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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 17



 ひょっとしたら、ヒカルは両親のどちらかを亡くしているのかもしれない。あるいは、何かしら事情があって会えないとか。いずれにしても、何か話しづらい事情があるのだろう。この話についても、私からはこれ以上しないことにした。

 その代わりに、ヒカルが会社に入ってからの7年間という、私の記憶には無い経過について話を聞いた。
 新入社員歓迎会での酒豪伝説に始まり、同じく同僚の島田と一緒に3人で、新人研修という名の下、山奥のお寺で泊まり込みで精神的な鍛錬を行ったことの記憶。そこでの作務と座禅のカリキュラムで、島田が手を抜いて作務を適当にサボろうとしたところを住職に見つかり、座禅中に警策で思いっきり肩を叩かれ悶絶しているのを横目に背筋を凍らせた記憶。
 はじめて新人の3人で現場を任された新商品発表のイベントで、ケータリングの手配日時が一日ズレている間違いが前日に発覚し、慌てて業者さんの厨房に手伝いに入り、何とか本番までに手配を間に合わせた記憶・・・などなど。話は尽きない。
 これらの話は、ヒカルが存在しない私の記憶にある内容とも、結構な部分で重なり合っていた。ヒカルがいることによって、私の記憶にある内容と大きく異なる結果を招いた事柄はあまり無いように思えた。私が留める記憶になぞって、ヒカルもその場その場で自分と同じ喜怒哀楽を一緒に味わったという事を知り、話は自然と盛り上がった。

 気がつけば、私とヒカルは缶ビールをもう2本ずつ空にしていた。ヒカルは全くと言っていいほど、酔っている感じはしなかった。流石、同期で一番の酒豪である。一方の私は、酒にはそんなに強くないので、良い感じで酔いが回ってきており、同時に大分眠気を覚えてきていた。
 私は、ヒカルに断ってから一人シャワーを浴びて寝間着に着替え、ベッドに横たわることにした。

 「俺が寝たら、ヒカルはどうするの?」
 私はベットの傍らに用意した椅子に腰を掛けたヒカルに問いかける。部屋の全体の明かりは落として、ベットの脇のスタンドの明かりだけが、私とヒカルの姿をぼんやりと優しく映し出していた。
 
 「あなたの睡眠が深まったところで、あなたの心の振動数と同調して深層意識に干渉を行う。時間にしたらほんの数秒のことよ。あとはあなた自身が観る夢の中での出来事に委ねるしか無いから、私は家に帰る。」
 
 私は、心に引っかかっていることを、恐る恐る聞いてみる。
 「もし、夢の中で巡りの補正が上手く行ったのなら・・・」
 その先の言葉を少し言い淀んでしまいそうになり、少し詰まらせながら言葉を絞り出す。
 「・・・その時にヒカルは・・・もう消えるの?」
 
 「・・・そうよ」
 ヒカルは小さく頷き、答えた。それに対して、私は言葉が出せなかった。
 私のその様子を見て、ヒカルは言った。
 「勘違いしないでね。私はそれを悲しまないし、むしろ、私は巡りを補正するためにこの次元世界に来たのだから。私が消えるということは、私の望みが叶ったということになる」

 理屈では判ってはいた。そもそも、ヒカルとは今日初めて会ったばかり。昨日まで、私の中には存在しないはずの人だった。それなのに、今では不思議な親近感が私の心の真ん中に芽生えて、いつの間にか根を張っているかのようだった。もしも自分に女のきょうだいがいたら、こんな感じだったりして。

 「その時は、俺の記憶からもヒカルのことは消されるの?」
 それは、自分にとって良いことなのか、嫌なことなのか、自分でも判らなかった。
 でも、聞かずにはいられなかった。 
 ヒカルは私の頭の少し上の方を観ながら言った。
 「今は、私にも判らない。消されるかもしれないし、消されないかもしれない」

 私はその言い方が少し気になった。
 「消される、消されない・・・って、どこかの誰かに?」
 ヒカルは相変わらず、目線を私の頭上に置いたまま答えた。
 「そう。巡りの生みの親に」
 ・・・巡りの、生みの親。
 「・・・ごめん、全く判らない」

 ヒカルは目線を戻して、私の顔を見ながら言った。
 「判らなくても、問題はないわ。大丈夫。それに・・・」
 ヒカルは何かを言いかけて、言葉を止めた。

 「それに・・・なに?」
  ヒカルは少し考えた後、言葉を続けた。
 「ううん、何でもない」
 スタンドの明かりが瞳に映り込んでいるせいか、その時のヒカルの目がこれまでに無いくらい、優しく親しみが込めらているような気がした。
 私はその眼差しに少しだけ甘えるかのように、自分の心をヒカルに向かって開きながら、少々しつこく食い下がってみた。
 「気になるじゃないか、話してよ」
 その様子に、ヒカルは応えてくれるように、少しだけ言葉を紡いだ。
 「・・・まあ、もし私が消えていたとしても、いつかまた何処かで会える可能性はあるわ」

 その言葉を聞いた時、思った以上に私の心が喜んだ。不思議と心が温かく染み渡るような感覚を覚えた。 
 「・・・そうか」

 ヒカルはこれ以上は話せないとばかりに、話題を区切った。
 「はい、じゃあ、そろそろ眠りに意識を向けて目を瞑ってね」

 「判ったよ。・・・そんな簡単に眠れるかな」

 そう言いながら、目を瞑った私は、隣にいるヒカルの気配を心地よく感じ取りながら、いつの間にか安心感に包まれながら、徐々に呼吸が楽に、深くなっている感覚を、すぐに感じはじめていた。


・・・つづく



 
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