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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 51


 早速、私たちは並んでいる郵便受けを端から順番に見ていった。
 本当はリンと手分けしたいところだけど、今は出来ない。手を離すと身体の粒子がバラバラになるかもしれないということだった。今改めてそのことを思い出し、思わずリンとつないだ手に少しだけ力が入る。
 7階建てのマンションで、各フロアに10部屋ほどある中規模のマンションだったので、それほど時間をかけずに私たちはアサダさんの部屋を突き止めることができた。

 「あった!アサダさんの部屋、306号室!」
 私とリンは顔を見合わせて頷き、さっそくアサダさんの部屋へと向かうため、エントランスロビーからオートロックのガラス扉を『お化けモード』の身体ですり抜けた。

 階段を使わずにすいすいと身体を持ち上げられるこの自由な感覚は、馴れれば馴れるほどに、ほんとうに楽でしょうがない。
 あまりにこの感覚を味わいすぎると、もとの次元に戻った時に身体が重たくてしょうがないことだろう。

 私たちはあっという間に3階に到達し、部屋の番号を巡に辿ってアサダさんの部屋の前まで来た。

 「・・・ここだ」
 玄関のプレートにはアサダさんの名字が確かに書いてある。 

 私は思わずつばを呑み込んだ。

 こ、これは、覗き行為ではない。断じて、ない!
 アサダさんの危機を救うため、いや、宇宙の危機を救うために、私は今からアサダさんの部屋の中に入るのだ・・・!
 下心など、あるわけがない、あって、いいわけないだろう!
 でも、ちょっとだけ興味があるのは仕方がないことだ。そうだ。憧れの上司だったわけだし、そ、それに今のこの世界では彼氏と彼女なんだから。
 アサダさん、どんな趣味の部屋なんだろう?綺麗にしてるのかな・・・。え、でも、すっごく散らかってたらどうしよう!・・ま、それはそれとして、・・・で、どんな格好して寝ているんだろ・・・!
 あ、ひょっとして、私と一緒にピクニック行った写真が、か、飾ってあるのかな・・・!?え〜!あるのかな!?

 「・・・」

 一瞬、横から冷ややかな視線を感じたので見ると、無言のリンが呆れた顔をこちらに向けていた。

 「・・・なにニヤニヤしてんのさ。まさかこんな時に変なこと考えてないでしょうね」
 
 「・・・!え?いや・・・そんなわけないでしょうが!え!?・・・と、じゃあ、よし入ろう!」
 私はリンの鋭い観察力に焦り、取り繕うようにして玄関の扉に向かってそそくさと身体を寄せていった。

 私たちは玄関の扉をすり抜けた。
 そして、すぐ目に入ってきたのは、アサダさんのものと思われるヒールとカジュアルなスニーカーが一足ずつ。靴が置かれたスペースから廊下に上がるところに敷かれたベージュのマット。来客用に用意されたスリッパ。余計なものも無く、とっても綺麗にされた玄関スペースだった。それにとっても良い匂いがした。私はなぜだかほっとする。

 リンも、クッキーも扉の中に入った所で、リンは「もとの次元に戻るよ」といって、再び光を出し、息を整えて吐き出すと、私たちの身体も光ながら、脚が床面に接した。トン。と小さな音を立てて。

 身体に重力を感じる。元の次元にもどったのだ。
 私は恐る恐る、リンの手を離した。

 「リンが最初に俺の部屋に来たときもこんな感じだったんだね」
  
 「うん」

 「ヒカルが言うには、アサダさんは目を覚ませない状態だといっていた。多分、寝室で寝ているに違いない」
 私はリンに小声でいうと、廊下の先に見えるリビング、その手間に2つある閉められた部屋の扉を見た。このどちらかの部屋が、恐らく寝室だろう。

 その時、ズボンのポケットにしまっていた私のスマホが鳴った。

 そうだ、ヒカルがアサダさんの家に行けばまた電話すると言っていたっけ!
 急いでスマホを取り出してみると、非通知の着信画面だった。

 あれ、さっきはヒカルの名前が画面にでてたのに。

 私は怪訝に思いながらも電話に出た。

 「もしもし?・・・」

 「・・・もしもし、あたしよ。ヒカル」
 その声は間違いなくヒカルだったが、さっきよりもまた小さく聞こえる気がした。

・・・つづく
 
   
 

 

 
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