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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 43

 道路には大きな地割れ。いつもは自動運転で渋滞もなく走る車の列は、断裂した道路にどうしようも無く立ち往生している。

 交通整理まで警察も手が回らない状態なのだろう。諦めて車を放置したままほとんどの車にドライバーの姿が見えない。
 ひとつ向こうの通りから消防車のサイレンの音が聞こえる。遠くの方にいくつか煙の上がる様子が見える。
 歩道には出勤や通学で既に家を出ていた人たちがゾロゾロと歩いて家に帰ろうとする姿があった。
 多くの顔に不安と焦りが滲んでいる。皆、家族や自宅が心配なのだろう。スマートフォンを手に通話しようとする人も多いが、中々繋がりにくいようだ。
 
 「これは、想像以上だ…」
 思わず口にした。
 リンは、そうつぶやく私の顔を見てから、クッキーに顔を寄せた。
 
 「トモヤ!アサダさんのお家は、まだまだ先だってクッキーが言ってるけど、どうする?

 私は足を止めて、呆然としていた。
 「…どうしよう。この感じではバスも電車もダメだろうなあ…」
 
 それを聞いたリンはつまらなそうに言った。
 「えー!あたし電車に乗ってみたかったのにぃ。残念だな〜…」

 「あ、ああ、そうか、リンちゃんはやっぱり電車に乗った事…ない…よね?」
 「ないない。乗り物に乗ったことなんて、ないよ」

 おかしそうに言うリンを見ながら、ふと沸いた疑問を口にした。
 「そっか…。あ、あのさ、普段はどうやって移動するの?」

 リンちゃんは相変わらず目をくりくりさせながら言った。
 「どうやってって、それは行きたいところにビューンって感じだよ」

 「びゅーん?…って?」
 首をかしげて聞き返す私に、リンはこともなげに言う。
 「そう。巡りを伝ってそこまで瞬間移動だよ」
 
 「えっ!?そうなの?」
 「そだよ。でも、それじゃあせっかくこっちの世界に来たのに、つまらないじゃない」
 
 リンが言うには、自分か、自分とつながりのある人がわかる場所であれば、自在にいけるそうだ。今回、つながりのある人ならぬ、犬のクッキーがアサダさんの家を感知したので、いつでも行けるらしい。

 「ちょっと、早く言ってよお」
 私は拍子抜けした。色々とテンパっていた私の焦りをよそに、リンはこの状況で旅行気分だったんだな・・・。

 「うん、ごめん。でも、早く着いたらあたしこの世界にもういられなくなっちゃうと思うから、ちょっと残念なだけ」
 リンは、少しうつむいて言った。
 
 「・・・え?どういうこと?」

 リンにとっての“当たり前なこと”について、わざわざ口に出して説明するのが少し面倒くさそうであったが、たどたどしいながら、私に説明してくれた。

 ヒカルも電話で言っていたが、今は次元が不安定になっている状態なので、別次元に存在しているリンがこの現実世界に居ることができる。
 リンにとっては、こうやって街を歩いて、私と話をすること自体が、普通ではあり得ない特別なこと。普段、リンはこちらの現実世界を、別次元の世界から観ることができても、決して姿を見せたり、声を届けたりすることは出来ないきまりらしい。
 ただ、ごくまれに、こちらの現実世界の人間の意識と、異なる次元にいるリンのような存在の意識の波長が同調することで、姿が見えてしまったり、声が聞こえたりということはあるとか。

 「え・・・まさか、そ、それって心霊現象的な・・・?」
 私は恐る恐る聞き返す。

 「うん。それそれ。みんなそう言ってすっごく怖がるんだよ。失礼しちゃうよね」
 リンはあはは、と笑顔で明るく言った。
 ということは、リンはこちらの世界の言い方では、幽霊とかってことになる・・・?
 「・・・なんか、ちょっとイメージと違うけど・・・」 
 
 私のつぶやきが聞こえたらしく、リンは「ん?」といってくりくりお目々をぱちくりさせている。
 それを見てなおさら、そんなことはどうでも良くなった。

 そうか、リンにとって、今この状況は千載一遇の機会なんだ・・・。
 そうと判ったとき“ある思い”が私の脳裏に浮かび、にわかに胸をついた。

 それは、普通だったらあり得ないこと。ひょっとしたら、この宇宙のきまり(?)に背いてしまうことなのかもしれない。
 私なんかが、簡単に口にしてはいけないことなのかもしれない。きっと、自然の摂理に適っていないことだろう。
 
 でも、私がアサダさんの家に行き、どうなるか判らないけど、その後すぐに消えてしまうかもしれないリン。
 この世界にいられなくなると、残念そうに言ったリン。
 その時ばかりは、屈託なく笑うくりくりお目々のリンの顔が、曇った。
 
 リンは、自分の名前を名乗るときに、とびきりの笑顔でお父さんとお母さんがつけてくれたんだ!』といった。

 そのことを、その唯一の絆を頼りに、決して交わることのない別の次元で、今まで育ってきたに違いない。

 ずっと、届けたくても届かない思いを抱えながら、それはこの宇宙のきまりだから仕方がないと、小さいながらに諦めていたに違いない。

 私は、リンの目を見て言った。

 「ねえ、今から、リンちゃんのお父さんに会いに行かない?」



・・・つづく
 
 



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