岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

7 新宿プレリュード

2019年07月14日 12時14分00秒 | 新宿プレリュード

 

 

6 新宿プレリュード - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

12345678910特に送別会もなくホテルに別れを告げた俺は、新天地を探すべく動き始めた。新たな職場…。俺にはバー以外考えられない。とことんカクテルを追求する。それ...

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 ヤバイ店だと警告音がずっと鳴り響いている。
 それでも俺の足は、新宿歌舞伎町のゲーム屋、ダークネスへと向かっていた。別に鳴戸が家の住所を知っていると言ったからではない。
 多分本能的に、俺の居場所はあの店までとは言わないが、歌舞伎町なのだという事に気づき始めていたのかもしれない。
 プロレスが駄目になり、一般社会へ溶け込もうとした。しかし、どこか疎外感を覚える自分が常にいた。一生懸命積み木を積み重ねても、あの世界では簡単にそれを壊されてしまうような気がする。
 それが歌舞伎町という街では、最初から肌に馴染む感覚がある。何故と聞かれてもうまく言えない。
 そして鳴戸というオーナー。危険度は大であるが、どこか惹かれる部分があった。
 俺の今までの人生を少しでも理解してくれたから…。いや、何でなのか分からない。しかしあの男の下で頑張ってみようという思いが心の片隅にある。
 新堂は、あのあと終始無口で仕事を終わらせ、挨拶もせず、すぐに帰ってしまった。
 明日俺と会ったらどんな顔をするのだろうか。俺は仕事上の関係だと割り切って、うまく付き合っていくしかない。
 注意せねばならないのが、鳴戸のいない時の水野である。彼は俺の事を心底憎いと思っているのではないか。オーナーという肩書きに寄り掛かり、常に上から目線で人を評価するクズ野郎。最初に感じた胡散臭さは、間違いではなかったのだ。
 夜の十時に来る遅番の二人に関しては、疲れるので考えるのをやめた。
 ダークネスへ到着する。
 遅番の二人は、俺と新堂の件を聞いたのか、どこかよそよそしく仕事の引継ぎを終えるとすぐに帰った。
 まだ根に持っているのか、新堂は俺と一切口を利こうとしない。このままでは仕事にならない。なんせ俺は、入ってまだ二日目なのだから……。
「新堂さん…。俺に客が来てからの仕事を簡単に教えて下さい。お願いします」
「ふざけんな!」
「ふざけてません。本当にこの仕事、俺、やった事なので分からないんです」
「ちっ、勝手に何でもしろよ」
 よくこんな奴を責任者へ添えたものである。しかし、このままではさすがにマズい。俺はこんな状態でも、毎日日払いで一万三千円の給料をもらっているのだから……。
「分かりました…。鳴戸さんが来たら言います。新堂さんが何も教えてくれないので、仕事が覚えられませんって」
 鳴戸という言葉に反応する新堂。
「ふ、ふざけんじゃねーぞ!」
「ふざけてません。だって俺が仕事覚えないと、あとで言われるの新堂さんですよ。昨日だって鳴戸さんに対し、俺はやり過ぎだととめたじゃないですか」
「……」
 彼の中で、色々複雑に考えているみたいだ。本音をいえば、俺を辞めさせたくて仕方がないだろう。こんな使いづらい部下では誰だって嫌だと思う。でも、不思議と鳴戸が妙に俺の肩を持っているのは事実である。
「確かに俺自身も生意気でした…。それは謝ります。すみません」
「わ、分かったよ……」
「せっかくなので、楽しく仕事をしたいです」
「あいよ、じゃあ、まずポーカーってもんを教えてやる。いいか」
 ようやく打ち解ける事ができた新堂。しばらく頑張ってみよう。このダークネスで……。


 ゲーム屋とは簡単に言うと、賭博に来た客から金を受け取り、その分を機械にクレジットとして入れるのがメインの仕事である。
 最初に金を受け取り、初回サービス分と言われるクレジットを足した点数を入れ、飲み物の注文を聞く。
 あとは客がプレイするのを眺めるだけで、金がなくなれば、またその分を機械に入れる。その作業を業界用語でINと呼んでいた。
 逆にOUTというものは、客がプレイ中クレジット一万点以上になり、換金する際をそう呼んだ。
 一ゲーム百円掛かるポーカーゲームは、パチンコやスロットよりも金の出し入れが早い。最低一回に入れる金額は千円からとなっている。
 二日目はホスト風の馬鹿そうな若い客が数名で来店した。なのでINという作業を覚えるには非常に分かりやすかった。
 だいたい店が混みだすのは、夕方以降になってからである。それまで俺たち早番は、店の備品など買い物をしたり、掃除をしたりするというのが主な仕事内容となる。
 OUTというものを口で説明されても、なかなか要領を得ないでいた。これは実際に自分の目で見てみないと、どういうものだか理解に苦しんだ。
「入れて~!」
 ぶっきらぼうに片手に千円札を持ち、ヒラヒラさせながら叫ぶ客。
 ムッとしていたら商売にならないらしい。俺はダッシュで近づき、INキーと呼ばれるキーで機械に千円分のクレジットを入れる。
 負けた客が帰る際、必ずと言っていいほど、「ほんと、でねーなー、この店……」と嫌味を言われた。ここで俺たち従業員は、「ありがとうございます」でなく、「どうもすみません、お疲れさまです」と答えねばならなかった。
「新堂さん、何でありがとうございますって言っちゃいけないんですか?」
「ああ、それはギャンブルで負けた人間に、ありがとうじゃ嫌味にしかとられないでしょ?だから、すみませんってまず謝っといてさ、それからお疲れさまですって感じなのが、この業界の暗黙の了解みたいなもんだね」
「へえ、勉強になりますね」
「それにしても、おまえって本当、真面目だな~」
「いえいえ、そんな事はないですよ。せっかく働かせてもらっているので、ちゃんとやるのは当たり前ですし……」
「そういうのを真面目って言うんだよ」
 二日目にして、俺は早くも店に馴染めたようだった。

 一週間もすると何となくではあるが、店全体の仕事の流れを把握できた気がする。
 遅番の従業員である田中、丸山とも、笑顔で簡単な世間話をするぐらいにはなれた。ゲーム屋の仕事は覚えてしまえば、非常に簡単な仕事だった。
 当初のカクテルを作るという希望は、まったくないが、これはこれで案外面白いのかもしれない。こんな簡単な仕事内容で、よく一日一万三千円の給料をもらえるものである。
 家に帰ると、保険屋の木村さんから電話があった。
「あ、神威さん」
「あ、どうも」
「もう仕事先決まったの?」
 ゲーム屋はちゃんと会社登記していない違法商売だというぐらいは理解していた。なのでまだ彼女にはキチンと働いていると伝えていなかった。
「いや、それがまだ……」
「早く決まるといいですね~」
「ええ、ありがとうございます」
「それで神威さんの保険の件なんですけど、上でちょっと揉めちゃっててね…。あ、もちろん大丈夫よ。で、もう少しだけ待ってほしいのね」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。木村さん、信用していますからね」
「うふ、頑張らないとね。じゃあ落ち着いたら電話するね」
 大日本生命といえば、大会社である。だから手続きぐらい、時間が掛かってもしょうがない。あとになって、いくら入るか分からないが、少しでも保険が出れば助かるものだ。
 木村さんと話している内に、ホテル時代を思い出した。
 あそこを辞めてもうじき一ヶ月が経とうとしている。あれから北野さん、未来からの連絡はない。仕事柄、女性との出会いもなさそうである。たまには酒でも飲むか……。
 俺は家を出て、隣にある長谷部さんの店へ顔を出した。
 カウンターには、相変わらず原田さんがいて、俺の顔を見ると目を細める。
「久しぶりだな、龍一」
「お久しぶりです、原田さん」
 熱いおしぼりを手渡す長谷部さんの顔は、ニコニコしている。
「また、グレンリベットでいいの?」
「ええ、それとハンバーグ下さい」
「あいよ」
 俺はホテルを辞め、現在、歌舞伎町で働く事を詳しく話した。
「とうとう龍一も、歌舞伎町デビューかぁ~」
 調理をしながら、長谷部さんが嬉しそうに会話に割り込んでくる。
「何で、そんなに嬉しそうなんですか?」
「人には適材適所ってものがあってだね。まあ、おまえの場合、一番似合っている場所かもしれないな」
「えー、そんなー」
「向いてない奴なら、俺も原田さんもやめとけってとめてるよ。ねえ、原田さん?」
「そうだな~。ホテルのバーテンダーから歌舞伎町の裏稼業っていうのもあれだけど、龍一なら向いているな、確かに……」
 原田さんは、無精髭を手で撫でながら、楽しそうにしている。
「そんなしみじみ言わないで下さいよ」
 久しぶりの宴は、自然体で楽しく酒が飲めた。

 ゲーム屋の仕事も徐々に慣れてきた頃だった。
 この日、客入りはまずまず…。俺と新堂は忙しく狭いホール内を動き回っていた。三時過ぎになって客がいなくなり、また暇な時間が訪れる。
「覚えちゃえば、ポーカーの仕事なんて簡単だろ?」
「そうですね。でも、まだまだ覚えなきゃいけない事があるので……」
「まあ、徐々にで大丈夫だよ」
 最初の印象は悪かったが、新堂との仲もあれ以来、何事もなくうまくやっていた。
「それにしても、おまえ、鳴戸さんにほんと、気に入られているよな」
「そんな事ないですよ」
「珍しいぜ。鳴戸さんが従業員に対して、あそこまで気を使うってさ」
「そうなんですか」
 眉間に皺を寄せながら、前を振り返っている新堂。
「そうだな…。俺、ここで働いて三年になるけどさ。ほとんど酷い扱いばかりだぜ。おまえの入ってきた初日なんて、俺、灰皿で頭割られたじゃん」
 そう、鳴戸の狂気を含んだ突発的な行為。あれには注意しなければいけない。格闘技は、言わばルール内の試合である。腕力を鍛えればそれだけの成果が出る。体一つで人間はどこまで強くなれるのかという崇高なものがあった。
 鳴戸の場合は違う。鳴戸みたいな人種にとってみれば、寝ているところを襲おうが、不意打ちでやろうが何の問題もないのである。
 純粋に自分が気に食わないから、相手を傷つけた。そういったレベルの人間なのだ。確かに新堂の言う通り、俺は鳴戸から妙に買われている。その自覚はあった。しかし何の価値もない俺に対し、親切には接してくるのには必ず裏がありそうだ。
「頭、大丈夫なんですか?」
「よせやい。あれから一週間経っているんだぜ? 今頃、心配されても嬉かねえって」
 その時チャイムが鳴る。瞬間的にリストのモニタへ視線がいく。鳴戸が外で待っていた。
 慎重にドアを開けると、鳴戸は笑顔で店内に入る。
「あれ、ノー卓ですか」
「すみません。先ほどまで多少はいましたが……」
「リスト表は?」
「は、はい」
 大慌てでリストにある用紙をまとめる新堂。用紙には、何やら細かい数字が色々と記入してある。
「ほう、夜から今さっきまで続いていたんですね」
「ええ、できれば維持を保ちたかったのですが……」
「まあ、客が金を無制限に持っている訳じゃないですからね~」
 鳴戸はどこか機嫌が良さそうに見えた。
「あ、そうそう……」
「ええ、何でしょう」
「明日、昼過ぎぐらいから神威君、お借りしますよ。一人で大丈夫ですか?」
「ええ、昼はそこまで忙しくないですから」
 鳴戸が俺を借りる…。一体、俺に何の用だろう。
「神威君、あなたは元バーテンダーでしたよね?」
「ええ」
「明日、寄贈用のお酒を一緒に選んでほしいんですよ。お酒、詳しいでしょう?」
「はい、ひと通りは……」
「ほう、それは頼もしいですね~」
 何だ、そんなたやすい用事か。勝手に身構えていた自分が馬鹿みたいである。笑顔で俺を見る鳴戸の目は笑っていない。

 久しぶりの休みをもらえた。
 特に何の予定もない俺は、村井の顔でも見るついでに仕事帰りに新宿からそのまま浅草ビューホテルへと向かった。
 一ヵ月半ぶりのホテル。ここで俺は働いていたのが随分昔の事のように思える。ここの裏口で俺は北野さんと、待ち合わせをしたんだよな……。
 堂々と客用の入り口から入り、エレベータでラウンジ『ベルヴェデール』へと向かう。
 俺の顔を見るなり、村井は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「元気っすかー、神威さん」
「ああ、何とかね」
「今、どうしてるんですか?」
「新宿でやってるよ」
「バーですか?」
「まあ、そんなようなもんだ」
 咄嗟に出た嘘。歌舞伎町で裏稼業をやっているという負い目が自然に出てしまう。
「良かったですよ。俺、ずっと心配してたんですよ」
「ありがとう」
 定期的にここへ来るのも、そう悪くないかもしれない。マネージャーは、「そんなところ立っていないで、カウンターへ座りな」と、気を利かせてくれた。
 客席からラウンジを眺めると、また違った印象に見える。ああ、あのホールの隅辺りに北野さんがよく立っていたなあ…。当時の働いていた記憶が、綺麗な思い出として蘇る。でも、もう彼女には逢えない。
 中央にあるステージは、新しい演奏者の出番でないので、暗くひっそり明かりを求めているように見えた。キャシーとポールは元気でやっているだろうか。
 上司だった羽田は、俺に近づかないように遠くへいた。
 あの時はあれだけ憎んだが、今となってはどうでもよくなっている。時間というものは過去色々あった嫌なものも流してくれる。
「神威さん、よかったらどうぞ」
 村井がグレンリベットの十二年をストレートで出してくれる。そのあとに続くチェイサーも……。
「なあ、村井」
「何ですか?」
「何故、ストレートとかについてくる水の事をチェイサーって言うか知っているか?」
「ホテル用語ですよね?」
「馬鹿、違うって…。チェイサーとは、カーチェイスからきた語源でね。あとから追い掛けるといった意味合いがあるんだよ」
「へえ、そうなんですか~」
 以前、俺はここで居場所を作るべく、必死に酒に関わる事を猛勉強した。その時の知識は今になっても薄れない。
「今日は仮眠室、泊まっていきますよね?」
「何で?」
「いや、仕事終わったら、一緒に飲みたいじゃないですか」
「さすがにそれはマズいだろ。もう俺は部外者だぞ」
「神威さん、明日は休みでしょ? じゃあ、たまにはいいじゃないっすか」
「しょうがないな…、分かったよ」
「へへ……」
「おまえも、だいぶバーテンダー姿が板についてきたなぁ」
「そうでもないですよ」
 その言い方とは反比例して、村井の表情は嬉しくて溜まらないと言っているようだった。
 久しぶりのかび臭い仮眠室。
 以前、二段ベッドの二階でダクトの風を喉へまともに浴び、入院した痛い記憶があるので、一階の空いているベッドに寝る事にした。
 俺という突然の来客で、『ベルヴェデール』の従業員は喜んで、さっきまでたらふく酒を飲んだ。
 ギスギスした歌舞伎町の雰囲気とはまた違う浅草ビューホテル。たまに来るのは、俺にとっていい気分転換になるかもしれない。
 淀んだ空気の中、狭い天井の上を見つめながら、昔を思い出した。

 視界には、自分の右の親指が見える。
 俺は、ジッとその親指だけを真剣に見つめていた。
 通常のトレーニング以外で、最も鍛えた箇所でもある。
 体重九十六キロ、身長百八十センチ。元々レスラーとしては、小柄な部類に入る俺は、特別な強さの拠り所みたいなものを常に考えていた。
 体を使った技だと、小柄なので難しいものがある。体重を乗せてといったところで、あまり効果がないのだ。投げ技に頼ると、どうしても自分より重い人間を相手にする時、厳しい。関節はというと、実際に骨まで試合でへし折る訳ではないのでいまいちだ。
 では、打撃だと……。
 拳や足を使ったものだと、俺より数段上の人間は山ほどいる。
 何かないだろうか……。
 たまたま、針で自分の指を刺した時に、頭の中で閃いたものがあった。
 大して力も使わないのに、先端が細いと簡単に人間の皮膚など突き抜ける。針で刺すというのを打撃の理論で当てはめると、相手に当てる面積が狭ければ狭いほど、威力は大きい。
 右手を開いてジッと見つめる。俺の利き腕はもちろん右である。指先をそろえ、抜き手で相手へ突き出す…。いや、まだ弱いものがある。先端が細ければ細いほどいい。
 五本ある指の中で、一番細いのは小指…。しかし、それでは弱過ぎる。以前、指立て伏せをする際、試してみた事があった。
 親指なら左右の二本でできた。親指以外の四本指で左右、腕立て伏せの姿勢をとる。それでやろうとしても、起き上がれず途中で潰れてしまう。結論として、親指一本のほうが、他の四本指よりも力は強いという事になる。
 そこで俺は徹底的に、右の親指のみを鍛え抜いた。
 まず、広げた新聞紙の端を右手で持ち、グチャグチャと片手で丸めていく。一枚だけなら、そんな辛くはなく普通に丸める事ができた。しかし、新聞紙を二枚重ねて、同じ事をやろうとすると、なかなか大変な作業になる。
 家でとっている朝刊、夕刊すべてを毎日、右手を使い丸めた。
 そして左右親指のみの指立て伏せ。毎日何回と決めるのではなく、暇があって指に余力があれば、出来る限り繰り返し反復する。疲労を覚え、体が動くのをやめようとするが、脳みそから出る命令に逆らい、ひたすら限界を超え続ける。
 バケツいっぱいに小石を詰め、そこへ親指を突き刺す練習をした。さらに鉄の柱目掛けて同じ事をする。当然、親指の爪は割れ、血は吹き出す。痛いのは当たり前。痛い事をあえてやっているんだから…。俺は歯を食い縛って、毎日続けた。
 こうして、俺の親指は凶器となっていった。
 卑怯極まりなき打撃技の完成。これを俺は自分で『打突』と名づけた。
 真正面から繰り出す通常の打撃とは違い、クリンチ状態になった時のような密着戦において、初めて真価を発揮する打撃技。相手の完全な死角、真横から鍛え抜いた親指をそのまま突き刺す卑劣な技である。
 この打突を以前、師匠に話した事があった。
『馬鹿野郎! 人間を壊すつもりか?』
 普段滅多な事では怒らない師匠が烈火の如く怒り、俺の頬を強く叩いた。チョモランマ大場社長の言葉を思い出す。
『いいかい。プロレスとは相手が攻撃を受ける為構え、そこへ力いっぱい攻撃を繰り出す事が大事なんだよ』
 そう…。相手が試合中アクシデントで体を故障する事はある。しかし、誰も狙って相手を壊そうとはしない。ただ単に攻撃を繰り出すだけなら、非常に陳腐でつまらないものになる。
 カーンと試合開始のゴングが鳴り、相手の鼻っ柱目掛けて思い切りパンチを打ち込めば、すぐに試合など終わり、勝つ事はできるだろう。人間の鼻など折るのはたやすいのもである。もし、そんな試合をしたら、見に来た客は大喜びするだろう。
 しかし、興行として成り立つ上で、そんな事を繰り返していては、いずれ誰も興味を示さなくなる。やられた相手も報復を考え、いずれ戦いは殺し合いへと変わっていくだけだ。
 俺は不意をついて繰り出す卑怯な打撃技を見につける為、馬鹿みたいに一生懸命時間を費やしたのだ。プロレスでは絶対に使ってはいけない技。いや、人間にはやっていけない技なのである。
『打突』が完成してから俺は、今まで一度も人間相手に使った事はない。言い換えれば、そこまで命を落とし兼ねるような事にまでなっていないという証拠であった。
 俺は左肘をじっくり眺めた。
 先輩レスラーである大林に関節を決められ、この肘は一度壊れされた。あの時、俺の右腕は空いていたのだ。やろうと思えば、打突を突き刺す事ができたのだ。
 何故、左肘を壊されてまで、打突をやらなかったのだろう。自分でも分からなかった。
 生涯、この技を使う時はあるだろうか。こればかりは、自分が寿命をまっとうする時でないと分からないだろうな……。
 俺は天井に向かって右親指を突き出し、再度眺めていた。
 俺の強さの拠り所……。

 目を覚まし、携帯をチェックする。
 随分と寝たものだ。時間は昼の二時を回っていた。
 洗面所へ行き、顔を洗い髪型を軽く整える。村井の奴は、もうとっくに上のラウンジでランチをしているだろう。
 俺は最上階のラウンジ『ベルヴェデール』へ向かった。このまま黙って帰るのも悪いと感じたからである。
 行くと、村井は忙しそうにせこせこと動き回っていた。俺の姿に気がつくと、笑顔で近づいてくる。
「やっと起きたんですか、神威さん」
「起こしてくれれば良かったのに」
「何度も起こしましたよ。気持ち良さそうに寝てたから、途中で諦めましたけどね」
「そっか」
「せっかくだからランチ、食べていけばいいじゃないですか」
「じゃあ、悪いから金払っていくよ」
「いやいや、神威さんから金をとったらマネージャーに怒られますって」
 俺は、客に交じってランチブッフェの席に着き、おいしくランチをいただいた。
 ランチが終わると、村井がホテルの手さげ袋を持ってくる。
「これ、余りもののケーキですけど、どうせ捨てちゃうから、せっかくだから持って帰ったらどうです?」
「悪いよ」
「いいですよ。どうせ、捨てちゃうやつだし。あ、それと今日で賞味期限切れになるフレッシュオレンジジュースですけど、新しいの今朝作っておいたので、それも良かったらどうです? 三本ほど、入れておきましたので」
 袋の中身を見ると、誰がもらっても喜びそうなものばかり入っていた。ホテルでは衛生上を考え、オレンジを絞ったフレッシュジュースの賞味期限を三日間としている。日にちが過ぎると、捨てる事になっていた。
「村井、気を使い過ぎだって」
「たまにですし、大丈夫ですよ。マネージャーにも了承とってますし」
「ありがとう…。素直に受け取っておくよ」
 村井の心遣いが、心に沁みる。
 急に来て、手ぶら状態だったので、お返しするものが何もない。俺は、地下の仮眠室のベッドにプレゼントされた手さげ袋と自分のセカンドバックを置き、お返しの何かを買いに出掛けた。

 浅草の見慣れた町並み。何故か道を歩いているだけで不思議と落ち着く。
 以前、散々遊んだJRAの前を通る。随分とここでは貯金したものだ。
 寿司屋通りに入り、『ベルヴェデール』で働く人数分の特上寿司を持ち帰りで注文する。値段は少々張るが、これぐらいしないと罰が当たりそうだ。
 ホテルの社員食堂は値段自体安いものの、非常にまずい食べ物しかなかった。一度もうまいと思った料理がない。この寿司を見れば、ホテルの連中も大喜びするのは目に見えて分かっていた。
『ベルヴェデール』へ戻り、村井やマネージャーへ特上寿司を手渡す。普段なら喜ぶはずの村井の表情は何故か暗かった。
「おい、どうした?」
「神威さん…。支配人が来て、神威さんを呼んでいます……」
「はあ?」
「地下の仮眠室へ神威さん、さっきの手さげ置いていったでしょ?」
「うん、それがどうしたの?」
「たまたま掃除が行き届いているか、支配人が珍しくチェックに来たらしく、一緒にあったセカンドバックを見て、何故辞めた神威がここにいるんだと…。ほんとすみません、神威さん……」
 やっかいな展開になったものだ。少しホテルの体制を安易に考えていたかもしれない。俺は昔からこういう事になると、不思議と運が悪かった。
「村井のせいなんかじゃないって。俺の落ち度だ。そんな気にするな」
「で、でも……」
「いいか、俺はもうここを辞めた人間だ。おまえはまだ在籍している。この違いは大きいからな。気にしないで普通に仕事してなって」
 落ち込む村井を何とか諭し、四階の支配人室へ向かう。中には料飲部支配人に、総支配人の二人がいた。
 総支配人の田沼は、俺の姿を見るとジロリと鋭い視線を投げ掛けてくる。
「何で辞めたおまえが、ホテルにいるんだ?」
 仮にも数年、身を粉にして頑張ってきた人間に対し、何て横暴な口の利き方だろうか。俺は静かな怒りを感じた。
「確かに辞めた人間です。ただ、まだ一緒に働いていた仲間はいますので、顔を見せに来ただけです」
「本当か?」
「ええ、本当です」
「じゃあ何で仮眠室に、当ホテルのケーキやおまえのバックが一緒に置いてあるんだ?」
「……」
「ひょっとして従業員の誰かが、おまえにこれをどうぞとかくれたのか?」
 もし、それをここで言ったら、良かれと思ってやった村井に迷惑が掛かる。
「違います……」
「じゃあ、何だ?」
「自分が、もし、ケーキとか捨てちゃうなら、持って帰っていいかと聞きました」
「それで渡した従業員は、どうぞと渡したんだな?」
 細かい性格のサディスティック野郎め…。こっちが困るような事をわざとついてきやがるきやがる。絶対に村井のせいにだけはできない。
「違います」
「じゃあ、何で仮眠室にあるんだ、これが」
「俺が、強引にいいじゃんと言いました」
「そうか……」
 嫌な間が空く。料飲部の支配人である櫛木は、俺の顔を盗み見て嬉しそうで仕方がないという表情をしていた。
「このケーキやオレンジジュースの入ったボトルは、当ホテルにとって何だ?」
「何だとは何でしょう?」
「当ホテルにとって、どういうものであるかと聞いているんだ」
「商品ですね」
「そう商品だ」
 そう言うと、総支配人の田沼は、料飲部支配人櫛木へ首で合図を送った。音を立てずに支配人室を出る櫛木。顔はあきらかに笑っていた。
「おまえがやった行為は、窃盗罪に値する」
 そんな滅茶苦茶な。泥棒呼ばわりまでするのか? 怒りが爆発しそうになったが、俺は懸命に耐えた。
「ち、違います……」
「違う? おかしな事を言うじゃないか。おまえは当ホテルの商品を盗んだのと同じ事をしたんだぞ」
「警察にでも突き出しますか?」
「そんな事はするつもりない」
「では、どうすればいいでしょう」
 目に力を込めて田沼を見据える。ふざけやがって……。
 その時、櫛木が中へ戻ってきた。何故か後ろには、ラウンジ時代の先輩だった羽田が一緒についてきた。何を考えてやがる、こいつら……。
「羽田」
「はい」
「おまえのところで、オレンジジュースは一杯、いくらで売っているんだ?」
「はい、一杯、千円です」
 手さげ袋からオレンジのボトルをわざわざ取り出し、目の前に差し出す田沼。ウォッカスミノフのボトルを丁重に洗い、綺麗にラベルを剥がしてある瓶の中には、フレッシュオレンジが爽やかそうな色合いで詰まっている。
「このボトルで、だいたい何杯ぐらいとれるんだ?」
「う~ん、そうですね…。だいたい六杯から七杯はとれますね」
「値段にすると、六千円から七千円ってところか」
「はい」
 ここまできて、ようやくこいつらの狙いが理解できた。要は難癖つけて俺から金を毟り取りたいのである。
「ケーキはいくつあるんだ? ちょっと数えてみろ」
「はい。一つ、二つ、三つ……」
 真剣な表情でケーキを数える羽田。その横顔を見ているだけで吐き気がした。
「全部で二十二個ですね」
「そうか…。一つ五百円だとしても、神威…。おまえはボトルが三本で六千円だとして、一万八千円と一万千円分のケーキを盗んだんだぞ。合わせていくらだ?」
「約三万すね」
「何だ、その言い方は!」
 イライラが限界まできていた。
「金を払えば、窃盗でも何でもないでしょ?」
 俺は財布から一万円札を三枚抜き出して、宙へ放り投げた。
「何だ、貴様!」
 もういいや…。こんなくだらないホテルの雑魚共。すでに俺は辞めた人間だ。上司でも何でもないのである。
「口の利き方に気をつけろや、ボケ! もう俺は、ここで働いている訳じゃねえ。しかも今、俺から強引に難癖つけて金も毟り取った。逆に何か忘れてんのは、おまえらだろうが?」
「き、貴様……」
「貴様だぁ~? おいおい…、俺は今、ここにいる訳じゃねぇんだぞ! 家にもいない。今は新宿歌舞伎町で裏社会にいる。どういう事か分かるか? 俺からは毎日のようにおまえのところ来て、いくらだって嫌がらせできるんだぞ? 少しは置かれた立場考えろや」
「……」
 はなっからこうしておけば良かったのである。馬鹿を増長させるとロクな事がない。
「帰り道、気をつけて帰りな」
 田沼、櫛木、羽田の三人は完全に下を向き、黙ってしまった。
「おい、黙ってないで、お礼は?」
「え……」
「えじゃねえよ、ボケ! 俺は今、おまえらの余りもののケーキとかを買ってやった客だろが? しかも定価以上でな。ありがとうございましたぐらい言えねえのか?」
「あ、ありがとうございました……」
 最初に羽田がビビッて頭を下げる。
「おい、支配人とかいう立場で踏ん反り返ってるそこの馬鹿二名! おまえらは、挨拶すらできねえのか?」
「あ、ありがとうございました……」
 残る二人も完全に飲まれていた。
「まあ、また暇できたら、ちょっくら寄らせてもらうようにするわ」
 俺は捨て台詞を残し、支配人室を乱暴に閉め、浅草ビューホテルをあとにした。

 嫌な休みになったものである。
 家に帰っても、苛立ちは収まらないでいた。
 夕方になり、保険の木村さんから電話があった。
「あ、神威さん……」
 声のトーンで、いい事じゃないぐらいは察する事が分かる。
「実は…。審査の結果ですね……」
「保険が降りないと?」
「え、ええ……」
 嫌な事はこうも立て続けに起きるものなのか。
「あのですね…。俺は最初から言いましたよ。狙って入ったみたいだから、保険の適用はいらないとね。それを木村さん、あなたが大丈夫ですからって、俺に色々やらせたんでしょ? あんまふざけないで下さいよ!」
「す、すみません……」
「まあ、いいです…。大日本生命…。解約しますから」
「え、あ、あのですね。それはお考えになっていただけたらと……」
「おい、ふざけんなよ! 何でそんな会社にわざわざ金を払わないといけねえんだ? 自分たちのした事をもっとよく考えろよ!」
 向こうの不手際を黙認し、信用できないから保険をやめるというだけで済まそうとしているのに、この女はどんな脳みそをしているのだろうか。
「ほ、本当にすみませんでした……」
「解約手続きは、そっちで勝手にやっといてくれ!分かったな?」
「は、はい……」
 大日本生命…。人間を小馬鹿にした会社である。俺は、呆れるばかりであった。よく考えてみれば、生命保険会社などは、一等地の場所にでかいビルを構えているのだ。テレビCMにしても莫大な金額が掛かるであろう。そのぐらいエグくやらないと、あそこまででかくならないのかもしれない。
 二度と関わりになりたくない連中だ。こうして俺の最悪の休みは終わった。

 一晩ゆっくり寝て、気を静める。また新宿での慌しい日常が始まるのだ。
 昨晩、村井から散々謝罪の電話があった。できれば触れてほしくなかったので、しつこく謝る村井に八つ当たりするような形で、俺は怒鳴りつけてしまった。
 何で俺の人生、こうもうまくいかないのだろうか。電者に乗って新宿へ向かう際、ずっとネガティブな事ばかり考えていた。
 独特で異様な空気を持つ歌舞伎町という街は、本当に俺の肌に合った。店長の新堂には偉そうな口を利く客も、何故か俺にだけは一目を置いて話しているような気がした。
 この街で働いて数ヶ月。何となく理解したのは、本来持つ俺の暴力性。それを本能的に察知して、気を使う人間がこの街には多いという事である。
 別段、人に対し威圧的になった訳でもない。ただ、普通に接しているだけである。それでも歌舞伎町の住人たちは、どこかで俺を恐れていた。
「神威さんって、体でかいね~」
「何か独特のオーラあるよね」
「昔、何かやってたの?」
 ゲーム屋ダークネスに来る客らは、俺に慣れてくると、そんな質問ばかりしてきた。
 もちろん過去、プロレス界にいた事など俺は言わない。それを話したところで、必ずといっていいほど中傷する人間はいる。俺は店側で働く人間なのだ。極力揉めそうになる話題はしないほうがいい。
 いつものように昼になって客が引く。あと片付けをしていると、オーナーの鳴戸と、水野がやってきた。
「神威君、食事でも行きましょう」
 店内に入るなり、いきなり切り出す鳴戸。
「新堂、神威君連れてっても大丈夫だろ?」
「え、ええ……」
「水野さん、車を」
「ん、あ、ああ……」
 水野は、鳴戸の投げた車のキーを受け取り、外へ出て行ってしまう。
「もうちょっと待ってて下さいね。今、水野さんが車を持ってきますから」
「ええ」
 この間は酒の買い物だったが、今日は食事…。本能的に何かがあると感じる。車を待つ間、誰一人、口を開く人はいなかった。
「どうです、最近、仕事は慣れましたか?」
「ええ、お陰さまで…。新堂さんが丁寧に教えてもらっていますので」
「そうか、そうか……」
 目を細め、一見、笑っているようには見えるが、相変わらず鳴戸の目の奥は鋭い眼光を放っていた。
「ゲーム屋っていうのは、待ちの商売。あとは来た客を相手にやっていくだけだからな」
「ええ、精一杯、頑張らせていただきます」
 ホテルの接客とも違う接客術。こんな業界でも、俺のプラスになる事はいくらだってあるはずだ。正直、鳴戸という人間には非常に興味がある。いい部分は俺も真似て、自分の力にしたい。
「新堂、よろしく頼みますよ」
「はい」
 鳴戸の携帯がワンコールだけ鳴って切れる。
「じゃあ、神威君。行きますか」
 水野が車を持ってきたという合図なのであろう。
 急な展開に戸惑いつつも、俺は鳴戸のあとをついてダークネスをあとにした。

 運転は水野。助手席に鳴戸。後部座席に俺が乗る。
 都内の道に詳しくない俺は、どこへ車が向かっているのかすら分からない。特に話し掛ける話題もなく、ただ外の景色をボーっと眺めていた。
「神威君」
「はい」
「あなたは、腕に自信ってありますか?」
「自信って言いますと?」
「腕力や…、言い方を変えれば、喧嘩はって事ですね」
「まあ、あの世界にいたので、素人にはまず負ける事はありません」
「うん、いいですね~」
 そう言って鳴戸は甲高い声で笑った。
「え?」
「神威君の場合、パッと見て、あぁ、こいつは強いなというオーラみたいなものがあるんですよ」
「いえ、そんな……」
「それと口先だけじゃない力に対する自信。私はその部分を非常に買っています」
「ありがとうございます」
 外を見ると、六本木という文字が一瞬見えたような気がした。
 水野は、大きなビルの目の前に車を停車させた。
「食事する前に、ちょっとここへ寄っていきましょう」
 鳴戸は車のドアを開けて降りた。俺も慌てて追従する。
「水野さん、駐禁される可能性あるので、ここで待っていてもらえますか?」
「え…、どのくらい掛かるの?」
「知りませんよ、そんなこたぁー!」
 いきなり切れだす鳴戸。身をすくめる水野。本当に対照的な二人のオーナーである。さすがに鳴戸のキンキン声には、俺も慣れてきたようだ。
 俺と鳴戸は、大きなビルへ入り、地下へ向かって階段を降りた。

 地下へ降りると、分厚い鉄筋の扉が見える。辺りはシーンと静まり返り、俺たちの足音しか聞こえない。ここは一体、何だろう。営業をしているような店一つない不思議な空間である。通路の壁は、白い大理石でも使っているのか豪華さを醸し出していた。
 鳴戸は黙って扉の前に立ち、ゆっくり上を向く。
 一分ほど、その状態で時間が過ぎる。
 俺は下手に声を掛けず、黙って鳴戸の後ろで立っていた。静かに重そうな扉が開く。
 鳴戸は黙ったまま、扉の中へ入っていった。続いて俺も滑り込む。
 シックなクラシック音楽が鳴り響く中、その広大な室内は異様な熱気で包まれていた。三十畳ほど広さのある室内のあちこちには、各テーブルが設置され、蝶ネクタイを締めた従業員がトランプのカードを鮮やかに捌いている。
 どこかでこんな風景を見た事があるような……。
 映画などにもよく登場するラスベガス。それをもっと縮小したという感じである。実際のラスベガスなど見た事はないが、とにかくここはギャンブル場という雰囲気が全開に出ていた。
 黒服の従業員が、鳴戸とすれ違う度に深々とお辞儀をする。俺は簡単に会釈をしつつ、あとに続いた。
 店内奥まで向かうと、分厚い黒のカーテンがあった。鳴戸は無造作にカーテンを手でどかし、さらに奥へと向かう。
「鳴戸さま、いらっしゃいませ」
 身長百七十センチぐらいのオールバックにした優男が、鳴戸へ声を掛けてくる。
「どうも、相変わらず賑わっていますね~」
「お陰さまで……」
「社長は?」
「鳴戸さまが来るのを楽しみに、首を長くしてお待ちしております」
 現実とはかけ離れた空間に、放り出された気がする。さっきのは多分カジノと呼ばれる場所であろう。ここから先は、その経営者がいる場所。
 オールバックの男は、突き当たりの扉を開ける。
「どうぞ、お入り下さい」
 鳴戸、俺と順番に入る。入り口の横には、俺より頭一つ分はでかい、太った男が直立不動の姿勢で立っていた。
「ほう、元気そうじゃないですか、鳴戸さん」
 高そうな黒の皮の椅子に腰掛けている男が口を開く。室内はシンプルで大き目のテーブルと椅子が四基あるだけであった。
「いえいえ、そろそろガタがくる年代ですよ」
「また冗談がうまいなあ、鳴戸さんは」
 葉巻をうまそうに吹かしながら、その男はニヤリとした。

 

 

8 新宿プレリュード - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

7新宿プレリュード-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)12345678910ヤバイ店だと警告音がずっと鳴り響いている。それでも俺の足は、新宿歌舞伎町のゲーム屋、ダー...

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