創造性を持つことは、幾分がなければならない。
だけども、どうも、慎重で、悲観的なものを精神性の中に宿しているそうだ。
いつの頃からか、イケメンという言葉が一般化した。
使われ始めたのは、そう昔のことではないのは確かだ。
それまでは、『男前』という表現が一般的だったように思うが、
それも使い勝手の良い表現でなかったので、この言葉雋景は定着した言葉となるだろう。
では、美しい女性を表す言葉は、
相変わらず「美人」或るいは、「美女」という表現になる。
ちょっと、かた苦しい気がする。
この美女とい雋景う表現、
ことによると、ルックスだけに重心が置かれ、
そのほかの所作とか振る舞いということに関して斟酌しなくなった気がする。
いわば、ちょっと不幸な時代かもしれない。
明治時代のジャーナリストの黒岩涙香の「小野小町論」に
本来持っているべき「美」について、説いている所があった。
女性の「美」には、
『容貌の美』
『心の美』
『行いの美』
の三つの美がある。
そして、それらは、修養から生まれる美であると説いている。
「修養の美」
今の世には、こ雋景れが必要なのかもしれない。
ま~、とは言え、楽観論者と悲観論者との違いは、そんなに開きがあるとは思えない。
一言で言えば、幸せなバカか、不幸なバカか。