あらすじ:ダイヤ改正で室蘭本線から711系が引退するので乗りに行ってきた
前回は東室蘭到着で終わっていたので、今回はここから。
東室蘭駅のあるエリアは東町(ひがしちょう)と呼ばれています。室蘭の旧市街地からは離れていますが、室蘭市の低迷とともに国道/JRの幹線沿いにある東町の株が上がってきています。
駅前のラーメン屋さんでカレーラーメンを注文。室蘭の新しい名物だそうです。カレースープにラーメンを入れたような代物ですが、予想外にマッチしていました。
駅に戻ると、室蘭行きのキハ150が出て行くところでした。東室蘭~室蘭も電化されていますが、普通列車の大半がキハ150で、このときでさえ711系は朝の2往復のみでした。
東室蘭駅遠景。幾何学的なデザインをした橋上駅舎です。
室蘭方面と長万部方面の線路の間にあるたくさんの側線群は、かつて新日本製鉄の工場に通じていた線路の跡です。ほとんどが使われぬまま赤さびていますが、時折キハ40やキハ150がさみしく停車していたりします。
駅南側にある陸橋から、DF200牽引の貨物列車。
12時40分ごろ、室蘭まで行っていたキハ150が帰ってきました。
かつての繁栄を思わせる12階建ての団地ビル。
東室蘭駅東口から、ホームに戻ります。
次の711系は13時12分発の苫小牧行き437M。特急街道の室蘭本線では、赤い文字の中に埋もれています。
東室蘭は、先ほど書いた貨物線をはさむ形で長万部方面のホームと室蘭方面のホームが分かれています。千葉駅と似たような配線です。
苫小牧方面の列車は室蘭方面側のホームで折り返しますが、まだ711系の姿はありません。
発車10分前になって、ようやく711系がやってきました
113系や475系と同じ湘南顔をもつ711系ですが、豪雪時の視界確保のため上部につけられた二つ目ライトだけが異様な迫力をかもし出しています。
苫小牧の表示もこれが最後。
東室蘭に着いたときに側線(正確には1番線)にいたS-102編成が担当します。
ホームも上屋も昔のまま。ここだけを見ると国鉄時代のようにも思えます。
札幌運転所=札サウ。札サツにならなかったのが不思議です。
現存する711系は全てシングルアームパンタグラフに交換されています。
デッキありの1000mm幅2扉という配置は、急行型そのもの。
行き同様ガラガラの車内。帰りはモハ711-102に乗ることにしました。
[室蘭本線 437M 東室蘭13:12→苫小牧14:14]
北海道で初めて電化が行われたのは、1968年の小樽~滝川間でした。このとき普通列車用として投入されたのが711系です。
711系では、北海道の過酷な冬で使用するためにあらゆる策をとりました。急行型と同じ構造を持たせたのもその一つ。寒気の入る扉は1000mm幅に狭め、車両の両端に配置。窓も二重窓、デッキと客室の間に扉を設けることで、保温性はばっちりでした。
システム面では、国鉄では初めてサイリスタ位相制御を採用して、出来る限り電気回路の接点をなくしました。電動機器をモハ711に集約させたため、1M2Tの構成となりました。極め付けには台車の枕バネにゴムを巻くほどの、徹底的な雪対策が施されたのです。
これらの対策は功を奏し、後に登場する485系1500番台が故障続きだったのに対し、711系は故障するなく代役まで務めることになります。485系以前には急行「さちかぜ」で札幌―旭川136.8kmをノンストップで走行し、表定速度は当時最速だった東北本線の特急「ひばり」に並ぶほどでした。1978年に485系1500番台の代わりとして781系が登場するまで、711系は急行から普通までこなすオールラウンダーだったのです。
1980年、千歳線と室蘭本線の白石~室蘭が電化され、711系が増備されることになりましたが、711系の変圧器にはPCB(ポリ塩化ビニル:711系登場後の1972年に使用禁止)が使用されていたため、PCBなしで17編成が新たに製造されました。これが100番台です。現在残っている711系は全てこの100番代となっています。
711系は急行運用こそ降りたものの普通列車として電化区間全てで働いていましたが、1990年代になり乗客が増えてくると、2扉・デッキ付きの構造が混雑を生む原因となってきました。そこで、クハ711に限って、間にもう一つ扉を増設することになりました(台枠強度の問題でモハ711は2扉のまま)。S-106、S-111、S-115~S-117編成が該当します。冷房化も、2扉編成のうちS-110・114を除く全てで行われ、新車に混じって活躍しました。
しかし、1M車故の加速性の低さと2扉という構造の問題から、札幌地区ではラッシュ時以外見られなくなりました。一方、札幌郊外では過疎化が進み3両では輸送過剰となり、キハ150やキハ40などで気動車化。結果、2012年10月をもって千歳線・室蘭本線からは撤退することになりました。1番最初に撤退する路線が、100番台が投入されるきっかけとなった路線というのは皮肉でしかありません。
本来ならこの時点で廃車が始まってもおかしくなかったのですが、札沼線電化で電車が足りなくなったために、2006年に廃車となったS-112編成を除く100番台車16編成48両がいまだ現役です。しかも、その札沼線には朝だけですが2往復も走っていたりします。
途中幌別ですれ違ったのは、行きで乗ったS-109編成でした。私にとっては、室蘭本線で見た最後の711系同士のすれ違いでした。
《苫小牧 14:14着》
苫小牧に戻ると、キハ183系「北斗14号」が13分遅れでやってくるところでした。
続けざまに下り本線に785系「すずらん5号」がやってきます。「すずらん」は781系の印象が強く、785系にはいつも違和感を覚えます。789系1000番台で来たらもっと驚きますが……
日高線のキハ40。日高線専用塗装をまとったキハ40‐357が先頭です。
2番線には岩見沢方面のキハ40が停車中。同じ室蘭本線でも、幹線格の東室蘭~苫小牧・支線的性格の室蘭~東室蘭・ローカル線の苫小牧~岩見沢で三種三様の顔を持ちます。
乗ってきた711系は、15時10分発の糸井行きになります。
もう少し711系に乗っていたいところですが、時間の都合で手稲行きの721系で札幌に帰りました。
この改正の後733系の増備がとまったので711系も安泰かと思っていましたが、今年(2013年)の9月から再び製造が始まったようです。間違いなく、711系を置き換えに来るでしょう。それまでに、他の路線で活躍する711系に乗りに行きたいところです。
JR北海道の発表によれば、2014年度末(2015年3月)までに711系16本を全て置き換える計画です。
おまけ
苫小牧はほっき(貝)とアイスホッケー(英語の「Hockey」の読み方は「ホキー」「ハキー」が近い)が二大名物。つまり「ホッキ(ー)」……ってやかましいわ!
前回は東室蘭到着で終わっていたので、今回はここから。
東室蘭駅のあるエリアは東町(ひがしちょう)と呼ばれています。室蘭の旧市街地からは離れていますが、室蘭市の低迷とともに国道/JRの幹線沿いにある東町の株が上がってきています。
駅前のラーメン屋さんでカレーラーメンを注文。室蘭の新しい名物だそうです。カレースープにラーメンを入れたような代物ですが、予想外にマッチしていました。
駅に戻ると、室蘭行きのキハ150が出て行くところでした。東室蘭~室蘭も電化されていますが、普通列車の大半がキハ150で、このときでさえ711系は朝の2往復のみでした。
東室蘭駅遠景。幾何学的なデザインをした橋上駅舎です。
室蘭方面と長万部方面の線路の間にあるたくさんの側線群は、かつて新日本製鉄の工場に通じていた線路の跡です。ほとんどが使われぬまま赤さびていますが、時折キハ40やキハ150がさみしく停車していたりします。
駅南側にある陸橋から、DF200牽引の貨物列車。
12時40分ごろ、室蘭まで行っていたキハ150が帰ってきました。
かつての繁栄を思わせる12階建ての団地ビル。
東室蘭駅東口から、ホームに戻ります。
次の711系は13時12分発の苫小牧行き437M。特急街道の室蘭本線では、赤い文字の中に埋もれています。
東室蘭は、先ほど書いた貨物線をはさむ形で長万部方面のホームと室蘭方面のホームが分かれています。千葉駅と似たような配線です。
苫小牧方面の列車は室蘭方面側のホームで折り返しますが、まだ711系の姿はありません。
発車10分前になって、ようやく711系がやってきました
113系や475系と同じ湘南顔をもつ711系ですが、豪雪時の視界確保のため上部につけられた二つ目ライトだけが異様な迫力をかもし出しています。
苫小牧の表示もこれが最後。
東室蘭に着いたときに側線(正確には1番線)にいたS-102編成が担当します。
ホームも上屋も昔のまま。ここだけを見ると国鉄時代のようにも思えます。
札幌運転所=札サウ。札サツにならなかったのが不思議です。
現存する711系は全てシングルアームパンタグラフに交換されています。
デッキありの1000mm幅2扉という配置は、急行型そのもの。
行き同様ガラガラの車内。帰りはモハ711-102に乗ることにしました。
[室蘭本線 437M 東室蘭13:12→苫小牧14:14]
北海道で初めて電化が行われたのは、1968年の小樽~滝川間でした。このとき普通列車用として投入されたのが711系です。
711系では、北海道の過酷な冬で使用するためにあらゆる策をとりました。急行型と同じ構造を持たせたのもその一つ。寒気の入る扉は1000mm幅に狭め、車両の両端に配置。窓も二重窓、デッキと客室の間に扉を設けることで、保温性はばっちりでした。
システム面では、国鉄では初めてサイリスタ位相制御を採用して、出来る限り電気回路の接点をなくしました。電動機器をモハ711に集約させたため、1M2Tの構成となりました。極め付けには台車の枕バネにゴムを巻くほどの、徹底的な雪対策が施されたのです。
これらの対策は功を奏し、後に登場する485系1500番台が故障続きだったのに対し、711系は故障するなく代役まで務めることになります。485系以前には急行「さちかぜ」で札幌―旭川136.8kmをノンストップで走行し、表定速度は当時最速だった東北本線の特急「ひばり」に並ぶほどでした。1978年に485系1500番台の代わりとして781系が登場するまで、711系は急行から普通までこなすオールラウンダーだったのです。
1980年、千歳線と室蘭本線の白石~室蘭が電化され、711系が増備されることになりましたが、711系の変圧器にはPCB(ポリ塩化ビニル:711系登場後の1972年に使用禁止)が使用されていたため、PCBなしで17編成が新たに製造されました。これが100番台です。現在残っている711系は全てこの100番代となっています。
711系は急行運用こそ降りたものの普通列車として電化区間全てで働いていましたが、1990年代になり乗客が増えてくると、2扉・デッキ付きの構造が混雑を生む原因となってきました。そこで、クハ711に限って、間にもう一つ扉を増設することになりました(台枠強度の問題でモハ711は2扉のまま)。S-106、S-111、S-115~S-117編成が該当します。冷房化も、2扉編成のうちS-110・114を除く全てで行われ、新車に混じって活躍しました。
しかし、1M車故の加速性の低さと2扉という構造の問題から、札幌地区ではラッシュ時以外見られなくなりました。一方、札幌郊外では過疎化が進み3両では輸送過剰となり、キハ150やキハ40などで気動車化。結果、2012年10月をもって千歳線・室蘭本線からは撤退することになりました。1番最初に撤退する路線が、100番台が投入されるきっかけとなった路線というのは皮肉でしかありません。
本来ならこの時点で廃車が始まってもおかしくなかったのですが、札沼線電化で電車が足りなくなったために、2006年に廃車となったS-112編成を除く100番台車16編成48両がいまだ現役です。しかも、その札沼線には朝だけですが2往復も走っていたりします。
途中幌別ですれ違ったのは、行きで乗ったS-109編成でした。私にとっては、室蘭本線で見た最後の711系同士のすれ違いでした。
《苫小牧 14:14着》
苫小牧に戻ると、キハ183系「北斗14号」が13分遅れでやってくるところでした。
続けざまに下り本線に785系「すずらん5号」がやってきます。「すずらん」は781系の印象が強く、785系にはいつも違和感を覚えます。789系1000番台で来たらもっと驚きますが……
日高線のキハ40。日高線専用塗装をまとったキハ40‐357が先頭です。
2番線には岩見沢方面のキハ40が停車中。同じ室蘭本線でも、幹線格の東室蘭~苫小牧・支線的性格の室蘭~東室蘭・ローカル線の苫小牧~岩見沢で三種三様の顔を持ちます。
乗ってきた711系は、15時10分発の糸井行きになります。
もう少し711系に乗っていたいところですが、時間の都合で手稲行きの721系で札幌に帰りました。
この改正の後733系の増備がとまったので711系も安泰かと思っていましたが、今年(2013年)の9月から再び製造が始まったようです。間違いなく、711系を置き換えに来るでしょう。それまでに、他の路線で活躍する711系に乗りに行きたいところです。
JR北海道の発表によれば、2014年度末(2015年3月)までに711系16本を全て置き換える計画です。
おまけ
苫小牧はほっき(貝)とアイスホッケー(英語の「Hockey」の読み方は「ホキー」「ハキー」が近い)が二大名物。つまり「ホッキ(ー)」……ってやかましいわ!
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