岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 06(浅草ビューホテル編)

2024年07月25日 19時06分15秒 | 闇シリーズ

2024/07/25 thu

 

闇 05(新潟、浅草ビューホテル) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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給料が入ると高い酒を買い、数種類のリキュール、ベースとなるジンやウォッカなどを集め、部屋でもカクテルを作れる環境にする

様々な酒に関する書物も注文し、仕事以外も勉強する事にした

全日本プロレスが駄目になり、何の目標も無くなった俺

こうして酒に対する事を勉強する事で、嫌なものすべてが忘れられた

時たま他のホテルのラウンジへ出向き、うちとは違う接客や店のシステム、内装などを見る目的で回る

全部一からのスタートであるが、充実した日々を過ごす事ができた

この頃携帯電話が徐々にではあるが、持つ人間が増える

俺はidoの携帯電話を契約した

 

社員用エレベーターの数は3基しかない

なので時間帯にもよるが、本当に来ない時はかなり待つようだった

最上階である28階から、酒の仕入れは地下まで行かなければいけない

待つのが面倒な時は、階段で地下まで降りた

疲れるという感覚より、踊り場までをポンポンとリズリカルに三歩で降りて柱に手を掛けて身体を回転させ、また同じ風に行くので目が回りそうになる

レーベンブロイの生ビールの長い方のタンク三本を右手なら片手で持ち上げる事ができた

ビールの入ったケースなら4つを平らに置き、そこへ指を絡ませ持ち上げる

このような常人離れした事が普通にできるのも、全日本プロレス時代の鍛錬の賜物だろう

 

カクテルというものはとても奥が深い

色々な酒を調合してオリジナルカクテルを作ってみた

ラウンジの仕事が終わり、バーカウンターで飲んでいると、ショーステージで歌う二人組のヨーロッパモントリオールから来たエスカペイドデュオのピエールとキャサリンもやって来る

たまたまグレープフルーツの差し入れがあったのであげると、ピエールは砂糖が欲しいと言った

確かにグレープフルーツに砂糖を掛ける人っているよな……

ウォッカベースのグレープフルーツを使った代表的なカクテルといえばソルティードックがある

あれはスノースタイルというグラスの周りにレモンを塗り塩を付けたカクテル

ジンにグレープフルーツジュースも相性は悪くない

グレープフルーツに砂糖

俺はスノースタイルでレモンの代わりにブルーキュラソーを半分、そしてもう半分にグレナデンシロップを付け、砂糖を擦り付けてみた

そのグラスへジンとグレープフルーツジュースをシェイカーでシェイクし、上からゆっくりブルーキュラソー、そしてグレナデンシロップを注ぐ

通常レインボーなどのプースカフェスタイルの何層にもなるカクテルは、比重の重い順から静かに注いでいく

バースプーンの背をグラスの淵に着け、慎重に各酒を乗せるように

それとはまったく真逆の作り方

シェイカーで振ったもののあとに、リキュールやシロップを鎮めていくやり方はおそらく業界初ではないだろうか?

こうしてアルコールの糖分や重さを計算して作った俺のオリジナルカクテルが完成した

俺みたいな人間がホテルのラウンジで働いているのって突然変異みたいなもの

英語だとミューテーション

このカクテルをミューテーションと名付けた

 

働いていて問題点が一つ

底意地悪く「プロレスって八百長なんでしょ?」と小馬鹿にしてくる上司がいた

真面目に返答すると、だってプロレスってさぁ〜と俺の精神を逆撫でするような言い方でおちょくられる

駄目になったとは言え、必死に真剣にやってきたのだ

ムキになって反論する俺の様子を見て楽しむ同僚

その点だけが気になっていた

 

ラウンジの営業終了時間は夜中の一時

当然終電も無くなるので、ホテルには仮眠室があった

十畳ほどの部屋に二段ベッドが五個

色々な他のレストランやバーのセレクションの人間がここへ泊まる

仕事はシフト制だったが、過度なスケジュールで悲鳴を上げるスタッフが多かったので、自ら無茶なシフトを望んだ

例えば初日はラウンジ開始の夕方5時から出勤して夜中まで

そのままホテルへ泊まり、朝5時から和食の歌留多で10時までヘルプの手伝い

昼の11時よりベルヴェデールのスカイラウンジランチブッフェで昼の2時まで

それからようやく休憩に入る事ができ、夜のラウンジで二日目の泊まり

翌日朝5時から和食歌留多

それからランチブッフェの準備をして昼の11時にようやく終了

二泊三日シフトなどをこなす

 

新潟のグリーンプラザ上越ホテルでもそうであったが、俺は元々人をもてなすといった行為が好きなのだろう

そういった意味でホテルでの接客業は自身に向いていた

プロレスを馬鹿にされる事を除けば楽しく仕事ができていたのだ

 

浅草ビューホテルの目の前の国際通りを渡り少し進めば競馬のJRA場外馬券場がある

ホテルの人間の影響で初めて競馬をやってみた

天皇賞(秋) レース結果 | 1996年10月27日 東京10R - netkeiba

初の競馬は天皇賞・秋

バブルガムフェロー、マヤノトップガンの馬連で当たる

エリザベス女王杯 レース結果 | 1996年11月10日 京都10R - netkeiba

続いてエリザベス女王杯もダンスパートナー、フェアダンスで当て

有馬記念 レース結果 | 1996年12月22日 中山9R - netkeiba

続いて年末最後のG1有馬記念もサクラローレル、マーベラスサンデーをズバリ当てた

秋の競馬G1を含め、10戦8勝の成績で、競馬へのめり込んでいく

 

クリスマスの営業が終わり、こんな日に泊まりシフトなんてと嘆く同僚たちに、俺は全日本プロレス時代のちゃんこ鍋をご馳走した

途中からエスカペイドデュオの二人も来て一緒に食べる

特にピエールはちゃんこ鍋をとても気に入り、レシピを教えてくれとうるさかった

初詣も仕事だったので、近くの浅草寺へ連れて行く

こういった儀式が初めてのピエールは興奮し楽しんでいる

帰りに近所のデニーズへ寄り、パンプラムースという料理を注文する彼

たまたま期間限定メニューだったようで、この時はもう取り扱いしていなかったようだ

悲しそうな顔で食事をしながらも、前にちゃんこ鍋をご馳走してくれたからと、食事代をすべて払ってくれる義理堅い一面もあった

500円玉を渡し「スキンヘッド、スローイング」と俺が坊主を指差して言うと、ピエールは「オー、ユー、バッドボーイ!」と笑っていた

 

あとになって入ってきた子で浅野美嘉という綺麗な子がいた

真面目で融通がいまいち利かない彼女は、ホテル業での仕事に対し悩んでいる

よく相談を受けたが元々海外へ行く資金を貯める為に働いていたようで、一年ほどして退職が決まった

浅野から一度近くにある花やしきへ一緒に行かないかと誘われる

俺も遊園地自体嫌いではないのでOKした

約束の当日、俺は川越の家で思いきり寝過ごしすっぽかす形になる

ラウンジのマネージャーから電話が掛かってきて初めて起きた状態

「岩上さー、あんまり可哀想な事するなよ。彼女、すっぽかす訳がないってずっとラウンジで待ってるんだぞ」

慌てて浅草へ向かう

どんなに急いでも一時間半

それでも彼女は俺を待っていてくれた

 

この頃地元の同級生の影響で、仕事を終え川越へ帰ると、西口の先にある飲み屋街のスナック五次元へよく飲みに行った

グレンリベット12年を扱うスナックは無かったので、当時はヘネシーVSOPのボトルをよく好んで入れる

スナックのあとは家の隣にあるトンカツひろむへ向かう

トンカツというよりも小料理屋といった表現が適切なひろむ

ここでは5つ上の先輩である岡部さんが働いていた

この人の常識や良識、物の考え方はとても参考になり、地元で一番慕う人となる

またよくスナックで会うBARジャックポットのマスターである野原さんともこの頃に知り合う

彼もひろむの常連なので、仕事明けよく共に飲んだ

ホテルでは飲み過ぎの俺に浅野美嘉が身体壊しますよとよく注意してきた

 

エスカペイドデュオのキャサリンが日本のカラオケに行きたいと言ってきた

彼らは英語しか話せないので、いつもカタコトの会話とジェスチャーで意志を伝え合う

喉を大切にするキャサリンは常に常温の水しか飲まない

俺は彼女の唄うマイ・シェリー・アモールという曲が大好きだった

あとで地元の幼馴染の親父さんが経営する音羽屋というレコード屋でCDを買って、それがスティービー・ワンダーの曲だと知る

幼馴染の親父さんは「智ちゃんもこういうのを聞くようになったかー」ととても嬉しそうだった

浅草のカラオケ屋で豪華な部屋を借りたのに、キャサリンは私はプロだから一曲だけしか唄わないと、あとは他のみんなの歌を楽しんでいる

 

ホテルの中ではレストランやバーの料飲部、それを管理する支配人

料理を作る厨房、和洋中それぞれの部門に総料理長

会計などレジを担当するキャッシャー

各部門別に配属されている

仕事を終え、バーカウンターで飲んでいると他部署の人間もご馳走になりに来るケースも多々あった

キャッシャーの一人の子がよく相談してくるので聞いてあげると、彼女は半蔵門駅のダイヤモンドホテル総料理長の娘だと言う

父によろしく伝えてあるから今度一度行ってみてくれとの事で、上司である林、浅野美嘉、俺の三人で行く事になった

個室に通され至れり尽くせりの接客を受ける

人参などの野菜を使った兎の飾り包丁

高級素材をふんだんに使った中華のコース料理

会計時、三人合わせて一万円でいいと破格の安さにしてくれた

 

ある日泊まりシフトで仮眠室へ泊まる前に地下の大浴場でゆっくり湯へ浸かる

身体が火照っていたので仮眠室の天井にダクトの穴が空き、強い風が吹く二段ベッドの上で寝た

起きると体調がどうもおかしい

声がガラガラなのだ

身体も気だるさを感じる

ラウンジのスタッフたちは、具合の悪そうな俺を見て「岩上さんが珍しく弱っている」と笑っていた

途中声も出なくなり、翌日から連休だったので休んでいれば治ると甘く高を括る

しかし状態はさらに悪くなり起きる事もできないくらいの熱で、家の目の前の三井病院へ駆け込む

すぐさま入院が決まった

何故こんな状態になるまで放っておいたのかと医者から怒られる

仮眠室のダクトの下で寝たせいで大量の埃を吸う状況になり、扁桃腺がパンパンに腫れていたのだ

小学六年生の盲腸以来、二度目の入院生活になった

 

点滴を何度か受けていると、すぐ体調は戻った

仕事に穴を空けてしまったという罪悪感から、退院を願うも許可は降りない

暇な入院生活

抜け出し家からセガサターンを持ってきて遊んで過ごしていると、ホテルの浅野美嘉が突然お見舞いに来た

浅草から川越まで一時間半以上掛かるのに……

この時彼女を異性としてハッキリ意識したのを感じた

一週間ほどで退院し、職場へ復活する

しかし浅野の退職時期と重なった

そしてショーステージのエスカペイドデュオのホテルとの契約期間が終了し、入院中の俺は彼らと別れの挨拶すらできなかった

ピエールは俺の事を心配しながら帰ったと同僚から伝えられる

次のステージ先は豪華客船の中でやるらしい

世界を股に掛けて歌う彼らを羨ましく思う

またidoの携帯電話を持っていたが、必要もないのにDocomoの携帯電話も契約し、二台持つ事にした

 

復帰した俺に浅草ビューホテル専属でよく顔を出す日本生命の人から保険へ入るよう勧められた

以前から誘いを受けていて断っていたが、先日の入院で入るのも悪くないと加入する

しかし一ヶ月もしない内、また喉の扁桃腺が悪化し再度入院する羽目になった

 

退院した俺に待っていたのは、セクション移動の辞令

ラウンジから婚礼の方へ回るよう言われたが、俺はカクテルを作って接客しているのが好きなので、自身の意志を伝えたが覆らないので、ホテルを辞める事を伝えた

日本生命の人には、狙って入院したみたいだから保障はいらないと伝えたが「ワザとじゃないのは私が一番分かっています。必ず出るので診断書と当社お抱えの医師の診断で休みを取って下さい」と二日間の休みを取る

こうして俺の浅草ビューホテル時代は終わりを迎えた

 

続き ↓

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