高校時代に仲間内で、「幻の名曲」と呼んでいた歌がある。吉田拓郎さんの『僕の旅は小さな叫び』という歌だ。
何で幻だったかというと、実はその歌はテクニクスオーディオのCMソングで、その商品を買わなければレコードが手に入らなかった。つまり非売品だったわけだ。その商品を買えばことは簡単なのだが、当時のオーディオは高額で、高校生ごときに手が出るような代物ではなかった。
レコードが手に入らないなら、ラジオの音楽番組にリクエストするしかない。ということで、何度かリクエストしてみたが、非売レコードで、しかもCMの曲をかけてくれる番組なんてなかった。
結局われわれ庶民は、さわりしか聞くことができなかった。ということで当然誰もがその歌のさわりしか知らず、それゆえにその歌は幻化してしまった。というわけだ。
とはいえ楽譜は出ていたので、楽譜さえ読むことが出来れば、メロディがどうだとかくらいはわかっただろう。だが、ぼくを含め仲間には、楽譜を読める者は一人もいなかった。
そうなるとどうにかしてその歌を、テープでもいいから手に入れようとするのが人情で、ぼくは無意識のうちに「いつかこの歌を手に入れてやる」と思っていたのだった。
五十年以上も念じ続けて、手には入らなかったものの、聴くことだけは出来た。その喜びは大きく、ちょっと大袈裟だが、諦めさえしなければ、夢というものは叶うものだ。なんて思ったのだった。