吹く風ネット

勝ち組のじいさん

 中学校に通っている頃、学校横の山の中に、勝ち組のじいさんが住んでいるという噂が流れた。そのじいさんは「太平洋戦争で日本は降服したことになっているが、実は降服したことにして相手を油断させ、反撃を仕掛けるのだ」と主張しているということだった。まだ戦争が終わってから四半世紀しかたっておらず、戦争に行った人が大勢いた時代である。戦争に負けた悔しさからか、そういうことを口にする人も少なからずいて、噂になるほどのことではなかったのだが、なぜかそのじいさんだけが『おかしい』と噂になってしまったのだ。しかし、噂は噂である。すぐに消えてしまった。

 その噂から一年ほどして、ほくはそれらしき家を見つけ行ったことがある。確かにそこにはじいさんが住んでいた。人の良さそうな品のある方で、決して『おかしい』人ではなかった。そういえば、その家の床の間に(昭和)天皇陛下御在位○十周年の絵皿がかけてあったのだが、もしかしたらそれを見聞きした『おかしい』人がじいさんを国粋主義者だと決めつけて、噂を流したのかもしれない。

 その後その山は切り開かれ、今は閑静な住宅街になり、その家はたくさんの家の中に埋もれてしまった。おかげでどの家なのかわからなくなった。併せてじいさんの消息もわからなくなった。もう五十年ほど前の話だ。さすがに生きてはいないだろう。

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