「大将!」
周りを見回しても誰もいない。
そこにいるのは、ぼくだけなのだ。
しかたなく、「はい」などと返事をしている。
いつの頃からだろう、ぼくが「大将」と呼ばれるようになったのは。
ぼくの持っている自分のイメージは、決して「大将」ではない。
だから、「大将」と呼ばれるたびに、「大将と呼ばんでくれ」と思っている。
ぼくは「大将」と呼ばれるほど立派な人間でもないし、またいかにもそれらしい風貌をしているわけでもない。
「大将」と言われて思い当たるのは、いかにも立派な白髪頭だけである。
とにかく、ぼくのことを「大将」と呼ぶ人は、圧倒的に年配の方が多い。
最近ボケ始めた、床屋のおばちゃんからもそう呼ばれている。
ぼくのほうが年下なのだから、「兄ちゃん」と呼んだほうがより自然である。
なのに、いつも「大将」なのだ。
ぼくは「大将」と聞くと、つい『ひみつのアッコちゃん』に出てくる大将を思い浮かべてしまう。
おそらく、ぼくと同じ世代の人の半分は、そう思うのではないだろうか。
ぼくは、その大将みたいに太ってはいないし、またデベソでもない。
いつも「大将」と呼ばれるたびに、アッコちゃんの大将を思い浮かべてしまうのだから、たまったものじゃない。
心の法則からすると、人は心に描いたとおりの人になるらしい。
このまま、「大将」と呼ばれてばかりいると、アッコちゃんの大将みたいになってしまうかもしれない。
頼むから、そういう余計な連想をしてしまう「大将」などという呼び名はやめてほしいものだ。