諦めかけたその瞬間から、近づく月の圧倒的な重力を頭上から感じ始めた。
胸の中、いや、身体の芯に大きな大きな棒磁石があって、月という巨大磁石に引かれて持っていかれそうな、抗いがたい力。
これからいよいよ自分たちも月へと吸い込まれていくのだろう。
アサダさんにもそれがわかったようだ。
私たち二人は黙ったまま目を合わせ、全てを諦めるように、身体の力を抜いたその時、私たちの意識の外から小さな声が聞こえた。
「・・・トモヤのばか!何やってんの!!」
リンの声だった。真下から聞こえてくる。
声の方を見下ろすと、月の重力によって水が吸い上げられて水位が足首ほどまでに下がった湖の只中に佇む私とアサダさんの身体の直ぐ側まで近寄って来る、リンと、もうひとりの眠り続けるアサダさんを背負っているおばあちゃんの姿も続けて目に入った。
そしてもう一人、すぐには気がつけなかったほどに薄くなり、今にも消え入りそうなヒカルの姿がかろうじて見えた。リンの肩に身体を力なくだらりと預けている。
湖に佇んでいる私とアサダさんの身体から意識が抜けていることに気がついたリンは、辺りを見渡しながらさらに大きな声を上げた。
「トモヤどこにいるの!早くもどってきて!!」
リンの叫び声が崩れ行く世界に響き渡る。
「ねえ!ヒカルちゃんが消えちゃう!宇宙も消えちゃう!あんたたち、何やってるの!!」
リンは薄れゆくヒカルを一生懸命に支え、消えようとする身体をさすっている。その手は半分ヒカルの身体をすり抜けていた。
「ヒカルちゃんから聞いたんでしょ!今を生きるあなたたちが、この宇宙をつくっているって!未来をつくっているのはトモヤたちなんだよ!」
リンは力の限りの声を出していた。その姿を心配そうに見つめるおばあちゃんも、眠っているもう一人のアサダさんを背負ってもう動くことができないようで、湖の水がまだ少し残るその場に座り込んでしまった。
「生まれることができなかったあたしや過去に生きたおばあちゃんには、どうしようもできないんだよ!・・・何でよ!今さら生まれ出られなかった事を後悔させないでよ!ああ、ああああ!!」
リンが、大きく口を開けて泣いている。
心底悲しませてしまった。傷つけてしまった。自分も悲しい。ごめん。本当にごめんね。
でも、どうしたらいいのか、正直もうわからないんだ。
宇宙を救うなんて、きっと、最初から無理だったんだ。
情けなくなってたまらず自分の目からも涙が溢れて頬を伝った。
「・・・ヒカルちゃんは、ヒカルちゃんはトモヤを信じて未来からやってきたんだよ!」
薄れゆくヒカルと一緒に、リンも力なくその場にへたり込みながら、それでも懸命に声を出していた。
そうだ、ヒカル。ヒカルも、本当にごめんね。
何もわからないでいる自分に、色んな事を教えてくれた。
この世界に連れてきてくれたのもヒカルだ。
結局ヒカルの期待に何も応えることができなかった。
今にも消えようとしているこの今も、自分は何もできないでいる。
ある日、見知らぬ会社の同期として突然目の前に現れたヒカル。
巡りをつなぎとめるために、自分の存在が消えるかもしれない危険を犯しながら、未来からやってきてくれた。
なぜ、キミはやってきたんだろう。
キミは、どこから来てくれたんだろう。
キミは、一体・・・。
最後まで、その正体を聞くことはできなかった。
なぜだろう。
なぜ、こんなにも胸が苦しいのだろう。
なぜ、キミはが消えていかなくてはならないのだろう。
そんなのは嫌だ!消えないでくれ、頼むから、消えないでくれ・・・!
大きな悲しみの感情が、胸の中で膨らみ、堰を切ってあふれだした。
・・・つづく。
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