前回のブログ!「京に!生まれ育ちて74年・・・蹴上インクライン!初めての歩行587m」の続きです
琵琶湖疎水記念館の入り口からのスタートです、、この写真はネットから拝借致しました
ここが入口です・・
この入り口の前には「ペルトン式水車」と「スタンレー式発動機」が展示されています
中へ入ると、大パノラマが展示されててこの下の線路がインクライン市電の鴨東線が走ってたんですね
蹴上インクライン!の模型がこちら・・・587mを上がって行きます出発です
前回の蹴上インクライン!の写真を参考に照らし合わせて下さったら、上り下りの運行がよくわかります
さて、タイトルにあった西郷隆盛の長男・西郷菊次郎が登場しますよ・・・京都の初代市長さんなんですね~
いや~こんな処で、西郷さんの長男・菊次郎京都初代市長にお目に掛かれるとは
この西郷菊次郎は西郷隆盛が奄美大島に流罪になった時に、地元の娘・愛加那と結婚し、その長男です
奄美大島で生まれた菊次郎が、何故京都の初代市長になったのか不思議ですね~
西郷隆盛と京都は深いかかわりがあります、清水寺の成就院の住職・月照とは子弟?の関係
安政の大獄でブラックリストの一番に上がった月照を連れて鹿児島に逃げ・・錦江湾で入水自殺を慣行
結局、かなづちだった西郷が助かり、月照は亡くなってしまいます・・・
この後、島津久光の逆鱗に触れて・・・奄美大島に流されるのです
成就院の前の高台に西郷が月照の17回忌に作った「月照墓前の作」の七言絶句の詩が石に刻んであります
相約して淵に投ず 後先無し
豈図らんや波上 再生の縁
頭を回らせば十有 余年の夢
空しく幽明を隔てて 墓前に哭す
だから、西郷と京都は以前から深い繋がりがあったんですね~
でも西郷菊次郎さんの写真にお目に掛かれた不思議を改めて噛みしめています
京都にとって、この初代市長・西郷菊次郎は大恩人になるのです
明治37年に市長に就任してから病気で鹿児島へ帰る明治44年までの七年間、京都の為に尽くしたのです
琵琶湖疎水記念館に初めて入館して本当にラッキーでした・・・今回はここまでです
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