いながらエンヴィーは女の顔を見ることができない、俯いてしまったからだ。