先週のトップ画面に、こんな写真を載せました。
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受験と300系のコラボ。
あ、でも、受験をさぼったわけではありません。ちゃんと受けてきましたからね。
というわけで、今回はこの写真に至るまでの道のりを載せていきたいと思います。
――2012年2月23日(木)――
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前期試験を二日後に控えたこの日。静岡駅に来ていました。いよいよ前期試験を受けに東京に向けて出発します。
前日出発でも間に合うのですが、余裕を見て一日早く着いて、最後の一日を勉強に充てる考えでした。
……え? そこは在来線の改札口だって? 何を馬鹿なことを。
東京ぐらい鈍行でいくに決まってるじゃないですか。
ただでさえ静岡→東京は3260円(180.2km)。180kmから値が上がるので、この0.2kmのせいで320円も多くかかります。新幹線を使ったら、自由席でも+2410円。片道だけで6000円近くになってしまいます。
それならバスでいいじゃない……という声も聞こえてきそうです。静岡から東京までは、しずてつジャストラインとJRが全く別の路線を走らせていて、合わせると一日15本以上という高頻度で運行されています。どちらも3000円を切り、ネットで買えば2500円程度に抑えることができます。唯一の難点は、東京駅ではなく新宿に行ってしまうところでしょうか。ちなみに、私の実家が、しずてつジャストラインの「駿府ライナー」のバス停から徒歩2分のところにあります。
まあ、今回は『途中』の関係で利用しませんでしたが。
[種別:普通 東海道本線 444M 浜松15:10→熱海17:42]
《静岡16:29発》
昼間は浜松発興津行と島田発熱海行が交互に走っていますが、夕方になるとこの444Mのようなロングラン列車が生まれます。中には豊橋から熱海まで静岡県を横断しきるつわものも。
「ロング地獄」と名のつくほどロングシートだらけの静岡ですが、一番厄介なのはトイレがついていない211系5000番台。豊橋発熱海行に211系5000番台が充てられた日には、三時間近くトイレを我慢する羽目になります。私も豊橋から静岡までトイレを我慢したことがあります。最近はトイレのある313系とセットにされることが多いのでトイレに困ることは減りましたが……
丹那トンネルを無事に抜け、熱海に到着、すぐに東京行に乗り換えます。
[種別:普通 東海道本線 922M 熱海17:48→東京19:39]
《熱海17:48発》
ここからはクロスシート付きのE231系。始発駅なのでばっちり確保しました。静岡から東京までは鈍行でも乗り換え1回(多くても2回)、所要時間も3時間ほどと、さほど悪くありません。というか、運賃とほぼ同額をむしり取る新幹線が悪いんです。おかげで東京と静岡を何度鈍行で往復したことか。
上りなのでラッシュもさほどありません。このままのんびり東京まで……
行くならよかったんですけどね。
《小田原18:10着》
静岡から約一時間半で小田原に到着。新幹線・JR・小田急・箱根登山鉄道・伊豆箱根鉄道大雄山線が集う、神奈川西部の一大ターミナルです。観光地・箱根の麓に位置し、箱根観光の出発点ともいえる駅です。
ここでJRの改札を出て、ターミナルにふさわしい巨大な橋上駅舎を歩きます。新幹線乗り場との中間にあるのが、小田急の乗り場です。
そう、わざわざJRでやってきたのは、小田急に乗るためだったのです。
新宿~小田原を結ぶ小田急は、JRとは全く違うルートで東京を目指します。せっかく東京へ行くことだし、どうせ運賃も変わらないし(※)。
(※…静岡~東京3260円>静岡~小田原1620円+小田原~新宿870円:先程も書いた通り、静岡が運賃の変わり目のすぐ外側にあるせいで、こういう現象がよくおこる)
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切欠きホームには、箱根湯本行の列車が停まっていました。車体が赤いのは、箱根登山鉄道の「ベルニナ号」を模したもの。小田原から箱根湯本を通って強羅までを結ぶ箱根登山鉄道は、小田急の子会社。この内小田原~箱根湯本間は、会社こそ箱根登山鉄道ですが、最近までは小田急と箱根登山鉄道双方の車両が走っていました。しかし、現在は小田急社の見の運転になり、『箱根登山鉄道の路線なのに箱根登山鉄道の車両(※)が走らない』不思議な路線となっています。
(※…厳密には営業車両。途中の風祭にある車庫に回送列車が出入りする)
まあ、今回は新宿に向かうわけだからどうでもいいですよね。
それでは小田急に乗って向かいますか――
――西に。
[種別:各停 箱根登山鉄道 7299 小田原18:32→箱根湯本18:49]
騙してごめんなさい。次の列車はこの赤いベルニナ色の1000形です。新宿と真反対の方向、箱根の玄関こと箱根湯本に向かいます。こらそこ! 『お前受験する気あるの?』とか言わない!
《箱根湯本18:49着》
小田原~箱根湯本は各駅停車とロマンスカーのみですが、ロマンスカーが1時間に1~2本、各駅停車が3~4本と、単線の路線にしてはかなりの高密度運転です。
ひたすら続く上り坂とカーブを越えて、15分ほどで箱根湯本に到着です。
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後続の普通は8000形。
いくら有名観光地とはいえ、閑散期の19時ともなれば辺りは静まり返っています。改札口を出てもやっている店はほんの数軒。駅前通りはシャッターが下り、まるで廃村にきたかのような錯覚すら覚えます。小田急でやってきた乗客も、駅前に待機していたタクシーに拾われてあっという間に姿を消してしまいます。箱根湯本駅が湯元温泉の一番麓にあるため、多くのホテルは徒歩20分以上の距離にあります。
が、生憎私の目的は温泉なんかではありません。
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青色の確定の文字に混ざって表示される赤色の列車――19:23発・新宿行き、はこね44号。小田急の代名詞ともいえるロマンスカーです。このために――このためだけに――私は箱根湯本までやってきたのでした。
とはいえ、いくら鉄道好きを豪語する私でも、大事を控えているときには鉄道を控えます。ロマンスカーは乗りに行こうと思えばすぐ乗れますし、静岡と東京を往復することも多いのでチャンスはいくらでもあります。わざわざ受験前にロマンスカーに乗りに行く理由は、普通ならありません。
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しかし、それが3月を持って引退となると話は別です。
19時12分、箱根湯本駅1番線に赤い列車が入線します。車両は『HiSE』こと10000形です。
受験前に箱根までやってきた理由は、この10000形に乗るためでした。
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1987年に登場した10000形は、それまでのロマンスカーの流れを受け継ぎながらも時代にあった車両として、床をかさ上げするハイデッカー構造(この『ハイ』が『HiSE』=『High Super Express』の由来の一つ)を採用し、それまでの3000形(『SE』)を小田急線から追い出しました。
その後、ロマンスカーの二大特徴である「前面展望」「連接構造」をもつ車両として、小田急ロマンスカーの先頭にいた10000形でしたが、皮肉にもハイデッカー構造のためバリアフリーに対応できず、2012年3月を持って引退することになってしまいました。
そうでなくとも経年のために、現在の主力・『VSE』こと50000形が出た時点で4編成から2編成に減らされた10000形ですが、まさか先輩の『LSE』7000形よりも早く引退するとは誰が思ったことでしょう。ちなみに、7000形は2013年の現在でも2編成が運行しています。
最後の1編成となった10001編成には、時を同じくして引退する『RSE』20000形と、小田急顔の生き残り5000形とあわせて、『THE LAST RUNNING』のマークが付けられました。
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ホームと10000形。一両当たりの長さが短いのがよくわかります。11両編成で、20メートル級車両(小田急ボギー車の標準)に直すと10両分の長さです。
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先頭を撮ろうと思ったら、ホームの長さがギリギリなためできませんでした。
ロマンスカーは全席指定です。もちろん、特急券は確保してあります。
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一番ど真ん前です。
ロマンスカーの中でも取りにくいといわれる展望席。その最前列を既に確保してありました。
HiSEは運転台が2階にあるため、1階の最前列は障害もなくパノラマを楽しむことができます。さらに、通常の床がハイデッカーなため、先頭の4列がひな壇状に並んでいて、2列目以降でもある程度は前面展望を拝めます。
とはいえ、一番視野の広く取れる最前列が人気になるのは自明の理。展望席だけが満席なることも少なくありません。
さらに、この時点で10000形は1編成となっていたので、その難易度はさらに上昇していました。
実を言うと、24日(金)に乗る予定だったのですが、予約をした時点で24日の展望席はほぼ全滅。23日も日中は先頭を確保できませんでした。何とか最前列を取れたのが、この「はこね44号」だったというわけです。どっちも平日なのに……
10000形に乗って新宿を目指します。
[種別:ロマンスカー 箱根登山鉄道・小田急 0244 はこね44号 箱根湯本19:23→新宿20:56]
《箱根湯本19:23発》
9M2Tと電動車が多い構成のためなのか、箱根湯本発車は急加速から始まりました。思わずよろけそうになったほどです。
ここから小田原まではずっと下りが続きます。
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風祭で赤い1000形とすれ違います。
《小田原19:40着》
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15分ほどで小田原に到着。10000形はここからロマンスカーの本気の走りを見せます。
《小田原19:42発》
JRと離れる辺りから10000形は急加速。100キロ近いスピードで走ります。途中駅は6両分しかホームがないため、駅の明かりがあっという間に通り過ぎていきます。
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スピード感を堪能しつつ、箱根湯本に向かう前に小田原で買っておいた『鯵の押し鮨』を広げます。夜間の全力疾走を楽しみながらのご飯、とってもおいしいです。
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新松田を出ると、小田急屈指の山岳区間に入ります。カーブが連続し、『あれ? 小田急に乗ってるんだよね?』とさえ思えてしまう景色が広がります。静岡でいうと由比~興津のような感じです。
秦野トンネルを抜けると山地の印象は抜け、畑とマンションが入り混じる、東京近郊らしい車窓になります。
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本厚木。「はこね」は小田原から新宿までほとんど止まらない速達タイプと、主要駅にこまめに停まる鈍行タイプの2種類があり、「はこね44号」は後者です。
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あっという間に町田に到着。
次の向ヶ丘遊園に着くまでに、車内を探検することにしました。
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10000形のドア。入口の3段のステップが、10000形の寿命を縮めることとなりました。
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3・9号車に付いている喫茶カウンター。この時は夜間のため営業していませんでした。一時は衰退傾向にあった車内販売は、VSE登場以降元の隆盛を取り戻しつつあります。
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栄光の車番『10001』。箱根湯本側の先頭車です。
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展望席の様子。先頭だけが満席という分かりやすい構図です。
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《向ヶ丘遊園20:39発》
向ヶ丘遊園発車までに座席に戻ってきました。
ここからが小田急の真骨頂。梅ヶ丘まで続く複々線区間を駆け抜けます。
それでは、夜の闇を走る10000形の前面展望をお楽しみください。
写真がぶれているのは気にしない方向で。
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持ち前の機動力でぐいぐい坂を上り、高架の登戸を通過。
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各駅停車を余裕で追い越します。
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いつまで続くかと思われた複々線も梅ヶ丘で途絶え、複線区間に戻ります。同時に「はこね44号」も減速。どうやら前方が詰まっているようです。
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梅ヶ丘~代々木上原(当時・現在は東北沢~代々木上原は複々線化完了)は待避設備がなく、ダイヤ上のネックになっていました。しかし、この区間、特に下北沢近辺は住宅地が近すぎて線路を引くことができず、最終的に上下二層の地下線になることが決定しました。そして、2013年3月23日から世田谷代田、下北沢、東北沢の3駅が地下線化。上の写真にある下北沢駅の地上線も、もう列車が走ることはなくなります。
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東北沢からは元のスピードを取り戻し、地下鉄千代田線を分ける代々木上原を通過。直進すれば原宿に至りますが、小田急線はこの先で左に大きくカーブします。
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カーブの途中にある代々木八幡駅。
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奥に新宿の摩天楼の姿が浮かび上がってきたら、ロマンスカーの旅路もまもなく終わりです。
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新宿1号踏切を通過。都心に残る踏切として有名な場所です。
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10000形は優等列車専用になっている地上ホームへ進入します(各駅停車系は地下)。
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ホームを苦心して延長したことがうかがえるS字カーブを慎重に進みます。
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あの突き当たりが「はこね44号」の終着点です。
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《新宿20:56》
下北沢の低速運転にもかかわらず、「はこね44号」はほぼ定刻で新宿に到着しました。こちらにカメラを向ける人が何人か見えます。
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お世話になった座席を一枚。
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新宿に着いた10000形。
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側面に小田急のロゴが入ります。
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私はここで降りますが、10000形の仕事はここで終わりません。この後21:15発のホームウェイ75号として、帰宅する人たちを多摩線の唐木田まで送り届けるのです。唐木田には留置線があり、車庫に送る回送列車に客を乗せ始めたのがホームウェイ号の始まりです。
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先頭の10001形。展望席の構造がよくわかります。
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21時15分。10000形『HiSE』は警笛を鳴らし、唐木田に向けて発車したのでした。
ちなみに、この時私の背後に同業者がいたことを付け加えておきます。
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小田急の駅を出て、丸の内線の駅を目指します。難攻不落のダンジョンとして伝説の駅となった新宿ですが、小田急と東京メトロは一旦地上(西口)に出て歩道沿いに歩けばいいだけなので、乗り換えは非常に楽です。これで地下通路を使った日には、迷宮の中に閉じ込められてしまうでしょう。私も過去に1時間迷いました。あんな体験はもうこりごりです。
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02系で本日のホテルのある淡路町へ。着いた時には22時を越えていました。さすがにそこから勉強する気にはならず、荷物を降ろすなりベッドに飛び込んだのでした。
続く!
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受験と300系のコラボ。
あ、でも、受験をさぼったわけではありません。ちゃんと受けてきましたからね。
というわけで、今回はこの写真に至るまでの道のりを載せていきたいと思います。
――2012年2月23日(木)――
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前期試験を二日後に控えたこの日。静岡駅に来ていました。いよいよ前期試験を受けに東京に向けて出発します。
前日出発でも間に合うのですが、余裕を見て一日早く着いて、最後の一日を勉強に充てる考えでした。
……え? そこは在来線の改札口だって? 何を馬鹿なことを。
東京ぐらい鈍行でいくに決まってるじゃないですか。
ただでさえ静岡→東京は3260円(180.2km)。180kmから値が上がるので、この0.2kmのせいで320円も多くかかります。新幹線を使ったら、自由席でも+2410円。片道だけで6000円近くになってしまいます。
それならバスでいいじゃない……という声も聞こえてきそうです。静岡から東京までは、しずてつジャストラインとJRが全く別の路線を走らせていて、合わせると一日15本以上という高頻度で運行されています。どちらも3000円を切り、ネットで買えば2500円程度に抑えることができます。唯一の難点は、東京駅ではなく新宿に行ってしまうところでしょうか。ちなみに、私の実家が、しずてつジャストラインの「駿府ライナー」のバス停から徒歩2分のところにあります。
まあ、今回は『途中』の関係で利用しませんでしたが。
[種別:普通 東海道本線 444M 浜松15:10→熱海17:42]
《静岡16:29発》
昼間は浜松発興津行と島田発熱海行が交互に走っていますが、夕方になるとこの444Mのようなロングラン列車が生まれます。中には豊橋から熱海まで静岡県を横断しきるつわものも。
「ロング地獄」と名のつくほどロングシートだらけの静岡ですが、一番厄介なのはトイレがついていない211系5000番台。豊橋発熱海行に211系5000番台が充てられた日には、三時間近くトイレを我慢する羽目になります。私も豊橋から静岡までトイレを我慢したことがあります。最近はトイレのある313系とセットにされることが多いのでトイレに困ることは減りましたが……
丹那トンネルを無事に抜け、熱海に到着、すぐに東京行に乗り換えます。
[種別:普通 東海道本線 922M 熱海17:48→東京19:39]
《熱海17:48発》
ここからはクロスシート付きのE231系。始発駅なのでばっちり確保しました。静岡から東京までは鈍行でも乗り換え1回(多くても2回)、所要時間も3時間ほどと、さほど悪くありません。というか、運賃とほぼ同額をむしり取る新幹線が悪いんです。おかげで東京と静岡を何度鈍行で往復したことか。
上りなのでラッシュもさほどありません。このままのんびり東京まで……
行くならよかったんですけどね。
《小田原18:10着》
静岡から約一時間半で小田原に到着。新幹線・JR・小田急・箱根登山鉄道・伊豆箱根鉄道大雄山線が集う、神奈川西部の一大ターミナルです。観光地・箱根の麓に位置し、箱根観光の出発点ともいえる駅です。
ここでJRの改札を出て、ターミナルにふさわしい巨大な橋上駅舎を歩きます。新幹線乗り場との中間にあるのが、小田急の乗り場です。
そう、わざわざJRでやってきたのは、小田急に乗るためだったのです。
新宿~小田原を結ぶ小田急は、JRとは全く違うルートで東京を目指します。せっかく東京へ行くことだし、どうせ運賃も変わらないし(※)。
(※…静岡~東京3260円>静岡~小田原1620円+小田原~新宿870円:先程も書いた通り、静岡が運賃の変わり目のすぐ外側にあるせいで、こういう現象がよくおこる)
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切欠きホームには、箱根湯本行の列車が停まっていました。車体が赤いのは、箱根登山鉄道の「ベルニナ号」を模したもの。小田原から箱根湯本を通って強羅までを結ぶ箱根登山鉄道は、小田急の子会社。この内小田原~箱根湯本間は、会社こそ箱根登山鉄道ですが、最近までは小田急と箱根登山鉄道双方の車両が走っていました。しかし、現在は小田急社の見の運転になり、『箱根登山鉄道の路線なのに箱根登山鉄道の車両(※)が走らない』不思議な路線となっています。
(※…厳密には営業車両。途中の風祭にある車庫に回送列車が出入りする)
まあ、今回は新宿に向かうわけだからどうでもいいですよね。
それでは小田急に乗って向かいますか――
――西に。
[種別:各停 箱根登山鉄道 7299 小田原18:32→箱根湯本18:49]
騙してごめんなさい。次の列車はこの赤いベルニナ色の1000形です。新宿と真反対の方向、箱根の玄関こと箱根湯本に向かいます。こらそこ! 『お前受験する気あるの?』とか言わない!
《箱根湯本18:49着》
小田原~箱根湯本は各駅停車とロマンスカーのみですが、ロマンスカーが1時間に1~2本、各駅停車が3~4本と、単線の路線にしてはかなりの高密度運転です。
ひたすら続く上り坂とカーブを越えて、15分ほどで箱根湯本に到着です。
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後続の普通は8000形。
いくら有名観光地とはいえ、閑散期の19時ともなれば辺りは静まり返っています。改札口を出てもやっている店はほんの数軒。駅前通りはシャッターが下り、まるで廃村にきたかのような錯覚すら覚えます。小田急でやってきた乗客も、駅前に待機していたタクシーに拾われてあっという間に姿を消してしまいます。箱根湯本駅が湯元温泉の一番麓にあるため、多くのホテルは徒歩20分以上の距離にあります。
が、生憎私の目的は温泉なんかではありません。
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青色の確定の文字に混ざって表示される赤色の列車――19:23発・新宿行き、はこね44号。小田急の代名詞ともいえるロマンスカーです。このために――このためだけに――私は箱根湯本までやってきたのでした。
とはいえ、いくら鉄道好きを豪語する私でも、大事を控えているときには鉄道を控えます。ロマンスカーは乗りに行こうと思えばすぐ乗れますし、静岡と東京を往復することも多いのでチャンスはいくらでもあります。わざわざ受験前にロマンスカーに乗りに行く理由は、普通ならありません。
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しかし、それが3月を持って引退となると話は別です。
19時12分、箱根湯本駅1番線に赤い列車が入線します。車両は『HiSE』こと10000形です。
受験前に箱根までやってきた理由は、この10000形に乗るためでした。
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1987年に登場した10000形は、それまでのロマンスカーの流れを受け継ぎながらも時代にあった車両として、床をかさ上げするハイデッカー構造(この『ハイ』が『HiSE』=『High Super Express』の由来の一つ)を採用し、それまでの3000形(『SE』)を小田急線から追い出しました。
その後、ロマンスカーの二大特徴である「前面展望」「連接構造」をもつ車両として、小田急ロマンスカーの先頭にいた10000形でしたが、皮肉にもハイデッカー構造のためバリアフリーに対応できず、2012年3月を持って引退することになってしまいました。
そうでなくとも経年のために、現在の主力・『VSE』こと50000形が出た時点で4編成から2編成に減らされた10000形ですが、まさか先輩の『LSE』7000形よりも早く引退するとは誰が思ったことでしょう。ちなみに、7000形は2013年の現在でも2編成が運行しています。
最後の1編成となった10001編成には、時を同じくして引退する『RSE』20000形と、小田急顔の生き残り5000形とあわせて、『THE LAST RUNNING』のマークが付けられました。
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ホームと10000形。一両当たりの長さが短いのがよくわかります。11両編成で、20メートル級車両(小田急ボギー車の標準)に直すと10両分の長さです。
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先頭を撮ろうと思ったら、ホームの長さがギリギリなためできませんでした。
ロマンスカーは全席指定です。もちろん、特急券は確保してあります。
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一番ど真ん前です。
ロマンスカーの中でも取りにくいといわれる展望席。その最前列を既に確保してありました。
HiSEは運転台が2階にあるため、1階の最前列は障害もなくパノラマを楽しむことができます。さらに、通常の床がハイデッカーなため、先頭の4列がひな壇状に並んでいて、2列目以降でもある程度は前面展望を拝めます。
とはいえ、一番視野の広く取れる最前列が人気になるのは自明の理。展望席だけが満席なることも少なくありません。
さらに、この時点で10000形は1編成となっていたので、その難易度はさらに上昇していました。
実を言うと、24日(金)に乗る予定だったのですが、予約をした時点で24日の展望席はほぼ全滅。23日も日中は先頭を確保できませんでした。何とか最前列を取れたのが、この「はこね44号」だったというわけです。どっちも平日なのに……
10000形に乗って新宿を目指します。
[種別:ロマンスカー 箱根登山鉄道・小田急 0244 はこね44号 箱根湯本19:23→新宿20:56]
《箱根湯本19:23発》
9M2Tと電動車が多い構成のためなのか、箱根湯本発車は急加速から始まりました。思わずよろけそうになったほどです。
ここから小田原まではずっと下りが続きます。
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風祭で赤い1000形とすれ違います。
《小田原19:40着》
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15分ほどで小田原に到着。10000形はここからロマンスカーの本気の走りを見せます。
《小田原19:42発》
JRと離れる辺りから10000形は急加速。100キロ近いスピードで走ります。途中駅は6両分しかホームがないため、駅の明かりがあっという間に通り過ぎていきます。
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スピード感を堪能しつつ、箱根湯本に向かう前に小田原で買っておいた『鯵の押し鮨』を広げます。夜間の全力疾走を楽しみながらのご飯、とってもおいしいです。
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新松田を出ると、小田急屈指の山岳区間に入ります。カーブが連続し、『あれ? 小田急に乗ってるんだよね?』とさえ思えてしまう景色が広がります。静岡でいうと由比~興津のような感じです。
秦野トンネルを抜けると山地の印象は抜け、畑とマンションが入り混じる、東京近郊らしい車窓になります。
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本厚木。「はこね」は小田原から新宿までほとんど止まらない速達タイプと、主要駅にこまめに停まる鈍行タイプの2種類があり、「はこね44号」は後者です。
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あっという間に町田に到着。
次の向ヶ丘遊園に着くまでに、車内を探検することにしました。
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10000形のドア。入口の3段のステップが、10000形の寿命を縮めることとなりました。
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3・9号車に付いている喫茶カウンター。この時は夜間のため営業していませんでした。一時は衰退傾向にあった車内販売は、VSE登場以降元の隆盛を取り戻しつつあります。
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栄光の車番『10001』。箱根湯本側の先頭車です。
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展望席の様子。先頭だけが満席という分かりやすい構図です。
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《向ヶ丘遊園20:39発》
向ヶ丘遊園発車までに座席に戻ってきました。
ここからが小田急の真骨頂。梅ヶ丘まで続く複々線区間を駆け抜けます。
それでは、夜の闇を走る10000形の前面展望をお楽しみください。
写真がぶれているのは気にしない方向で。
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持ち前の機動力でぐいぐい坂を上り、高架の登戸を通過。
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各駅停車を余裕で追い越します。
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いつまで続くかと思われた複々線も梅ヶ丘で途絶え、複線区間に戻ります。同時に「はこね44号」も減速。どうやら前方が詰まっているようです。
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梅ヶ丘~代々木上原(当時・現在は東北沢~代々木上原は複々線化完了)は待避設備がなく、ダイヤ上のネックになっていました。しかし、この区間、特に下北沢近辺は住宅地が近すぎて線路を引くことができず、最終的に上下二層の地下線になることが決定しました。そして、2013年3月23日から世田谷代田、下北沢、東北沢の3駅が地下線化。上の写真にある下北沢駅の地上線も、もう列車が走ることはなくなります。
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東北沢からは元のスピードを取り戻し、地下鉄千代田線を分ける代々木上原を通過。直進すれば原宿に至りますが、小田急線はこの先で左に大きくカーブします。
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カーブの途中にある代々木八幡駅。
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奥に新宿の摩天楼の姿が浮かび上がってきたら、ロマンスカーの旅路もまもなく終わりです。
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新宿1号踏切を通過。都心に残る踏切として有名な場所です。
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10000形は優等列車専用になっている地上ホームへ進入します(各駅停車系は地下)。
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ホームを苦心して延長したことがうかがえるS字カーブを慎重に進みます。
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あの突き当たりが「はこね44号」の終着点です。
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《新宿20:56》
下北沢の低速運転にもかかわらず、「はこね44号」はほぼ定刻で新宿に到着しました。こちらにカメラを向ける人が何人か見えます。
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お世話になった座席を一枚。
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新宿に着いた10000形。
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側面に小田急のロゴが入ります。
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私はここで降りますが、10000形の仕事はここで終わりません。この後21:15発のホームウェイ75号として、帰宅する人たちを多摩線の唐木田まで送り届けるのです。唐木田には留置線があり、車庫に送る回送列車に客を乗せ始めたのがホームウェイ号の始まりです。
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先頭の10001形。展望席の構造がよくわかります。
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21時15分。10000形『HiSE』は警笛を鳴らし、唐木田に向けて発車したのでした。
ちなみに、この時私の背後に同業者がいたことを付け加えておきます。
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小田急の駅を出て、丸の内線の駅を目指します。難攻不落のダンジョンとして伝説の駅となった新宿ですが、小田急と東京メトロは一旦地上(西口)に出て歩道沿いに歩けばいいだけなので、乗り換えは非常に楽です。これで地下通路を使った日には、迷宮の中に閉じ込められてしまうでしょう。私も過去に1時間迷いました。あんな体験はもうこりごりです。
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02系で本日のホテルのある淡路町へ。着いた時には22時を越えていました。さすがにそこから勉強する気にはならず、荷物を降ろすなりベッドに飛び込んだのでした。
続く!
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