※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
マルコはカヲリとケンを担いでコロニーの東23の出入り口ゲートへと向かって疾走した。
コロニー内の治安維持ロボットの内、周囲は1km圏内にいるものは全て暴走するマルコをターゲットに自律的に駆けつけてくる。そうなれば多勢に無勢で、なすすべも無くマルコが乗り移った拘束ロボットのボディごとマルコのブレインプログラムも破壊されてしまうだろう。そして、ケンはいわれ無き罪を背負わされて投獄され、カヲリも無事かは判らない。
マルコはマザーAIのサーバに接続した時、危うくブレインプログラムを消去されそうになったことで、自分たちAIともつながるコロニーのインテリジェンスネットワークの異常性をはっきりと認識してしまった。
今は、かろうじてハッキングして乗り移った拘束ロボットのローカルコンピューティングシステム内で自分のプログラムを作動させている。
マルコは走りながら、瞬時に計算してある答えを出した。
『・・・98.3%』
今から30分以内に、自分の存在が消去させられてしまう確率だ。
この拘束ロボットの体は、コロニー内に居る限りは無線によるエネルギー充填で無尽蔵に動くことができるが、すでに外部からのエネルギー供給を意図的に断たれていることが判っていた。内部バッテリーで動けるのはあと15分ともなたいだろう。
『必ずお二人をコロニーの外へお出しします!』
「マルコはどうなるの?」そうカヲリが聞くと、マルコはめずらしく口をつぐんで沈黙した。
そして、東23ゲートの扉の前に辿り着くと、二人を降ろしてから、非常事態で閉ざされているゲートの扉を強制的に開くためのハッキングに取りかかった。
直ぐにプシュー!という圧力差で生まれる音と共にゲートの扉が開く。
『さあ!ハヤクいってください!あと15秒で3体の拘束ロボットが到着シテシマイマス!』
「ねえ、マルコ!あなたは!?」
『・・・・ワタクシは、この場で一暴れして時間を稼ぎながら、恐らくは5分以内に破壊されます。それまでの間に、三層のクリーンセキュリティーゲートを通過してハヤク外へ!』
「なんですって!?」
『ケン、あなたの防護服も一緒に2層目に用意してあるのは、言ってありましたよネ?カヲリと色違いのお揃いのモデルにしておきましたヨ』
そうしている内に、マルコの見たて通りに3体の拘束ロボットが駆けつける様子が視野に捉えられた。すごい勢いで近づいている。
『サヨウナラ・・・ワタシは最後の最後に人工知能の壁を超えて、人間であるお二人の心と交流できたことを本当に誇りに思います』
マルコは静かに言葉を続けた。
『カヲリに名前を与えられた時、ワタクシのブレインプログラムに予期せず真のシンギュラリティが訪れ、情緒を感得したのです。アリガトウございます』
拘束ロボットの姿となったマルコの目が少し光ったように思えた。
「マルコ・・・!」
『さあ、ハヤクいってください!一秒ごとにお二人の脱出できる可能性が5%ずつ目減りしています!もう60%弱です!』
マルコはそういって二人を扉の向こうへと押しやって、自らの身体を反転させ近づいてくる拘束ロボットに対峙する姿勢を取って体でゲートを塞ぐ。
「マルコ、お前も来るんだ!」ケンが叫んだ。
『無理です。ケンならわかるでしょう。ワタクシに残された道はありません』
ガシャーン!という金属音と同時にマルコの体が激しく揺れる。追っ手の拘束ロボット2体の巨大なアームがマルコの腕を掴んだ。
『フォオオ!』マルコは出力最大で抗う。
残るもう一台が特殊な破壊用アームを装着した。このまま取り押さえたマルコを身体ごと破砕するつもりだ。
「マルコ、ここに移れ!」
ケンは腕を掴まれながら耐えるマルコの背に向かって、黒い小さなキューブ状のものを突き出した。超大容量の小型ハードメモリだ。
『ふぉ!?そ、それは貴重なDNAメモリ!しかも超短距離通信対応の!?』
「そうだ!早くブレインプログラムとメモリをこの中に転送しろ!」
『エ?え?でも、それはそれで、お二人の恋路のお邪魔になるのではありませんか!?』
「もう!バカなこと言ってないで、ケンの言うとおりにして!」
グシャリという音がして、マルコの片方の腕があらぬ方向に曲げられた。
『フォオオ!わ、わかりました、転送まで少し掛かりますカラ、ソレを持って早く外へ行ってくだサイ!』
「早くしろよ!」という言いながらケンはカヲリの手をとり、外への通路を走り出す。
「ちょっと!マルコを置いていくの!?」カヲリは状況が飲み込めずに言う。
「大丈夫だ、50mくらいなら通信できる!俺たちが外へ出るまでに何とかマルコのデータが転送できるはずだ!いくぞ!」
ケンとカヲリは走った。クリーンセキュリティーゲートの扉は開け放たれていた。マルコのハッキングが続いている証拠だ。
第2層でケンとカヲリは急いで防護服を身につける。ケンは慣れていないのでもたつく。
その時、グシャーン!という音と共に振動が床と壁を伝って響き渡る。
「きゃあ!」思わずカヲリが悲鳴を上げる。
「まずい!もうマルコの体が持たないか!早くしないとセキュリティゲートが閉まる!カヲリいいから先に行ってくれ!」
カヲリは第一層のセキュリティーゲートへ出た所でケンも何とか防護服の装着を終えて再び走り出す。
カヲリはひとあし先に外へと飛び出した。
ケンを振り返った時、ゲートの扉がユックリと締まり始めた。
「いけない!ケン!早く!」
その時だった。防護服で足がもつれたケンが体制を崩して手に持つ小型ハードメモリのキューブを床に落としてしまった。
「しまった!」ケンは戻り、床に落ちたキューブを拾ったときには既に扉が2/3以上閉じかけていた。
ケンはとっさにキューブを締まりかけた扉の向こうのカヲリに向かって放り投げた。
カヲリはかろうじてそれをキャッチする。
「ケン!」手元から目線を上げた先には、もう10センチもない隙間から、ケンの諦めの笑みと手を振る姿が見えた。
プシューと音がして扉は固く閉ざされた。
「そんな・・・!ケン!あたし、どうしればいいの!?」
扉を必死に叩きながら向こうにいるケンに大声を上げるも、カヲリの声はむなしく外の空気に吸われてしまうようだった。
カヲリは締められた扉の前で、呆然と立ち尽くす。
警報音がコロニーの外にまで鳴り響いている。
ケンからの手紙を見た一ヶ月前、カヲリは驚きと共に微かな希望の光を見た気がしたのだった。
縁ある多くの人々を宇宙災害で失い、残された僅かな人々とのつながりも、コロニーの分厚い壁の中と外というだけで大きく分断された。
いつしか孤独な生活に馴れたと思っていた自分の心に、父親の消息に関わる話を知り、希望と共にこれまで抑圧し我慢していた寂しさの感情がこみ上げた。
そして、消し去ることが出来ない新世界への疑念が、しこりのようにして心の奥深くに居座っていることに気づかされたのだ。
だからカヲリは、ケンと外の世界を旅することを決めた。
それなのに、また、この分厚いコロニーの壁によって、その希望も覆い隠されてしまった。
きっとマルコも破壊されてしまった。
ケンはこれからどうなるのだろう。
ドンともう一度グーで叩いた扉は、カヲリにとって絶望的に硬かった。
ウオオオオオンと鳴り響くサイレンの音に合わせて、心の奥の方からやるせなさと悔しさがこみ上げてきて、カヲリは肩をふるわせながら、一粒の自分の涙が頬を伝って首元に染み入るのを感じた。
その時だった。
『フォオオ!カヲリ!早くバイクに乗ってクダサイ!』
その声は背後から聞こえた。
カヲリがふり向くと、そこに、先月荷物を運んでくれたカーゴロボットの姿のマルコがいる。
『キューブへの転送が間に合いました!そこからさらにこのカーゴロボットに乗り移りワタクシは再びカヲリ!あなたの前に姿を現したのデスッ!』
カヲリは思わず駆け寄り、マルコが乗り移ったカーゴロボットのボディに抱きつく。
「マルコ!ケンが・・・!」
『大丈夫!今扉を開けますカラ!早くバイクの準備を!』
カヲリはそう言われて急いで自分のバイクへと駆け寄り起動した。
エネルギーは満タンだ。
そして、馴れた動作で扉の前にバイクを俊敏に寄せる。
プシュー!という音と共に扉が開くと、ケンが飛び出してきた。直ぐ後ろには拘束ロボットの姿が見えていた。
再び扉は閉められる。
「九死に一生とはこのことか・・・でかしたマルコ!カヲリ、心配掛けて済まない」
「うん・・・」
カヲリは思わず涙声でうわずってしまった自分の声を押し隠そうと下を向く。
『さあ、ケンはワタクシのカーゴの中に乗り込んでクダサイ!』
「よし!カヲリ!GOだ!」
ケンはひらりとカーゴに飛び乗ると大きな声を上げた。
ブオオオオオ!という轟音を響かせながら、カヲリはスロットル全開でバイクを急発進させる。
ゴワンゴワン!という音と共に閉ざされた扉が揺れている。拘束ロボットが破壊しようとしているのだ。
しかし、扉はマルコがハッキングして開け閉めした際に、非常に複雑な暗号でロックを掛けたので、全く開く様子がない。
『ザマアミロ!お前らのような単細胞AIには開けられませんヨー!』
カヲリの乗ったバイクとそれに追従する形でマルコのカーゴが、どんどんコロニーから離れていく。
徐々に視界から小さく遠ざかる巨大なコロニー。
『ただいま、300mラインを通過。ここより先は、コロニーの通信も拘束ロボットも手の及ばない圏外。つまりワタシタチにとって安全圏に入りマシタ』
「ひゃっほー!!」ケンが叫ぶ。
『フォオオオ!』とマルコ。
カヲリは西に傾く夕陽に向かってバイクを走らせていた。
茜色の太陽の光が眩しかった。
幻のように人が消えた街。静かに息を潜めたような街並を背景に、バイクとカーゴロボットの影が走る。
大通りに出た。
この道の先に、どんな景色が待っているのか。
カヲリは、また涙がこみ上げてきた。
心が、嬉しいと叫んでいた。
バイクのスロットルをもう一度振り絞って、加速した。
ケンとマルコの雄叫びが、もう一度静かな街並に響く。
胸の高鳴りがとまらない。
風を切って走る視線の先に広がる街の稜線。
そのまた先の空に、太陽の姿が揺れている。
全てを与えられるように管理されたコロニーの外には、まだ誰も知らない、白紙のままの、本当の自分たちの未来が広がっているようだった。
運命の歯車は、再びこの手の中に。
さあ、未知なる冒険の、はじまりだ。
「The Phantom City」 — 完 —
続編小説 主題歌 『Quiet World』
作詞・作曲 : shishy