第9章 全国遺跡の行脚
1.マンロー史観の確認
「先史時代の日本」を書き上げたあと、関東大震災でほぼすべての財産を失うまでの生活は、考古学の現場を巡る旅の歴史でした。
それは彼の先史学の骨組み、すなわち基層としての縄文史(マンローの思いとしてはアイヌ史)→弥生史(思いとしては青銅史)→古墳史(思いとしては鉄器史)の三層構造を確認する作業の時代でした。
私は、その象徴が南九州における縄文遺跡の発掘だったと思います。
マンローは、沖縄も含む九州全土の先住民はアイヌであると主張しました。
アイヌは後から来た大和民族に追われ、周辺地に居住するようになりました。それが九州ではツチグモと呼ばれるようになったと考えました。また熊襲や隼人にも先住民族として関心を寄せました。
また大和民族の象徴として中間土器(弥生土器)を特徴づけ、先住民(縄文人)と対比する考えを示しました。
今日では、南九州縄文文化の先駆性について疑うものはいませんが、マンローがその先にアイヌともつながる人類学的特質を見抜いたのは、慧眼としか言いようがありません。
2.マンローの医学論文
普通は、この歳になって、研究も集大成され、内外に多くの知己を得、医業もそれなりに軌道に乗って落ち着いていくものですが、このひとの熱中ぶりは収まりません。
本を自費出版すると、今度はそれを売り込みに故郷イギリスへと旅立ちます。
直接の目的は、取りそこねたままの博士号を取ることでした。博士号がなくても医業につくことはできるのですが、本を出版するにあたって著者名の肩がMDなのとMBでは収まり具合が違う。
それだけではなくイギリスの考古学や人類学の当時の到達水準を肌身で感じたいというのは、当然あったのだと思います。
受験にあたってマンローが用意したのは「日本人のがん」というレビュー論文でした。彼は当時の日本の官庁統計や医学雑誌をもとに、類を見ない水準の論文を書き上げました。
私見ですが、この論文は乏しい資料から巧妙な方法で日本の疾病構造の特徴をつまみ出しています。
都市と地方の死因統計を比べることで医学水準をふくめた文化比較をして、がんの増加傾向を確認します。
これが議論の主筋ですが、マンローは結核死の急増にも注意をはらっています。
大変志の高い論文であると同時に、ちょっと言い過ぎるマンローの性格も垣間見えます。
3.離婚、そして三度目の結婚
マンロ-はエジンバラ大学で口頭試問を受け、めでたく合格します。その後も家に居るわけでも日本に変えるわけでもなく、ロンドン、パリ、ベルリンと第一次世界大戦直前の欧州を漫遊し、1年後に横浜に戻ります。
このとき女性を連れて帰ってきたので、トクさんは即刻離縁します。
マンローはまもなく女性に愛想尽かししてフランスに帰してしまい、その後は独り身になります。
その後の暮らしはしばらくよくわかりませんが、横浜市内を頻回に引っ越していたという話もあります。ただすでに膨大な資料を抱えていたはずなので、事の真偽は不明です。
何年か後に50をとうに超えてからスイス人令嬢と三度目の結婚をします。
この女性は横浜でも指折りの貿易商の娘で、母は日本人。当時としてはちょっとゆき遅れ、18も年上のマンローに相当入れ込んだようです。
私はこういう話は苦手なので、興味のある方は桑原さんの本をお読みください。ただ相当バイアスがかかっていることは覚悟しておいたほうが良いでしょう。
4.3年間の調査旅行の残したもの
モンローは新しい妻とともに3年間の新婚旅行に出ました。沖縄、南九州、そして北海道と3年にわたる発掘の旅。それが新婚旅行だったのです。
この「とんでもない旅行」の内容を伝える資料はあまり多くありません。また発掘資料は報告はそのほとんどが関東大震災のときに屋敷もろとも灰となりました。
最近になって鹿児島でも先駆者としてのマンローの功績が見直されているようですが、一時は発掘した場所(石郷遺跡と柊原貝塚)さえ分からなくなるほど、忘れられた存在でした。その内容と意義についての研究はこれからの課題だと思います。
木へんに冬はヒイラギのはずだが当地では「クヌギ」と読む。 原は「 バル」なので「くぬぎばる貝塚」が現地名である。(垂水市の史跡)
木へんに冬はヒイラギのはずだが当地では「クヌギ」と読む。 原は「
1913年のことです。現在は石郷遺跡に石碑が建てられ、碑文にはこう書かれています。
大正4年英人マンロー、此地ヲ発掘調査シ学界ニ発表ス。當時斯種土器ハ,所謂アイヌ式ト称セラレ,九州地方ニ於ケル最初ノ発見地ナリ。
マンローは土器の文様を主要な根拠にし、沖縄も含む九州全土の先住民はアイヌであると主張。その面影をもとめ、鹿児島まで至ったのです。ここにマンローの思いの焦点があります。彼が追ったのはいまで言えば縄文人であり、まさにそこにマンローの先見性があるのです。
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