岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 139(出版社と呪われた小説編)

2024年12月06日 00時46分40秒 | 闇シリーズ

2024/12/06 fry

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いや、大日本印刷時代の詳細な過去まで思い出してどうする?

問題は印税を払う意思がまったく感じられない出版社サイマリンガルの事だ。

『新宿クレッシェンド』を初版で一万部刷ったと言っていた。

作者への印税は十パーセント。

一冊千円計算でも、百万にはなる。

これまでの流れは、賞を取りました、本にする為の校正作業をします、本を販売しました…、ここで止まったまま。

俺は今井貴子とのこれまでのやり取りのメールを確認してみる。

そういえば以前俺がグランプリ取る前に、悪ノリして『新宿クレッシェンド』漫画バージョンを描いた事があった。

    

俺は早速漫画のデータを送ってみた。

去年の九月の話だろ?

一年以上経っても、この件に音沙汰無しじゃないかよ。

だいたいサイマリンガルのニュースのフロアがまずおかしい。

一回目の『もういちど伝えたい』に比べ、俺の『新宿クレッシェンド』の扱いが酷い。

何がクレッシェンドもよろしくお願いしますだ!

俺の事が嫌いならそれはそれでいい。

ただ俺をグランプリに選び、金を掛けて全国出版したんだろう?

『も』もわざわざ付け加えてくるところに、思い切り悪意しか感じない。

何をしたいのか本当に分からない出版社だ。

俺は今井貴子へ何度も電話を掛け、メールでやり取りして疑問点や不満点などをぶつけてみる。

印税が発生するのは第二版からと言われる。

そんなの契約時言っていたのか?

あの時の出版契約書など、どこにしまったのか手元に無いので確認する術が無い。

翌日の二千八年七月三十一日、俺はこのふざけた内容のメールに対し、かなり長文の返信をする。

弟の徹也が怒り心頭の俺を見て「兄貴、出版社の言いなりにならなきゃ駄目だよ」と諭してくるが、どうしても譲れない部分はある。

サイマリンガルの理不尽な対応を説明したところで、当事者は俺だけ。

徹也に俺の気持ちなど理解できるはずもなかった。

 


> 書籍発売当初から全国各書店へ電話、FAX等での営業をかけておりますが、こちらは今後も引き続き行う方針でおります。

> 発売当初、五十社ほどの新聞・雑誌の書評担当の方々へ書籍をお送りし、書評を書いて頂けるよう取り組んだりもしましたが、どの雑誌・新聞・出版社でも書評の取り上げには至りませんでした。

貴社の販売戦略方法で半年が経ち、九千冊の在庫が倉庫に眠っているのが現状です。

同じ方法以外にも、宣伝などの方法は何も考えていないのでしょうか?

当時今井さんへ、読売新聞の記者から取材の申し込みがありましたと伝えましたが、結果から言えば取材は立ち消えとなりました。

それに対し、今井さんは何一つ、こちらへ聞いてくる事はありませんでした。

何故立ち消えたのか?

これに関して正直に伝えます。

再三に渡り、私は電話でも忠告したつもりでしたが、貴社の主催する小説グランプリ。

選考途中にも関わらず、急に規定の変更をされる事が多く見受けられました。

それについて私は散々伝えてきたつもりです。

それでも「怖いグランプリ」、「三回グランプリ」と選考結果報告日時を急に変更。

そして当初書いてあった部分を急に説明もなくなくしてしまう行為などがありました。

読売の記者は私の記事に関し、「岩上さんの記事は小説がもちろんメインでいきます。

それに格闘技やピアノなどが加わるから面白いんですよ」と言いましたが、読売のデータバンクに記者の情報がなかった為、貴社のHPをよく見たそうです。

結果、上記私が言っていた事柄を指摘され「この会社は何の為に賞を設立したのか目的がまったく見えない」と言われ、取材は中止となった次第です。
 

> 当社も、何百万ものコストを使って出版した本を、ただ指をくわえて見ている訳ではありません。

> 書店側が、この本は売れないと判断すると、再度置いてもらう事自体が難しいのです。

もちろん貴社にとっても、私にとっても多くの人に『新宿クレッシェンド』を読んでもらいたい。

その想いは一緒で共通点でもあると思います。

ですからこのメールは、どうやってお互い共通しながら『新宿クレッシェンド』を広げて行こうかというのが目的なのを理解して下さい。


> 「書店に置いて頂く」ということを、簡単な事とお考えかも知れません。

別に簡単とは思っていません。

だからこそ話題性をという想いもあり、私は命がなくなっても構わないという誓約書にもサインして、七年半ぶりに試合へ復帰する決意をしました。

私なりに少しでも協力できればと思った上での行動です。


> 実は、弱小の出版社にとってこれは非常に難関であり、当社の文芸出版の場合、新宿クレッシェンドも含めて、全ての本を多くの書店さんが平積みで置いてくださったことは、非常にありがたいことなのです。

> 全国書店への営業というものは、大変な努力をしなければならなず、これに関して自分の意見を言えば、宣伝効果という面では、総合格闘技復帰という最大の行動を私はしたという自負があります。

結果、話題性としてヤフーやスポーツナビ、そしてスカイパーフェクトTVが映像としても取り上げていただきました。

しかし、疑問なのが貴社がこの件に関し、まったく賛同せず協力をしてくれなかった点です。

当時今井さんからいただいたメール


『岩上さんの復活戦が丁度、本の書店発売予定の十日~十五日に近いので、宣伝として利用させて頂く事も考えたのですが、それによって『新宿クレッシェンド』が作品としてフラットな状態でなくなる事を懸念してつまり、作品に対する販売ターゲットなどが変わってしまう、読者層が限定されてしまうのでは、という可能性を考慮して、現状ではあまり世間に向けて宣伝は行わない方が良いのでは…という思いがあったようです。

何しろ、小さな出版部ですので、宣伝によって読者層が限定されてしまうような事があっては本末転倒ですし、岩上さんも「たくさんの人達に、作品を読んで貰いたい!」と思っている事と、私も思っています。

確かに復活戦は喜ばしい事なのですが、今、会社として『新宿クレッシェンド』をどういう本として売っていくかを考えた結果と、どうか捉えて頂きたいと思います』


 

これを読み、私は貴社独自の販売戦略があるものだと思いました。

試合当日、主催者のDEEP斉木社長にも「岩上さん、何で出版社の人間が誰も来ないの? 何で本を一冊も会場で置いてくれないの?」と試合前にも関わらず質問責めでした。

一月一四日は祭日であり、貴社はお休みであったはずですが、私は「今井さんは来てくれますよね?」の問いに「私はちょっと…」という返答のみしか返って来なかったのは今でも覚えております。

自分で弱小だと言われるなら、何故、あの時何も協力をしてくれなかったのでしょうか?

その旨を聞かせて下さい。
 
> 平積みという各書店さんの温情は当社の営業努力の賜物でもあります。

> それでも、最終的に、買う買わない、という意志決定は読者が決めることである、その事をどうかご理解ください。

上記の件に関しては、もちろん理解しています。
 
> 当社のような弱小出版社からではありますが、岩上さまの作品も、本として出版されたということは、数ある他の出版社、業界の方達も新人発掘などの理由から、岩上さまの作品を読まれている事と思います。

> 当社の場合は幸運にも、弱小の出版社ながら発売当初はかなり多くの書店で、店頭置きや平積みをして頂く事もできました。

> 『世界で一番泣きたい小説グランプリ』という名称の効果も多少はあった事と思います。

> しかし、書店での平積み等で販売された後はどうしても、作品自体の持つ力というものが大きく、それによってどこまで売れるかが決まってきます。

これに関しては、作品の内容というよりもまずは表紙や帯といったものが原因でないでしょうか?

漫画と違って、小説を一冊すべて立ち読みできるかといえば、それはありえない事ですし、私は表紙や帯に関しても、今井さんにこうしてほしいと再三伝えてきたつもりです。

二〇〇七年九月一三日の授賞式の時、貴社の社長より「岩上さん、帯はどの芸能人を使いたいですか?」と聞かれ、数日後私は今井さんへ「武藤敬司を使いたいです」と伝えました。

今井さんはそれに対し「作者が表紙でボケてしまう」という理由から、あの帯を事後報告で聞きました。

ハッキリ自分の意見を言うと、無名の自分の表紙がボケようと有名人である武藤敬司を使うべきじゃなかったのではと今でも思っています。

現在九千冊、約九割も売れ残っているのなら、帯を変えて新たな戦略方針でという案はどうでしょうか?
例えば舞台が西武新宿線なので、西武のキオスクと話をして車内に広告を打ってみるとか、アイデアはいくらでも湧いてきます。


> 小説を書いている殆どの方が、「本を出版したい」という願いを持っていらっしゃいます。

> 例え小出版社からの出版であっても、本が出版されるという事で願いが叶ったと思われる方々が大勢おられます。

> そのような方々の力になりたいと、今までも精一杯努めて参りました。

上記の件は、私の作品を選んでくれた事に感謝しています。

これによって私をプロの作家なんだからと言ってくれる人が増えたのも事実です。

ただ私をグランプリに選んだのは貴社であり、読者の為にと私の担当になったのは今井さんです。

他の作家希望の人の事をここで持ち出されても困ります。

そして、「第一回グランプリ作品」や「怖いグランプリ」作品の本の作りと比べると、あきらかに差があるような気がしてなりません。

今回聞いているのは、願いが叶ったという事を言いたい訳ではなく、残っているクレッシェンドをどのようにやっていきましょうかという点が主題です。


> ただ、当社もごく小さい出版社で、出版業界全体が厳しい状況の今、これ以上出版を続けていく為の力も尽きようとしています。

> これは私事になりますが、体調を崩してしまってから、日々の業務をこなすだけでも辛い状況です。

> 正直に申し上げて、私も疲れてしまいました。

お言葉ですが、今井さんから来るメールの大部分に体調を崩したという説明が見受けられますが、私の作品を世界で一番読み、理解し、読者の為に動くと言っているのに、上記の言葉ですとその真意が見られません。

私も精一杯宣伝の為に動きました。

でもそれに対し、賛同をしてくれなかったのは貴社です。

しかし当時の事を持ち出して言い合っても何の解決にもなりません。

今井さんが大変なのは分かりますが、私の担当と言う事で自分の意見をメールにして送っています。

私は当時から今井さんに自分がどれだけこの作品にこだわり、魂を持って接していたかを伝えてきたつもりです。

そんな私に対し、今井さんは「私は読者の為に」とご自分の意見をぶつけ合いました。

疲れたとか、そういう事を今回聞いているのではないのです。

今井さんが関わった作品でもあり、カメラマンもあの表紙も今井さんが決めたものです。

私は企業の代表として担当の今井さんに話している訳なので、お気持ち分からないでもないですが、私の作品に関し、もう少し責任感を持ってもらいたいと感じます。

今のままで『新宿クレッシェンド』が売れるとは思えません。

一緒に前向きな方向を考えませんか?

私の処女作がこうして世に出たので、このままでは不憫です。

私に協力できる事なら、惜しみません。

長々と長文になってしまいましたが、私の熱意だと思って下さい。

よろしくお願いします。

 

岩上 智一郎より

 


翌日担当編集の今井貴子からは、平たく言えば努力はしてみる、サイトに関する事は会社内部事情にあり、俺には説明できないと逃げられた。

拉致の開かないやり取り。

ジレンマは溜まるばかり。

体調が優れないと電話でのやり取りを避ける今井貴子。

メールでのやり取りも、最終的にはお茶を濁される。

俺が一番言いたかったのは読売新聞の取材の時、何故協力をしなかったのか?

二次選考発表の不可解な突然の延期。

俺が文句を言ったあと、その数日後に『忌み嫌われし子』を不透明な形で落選させ、予想通り『キャップストーン』にグランプリを取らせた事。

そして総合格闘技の試合当日、大手マスコミはTBS、読売新聞、スカイパーフェクトTVと取材に来ているのにも関わらず、誰一人協力しようとしなかった点。

後々になり小さな出版社ですとか、本を書店に置くのは大変だとか言い訳ばかり。

それなら何であの時マスコミに便乗しなかったのだと、何度問い詰めてもちゃんとした理由を言わない。

熱量が違い過ぎるのを感じた。

本を出す為とはいえ、あんな面倒臭い手順で校正作業を何度もやらせられ、いざ出版となったら印税は出ない。

どれだけ岩上整体時、仕事に負担があったと思っているのだ?

俺自身がいけない部分がたくさんあるのは自覚している。

それにしてもサイマリンガルのやり方は酷過ぎた。

始めから感じたエリート意識。

俺の事を救い上げてやった新人作家程度にしか思っていないから、こんなどうしょうもない現状になるのだ。

小説を世に出したい……。

それを叶えてくれたサイマリンガルには恩を感じてはいる。

処女作『新宿クレッシェンド』を全国に出してくれたのだから。

ただ、そのあとがグダグダ過ぎる。

ここまで出版社とこじれた原因は何だ?

まずグランプリを取らせておいてからの過小評価。

ぞんざいな扱い。

『第一回世界で一番怖いグランプリ』の不透明な落選。

それによる読売新聞の特集記事の消滅。

『新宿クレッシェンド』の扉絵問題。

本につける帯の問題。

俺の試合時、何一つ協力態勢になかった事。

サイマリンガルの大した事のない宣伝方法。

印税を払わない事。

これらがすべて被さっているから、俺はこれだけ怒っているのだ。

これらのやり取りを俺はKDDIで働きながら、合間合間で対応していた。

 

久しぶりに望から連絡があった。

神父である旦那との離婚が成立し、協会からも離れると聞く。

これからは一人の母親として、小学生の娘二人を育てていく決意を聞いた。

俺も現状を簡単に説明する。

話している内にまた会いたくなった。

それは望も同じようだった。

久しぶりの再会。

お互いの身体を求め合い、時間を共有する。

以前望が喜んでくれた俺のコメディ小説『パパンとママン』。

調子に乗った俺は、第四章『月の石』から第九章の『同級生』までを、僅か十一日間で一気に書き上げる。

「ねえ、智さん。私もこれで出てみたい」

読者参加型という形式を採用していたので、望も作品に出たがった。

「ああ、全然構わないよ」

「ほんと! わー、何かとても楽しみ」

「望ちんという名前で、主人公努の同級生って設定になるだろうけど」

「出してくれたら何でもいいよー」

嬉しそうな望。

俺はまた続きの章を書く意欲満々ではあった。

しかし一つ気になっていた事がある。

『パパンとママン』執筆の同時期に奥尻島に住むれっこさんは妊娠。

これはおめでたい話だからいい。

悪い話題…、大日本印刷で働いている時、ムッシュー石川の親父さんの容態が悪くなり、彼は仕事を休み、北海道へ向かう。

その前に彼の彼女のお姉さんが、鬱で飛び降り自殺をしている。

作品に出演させた登場人物の数名が、現実で何かしらの変化が起きている。

気のせいだとは思いたい。

だが、何だか薄気味悪いものを少し感じていた。

 

望が自分を出してくれるのをワクワクしている。

それを思うとすぐ作品を書かなくてはと思い『パパンとママン』を起動した。

十章目…、しかしあれだけスラスラ書けていたものが、何故か書けなくなっている。

変な事を気にし過ぎだ……。

パソコンをシャットダウンし、気分転換に家の外へ出た。

タバコに火をつけ立門前通りの方向へ向かうと、逆側から一人の女が歩いてくる。

お互い顔を見合わせ、足取りが止まった。

「岩上?」

「安達か?」

この通りの突き当りにある『姉妹』とは逆側にあるラーメン屋『幸楽』。

そこの娘でもあり、俺の小学校からの同級生だった安達すみれだった。

十数年ぶりの再会。

小学へ行く時も同じ町内班だったので一緒に通った幼馴染のようなもの。

数年前に噂で安達の親父さんが亡くなったと聞いてはいたが……。

「岩上さ、噂で聞いたけど、小説で賞を取ったんだって?」

「あ、ちょっと待ってな。すぐ戻るから」

家に戻り、前にサイマリンガルから作者寄贈用でもらった『新宿クレッシェンド』を持ってくる。

「ほら、安達にあげるよ」

「えっ! いいの?」

「いいって」

「でも……」

「あ、話変わるんだけどさ…、安達の親父さん…、亡くなったって聞いたんだけど……」

「うん…、うちのお父さん、亡くなってもう三年になるかな……」

「そっか…。人づてに聞いてさ、ずっと気になっていたんだ。今まで線香もあげに行かなくてごめんよ」

「何言ってんのよ」

「だってうちらがガキの頃からさ、やっぱ知っている訳であって…。ラーメン屋は?」

「お母さんが一人でやっているよ。ラーメンというより居酒屋になっちゃってるけどね」

安達の親父さんが作る味噌ラーメンと餃子は、本当に美味しかったなあ。

俺が子供の頃、家にはクリーニングの職人さんもいっぱいいて、おじいちゃんが幸楽のラーメンの出前をよく取っていたのを思い出す。

「線香さ…、今度幸楽へあげに行ってもいい?」

「いや、それがね。私、お父さんが生前に西川越駅のほうに家買って、そっちに住んでいるのよ」

「だから何年も近所で見掛けなかったのか。じゃあそっちへ今度あげに行っていい?」

「分かった。じゃあ連絡先だけ交換しとこうよ。私は用事あってもうそろそろ行かないとあれだから」

久しぶりの幼馴染との再会。

数日後、安達の親父さんに線香をあげたいと伝えると、西川越駅近くの家に案内される。

玄関に入る前、安達は「あ、ちょっと待って」と立ち止まり、一人で何か考えていた。

「何だよ、どうした?」

「いや…、生前ね…。お父さんが家に男を上げるなと言っていたから……」

「はあ? おまえ馬鹿かよ? おまえの親父さんだって俺が線香をあげに来たら、納得するだろ」

「そ、そうだよね…。だけど……」

「何だよ、まだ何かあるのか?」

「初めて家に男を上げるのが、岩上だったとは……」

「うるせー、馬鹿野郎」

俺は仏壇の前で手を合わせ、線香をあげる。

それからお互いの休みの日程が合うと、俺は安達とよく食事へ行くようになった。

女性としてでなく昔から同じ釜の飯を食べた仲間と…、そんなイメージのほうが強い。

食事中一つ気になった事があった。

安達すみれの実家『幸楽』。

道を挟んでほぼ向かい合わせになる忌々しい『姉妹』。

客層が被っているようで『姉妹』から数々の嫌がらせを受けているようだ。

俺の家もあそこの客から被害に遭っているので、過去おじいちゃんが育てている小松菜や、俺がプレゼントした三十万円入った貯金箱を盗まれた事を伝える。

『姉妹』の昭和の女将には娘がいるようで、俺たちと同世代。

それがシャブ中らしく、何度か『幸楽』へ火をつけようとしたり、うちの前の道端に植木鉢を数個並べ「誰も通るな!」と通せんぼしたりと面倒な人間のようだった。

「シャブ中なんてロクなもんじゃないから、あまり関わらないほうがいいよ」

そうアドバイスするも安達からしてみれば、実家に火をつけようとされたのだ。

他人事では済まされない。

「まあ困った事あったらいつでも連絡してきな。力になれる事は力になるよ」

そう言ってその場を別れた。

 

今日は久しぶりに群馬の先生のところへ向かう。

特に相談や悩みがある訳ではないが、岩上整体を辞めて一区切りして以来一度も行っていなかった。

前に安達すみれへ、群馬の先生の話をしたら「私も今度行く時絶対に連れていって」とうるさいので、今回は二人で向かった。

俺は出版社との一連の流れを話し、今はKDDIで仕事をして生活をしていかなければならない事を伝える。

先生との相談のほとんどを安達が話す形になってしまい、俺は横で聞いているだけだった。

最後に先生から「岩上さん、あなた、あまり人に対して強く恨んだりしないようにして下さいね」と言われる。

風俗のガールズコレクションの當真じゃあるまいし、俺が生霊を飛ばすとでも?

仮にそんな能力が俺に本当にあるのなら、家に棲み着く物の怪加藤皐月をどうにかしたいものである。

帰り道、安達へ今年の春から夏に掛けて巻き込まれた古木英大、牧田順子、影原美優の三角関係の話をしてみた。

モテなかった古木へのアドバイスをした時点で、安達から怒られる。

次第に話は小学時代の話になり、俺の母方の従兄弟である宇津木裕子の話になった。

「ねえ、小学校の時いた仲町の宇津木さんっていたでしょ?」

「ああ、あいつが何か?」

「あの子の家のおじいさんね……」

俺と裕子が親戚なのは学校でもそこそこ有名な話ではあるが、安達すみれは知らないようだ。

「え、裕子のおじいさんがどうした?」

「首を吊って亡くなったみたい」

「はあ? まさか……」

物心ついた時から母方の父親を見た事無かった俺は、当時亡くなった仲町おばあちゃんに「何でおじいちゃんがいないの?」と質問した事があった。

「智ちゃんが生まれるよりも前にね…、お風呂入っている時に心臓発作で亡くなってしまったんだよ」

そう言い聞かされてきた。

俺だけでなくその家に済む孫の裕子も同じように言われてきたはずだ。

「何を岩上は親しそうに宇津木さんを裕子なんて、呼び捨てにしてるのよ?」

「あいつとは従兄弟なんだよ、母方の。裕子の姉ちゃんが三姉妹の長女で、俺の出て行ったお袋が三女」

「あ、ごめん…、全然私知らなくて……」

仲町のおじいちゃんが心臓発作でなく、首吊り?

俺は一度は完成しているはずの『ブランコで首を吊った男』を思い出した。

前に群馬の先生に言われた本物のホラー。

仲町のおじいちゃんの死の真相。

これを全部繋げたら、より凄い怖い作品になるのではないか?

 

新説ブランコで首を吊った男 ①亀田の章 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

新説ブランコで首を吊った男岩上智一郎2024/09/09色々手直ししなきゃ…、2006年に執筆したこの作品は、そう思いながらこれだけの年月が過ぎていた。初めて書いたホラ...

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俺は家に帰って早速『ブランコで首を吊った男』を補足させ完成させた。

 

川越祭りの時期がやってくる。

いつもこの時期になると川越の人間はソワソワしだす。

土曜日は安達から一緒に祭りへ行こうと言われ、行動を共にする。

俺は例年通り顔にペイントをする。

そういえば今までペイントをするところの映像を撮った事がなかったので、安達すみれに頼む事にした。

顔へペイントを描いている途中、安達はお喋りで本当にうるさい。

面倒臭いので屋台でたこ焼きを買い、それを持たせて帰した。

後輩の金子修一らに会ったので、同じ町内班同士の会話で「そういえば安達すみれとこの間偶然会ったぞ。さっきまでいたんだぞ」と話す。

みんなも会っていなかったようで、元気なんですねと安心していた。

日曜日は、ここ数年共に行動をする飯野君と一緒に川越祭りを楽しむ。

ペイントした俺と連雀町の山車を一緒に撮影してくれるよう彼にお願いした。

「そうそう、飯野君さ。先日だけど安達にバッタリ会ったんだよ。十数年ぶり」

「へー、それは凄い偶然ですね」

町内の様々な知り合いへ挨拶を済ませ、酒をあちこちで飲みながら川越の街を歩く。

夜になり安達すみれから電話が掛かってくる。

「おう、安達か。今さ、中学の時の同級生の飯野君と一緒。どうかしたか?」

「岩上さ…、私とほうぼうで付き合ってるって言いふらすの止めてくれない?」

祭りの人混みの中なので、とても慌ただしく騒音がうるさいので、よく聞き取れなかった。

「え、何? よく聞こえない」

「私と付き合ってるって、周りに言いふらすのは止めてって言ってんの!」

「……」

何だ、コイツ……。

幼馴染のようなもんだし、俺は一度も安達を女として意識した事など無い。

ましてや一度だって口説いた事すら当然無い。

人混みの中、安達は何やら大声で喚いていたので面倒臭くなり「分かった分かった。電話切るよ」と強引に切る。

ひとまず店に入り、飯野君へ安達からの電話の内容を話すと驚いた表情で「え、それはさすがに岩ヤンが可哀想過ぎる。彼女は何を勘違いしているのでしょうね?」と不思議がっていた。

昔からの知り合いの数名に、安達すみれと十数年ぶりに会ったとは話した事はある。

全然おかしい事じゃない。

何をあいつは勘違いしているのだろうか?

この日を境に俺は、安達すみれと距離を置く事にした。

 

二千八年十二月三十日。

仕事が休みで部屋で休んでいると消防車のけたたましいサイレンの音が鳴り響く。

『パパンとママン』の作中に出てくる『兄弟』モデルの店『姉妹』。

幼馴染の安達すみれの実家の『幸楽』と向い合せ。

外へ出て様子を見に行くと、何台もの消防車が『姉妹』へ向けて放水を繰り返している。

あの店が火事?

立門前通りまで行くと、火の勢いは凄まじく、隣の金子修一の実家まで飛び火しそうな勢いだった。

修の隣にあったおじいさん一人で細々営んでいた小さな鞄屋さん。

朦朧としながら燃え盛る火の中、自分が作った鞄を取りに行こうとして、周りから止められている。

可哀想で見ていられない……。

修の実家は三階の窓が放水の威力で割れ、リフォームしたばかりの部屋が水びだし。

結局死者二人を出して『姉妹』は全焼。

あの昭和の女将の行方は分からなかったそうだ。

川越の消防団の間では箝口令が引かれたと聞く。

これで大日本印刷の石川に続き、『姉妹』まで……。

『パパンとママン』を執筆している出演者に起きる薄気味悪い現実。

それを感じた俺は、『パパンとママン』を書くのを辞めた。

それより前の話ではあるが『打突』に出したさざん子ラーメンモデルの店『どさん子ラーメン』。

あそこもマスターの不注意ではあるが、全焼し今は更地になってしまった。

「岩上さん、あなた、あまり人に対して強く恨んだりしないようにして下さいね」

群馬の先生に言われた言葉を思い出す。

馬鹿な……。

俺の思念や恨みが『姉妹』の火事を起こしたとでも?

それなら『どさん子ラーメン』は何だ?

俺はとても気に入っていたんだぞ!

家からすぐの場所で二軒の店が全焼……。

あまりにも気持ち悪く、俺は吐きそうになった。

 

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