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還暦リタイアジジイの悠々自適な日々

山頂にお寺がある関山

■ 2021年12月09日 山頂にお寺がある関山

福島県白河市にある関山(せきさん)を訪れました。関山山頂には天平2年(730)に聖武天皇の勅使を受けた法相宗行基が開山したといわれる満願寺が建っています。麓の関山駐車場に車を置き、登山道を使って、滝不動~阿夫利神社~山頂の満願寺に向かいました。山頂からは那須連山と白河市街地が見渡せる眺望が見事。下りは駐車場へ続く林道を下り、下山後は昼食に白河ラーメンを食べ、車で硯石地区にある摩崖三十三観音を訪れた後、帰路につきました。

▼ ルートマップ・・・【参考】山と渓谷社 福島県の山

▼ 関山駐車場に向かうT字路角に立つ「関山登り口」の石碑

▼ 関山駐車場・・・平日なのに訪れる人が多いです

▼ 駐車場から続く林道を進みます・・・赤いコーン手前に「一般車通行止め」の案内板があります。

▼ 林道を進むと見えてくる「烏天狗の道」、ここが関山登山道入口です。林道(関山満願寺参道)をそのまま進んでも山頂に行けますが、途中にある阿夫利神社に寄りたくて登山道を進むことにしました。

▼ 登山道に入ってすぐのところにある「滝不動」

▼ 滝不動を過ぎて砂防ダム横を越え、沢沿いに進み丸木橋を渡って登山道を上ります。

▼ 急坂にはロープが設置されています。

▼ 急坂を上り終えると分岐があり、右方向に進むと阿夫利神社があります。

▼ 石柱に刻まれた「昭和13年11月3日 出征軍人」の文字

▼ 阿夫利神社

▼ 阿夫利神社から分岐に戻り登山道を進みます。

▼ 急坂を上り終えたところにある石柱

▼ 登山道

▼ 山頂への最後の登り坂には鎖が設置されています。

▼ 急坂を上り終えたところには、歴代の住職のお墓と地蔵尊があります。

▼ ほぼ平坦な道を進むと満願寺の参道に出ます。

▼ 登山道と参道出会いの角にある「神馬堂跡」・・・治承4年(1180)源義經登山、観音様に参拝祈願して神馬を奉納(説明版より抜粋)。

▼ 関山満願寺観音堂・・・由緒記によると天平2年(730)聖武天皇の勅願によって、行基が光明皇后の守本尊閻浮檀金の正観世音を奉持し、山号、成就山光明院、満願寺とし、この地に創立したのがはじめとある。天平9年(737)聖武天皇の勅命によって良弁僧正の金銅の正観世音を奉安され、また弘法大師が使用した、五智宝冠が重要美術品として観音堂にある(説明版より抜粋)。

▼ 銅鐘・・・寛文5年(1665)白河城主 本多忠平が寄進したもの(説明版より抜粋)。

▼ 関山満願寺と銅鐘の説明版

▼ 観音堂裏手の関山山頂にある石碑、「関山」と「松平定信公歌碑」

▼ 山頂からの眺望・・・那須連山

▼ 山頂からの眺望・・・白河市街地と南湖

▼ 境内にある石碑「おくのほそ道の山」

「漂泊の思ひやまず」「春立る霞の空に白川の関こえんと、そぞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取りもの手につかず」弟子の曽良を伴って、元禄二年、一六八九年奥州へ旅立った芭蕉は、四月二十日、陽暦なら六月七日、白河の地に立った。暮れ前から小雨模様であったこの夜は、関跡、旗宿に泊った。翌八日、梅雨の霧雨も辰の上刻、午前七時半頃にはあがり関の明神を参詣した後、風騒の二人は関山へ向かった。歌枕白河の関の所在地について、現地で戸惑いを感じた芭蕉は、関山に惹かれ、旗宿より北東三粁にある。南麓の内松部落をぬけて、稲荷社と「せき山」と刻んだ石の古道標のある地点より登った。

曽良の日記

関山へ参詣、行基菩薩ノ開基。聖武天皇ノ御願寺、聖観音ノ由。成就山満願寺云、旗ノ宿ヨリ峯迄一理半、麓ヨリ峯マデ十八丁、山門有。本堂有。奥ニ弘法大師行基菩薩堂有。山門ト本堂ノ間、別当ノ寺有。真言宗也。本堂参詣ノ比、小雨降ル。暫時止。

関守の宿を水雞(くひな)に問はうもの

卯の花をかざしに関の晴着かな   曽良

奥の花や四月に咲を関の山   桃隣

白河市長 小野亀八郎 書

▼ 社務所脇にある子安観音

▼ 参道沿いにある地蔵尊

▼ 参道入口と大木の根元にある仏像

▼ 参道入り口にある「下馬碑」・・・永承6年(1052)源頼義東夷征伐の時、戦勝を本尊並に山王権現に祈願して下馬碑を奉納(説明版より抜粋)。

▼ 下山は林道(関山満願寺参道)を下りました。

▼ 林道途中にある「不動明王」

▼ 林道を下って駐車場手前の「滝不動」まで戻ってきました。


■ 下山後、昼食に立ち寄った「ラーメン海(かい)」・・・もちもちの麺とあっさりしょうゆ味のスープがおいしいラーメンでした。


■ 昼食後は車で、硯石地区にある摩崖三十三観音を訪れました。

▼ 自然石の岩肌に刻まれた観音像

▼ 説明板・・・自然石の岩肌に刻まれているもので、いずれも江戸時代中期に造られたと推定されている。これらの石仏は名刹関山満願寺観音堂の参道入り口にあり、関山の由緒を物語るものである(説明版より抜粋)。

▼ 周囲を見渡すと多数の岩に刻まれた観音像がありました。

▼ 摩崖三十三観音の場所


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