EKKEN♂

このブログは http://ekken.blog1.fc2.com/ に移転しました

アフィリエイトの利用について

2004-11-18 | goo BLOG
ブログサービス 他所にはあってgooブログには無い!
シリーズ5回目です。関連記事:
【カテゴリ分類の話】
【アクセス解析はなくてもいい】
【デザインの編集は……出来たら良いかなぁ?】
【あなた出入り禁止ね】
【独自タグは考えよう】


 アフィリエイトサービスの利用 : VS Seesaa JUGEM 他
 ユーザーの要望の高さでは、アクセス解析、デザインの編集と共に最も上位に位置するのではないでしょうか、アフィリエイトの利用。
 gooブログではアフィリエイトリンクの貼り付けを「商用利用」としているために、認められておりません。それが見つかったからといって、即刻強制排除ということにはなりませんが、何らかの警告が行くはずです。
(過去にgooブログサイドから警告を受けた方もいらっしゃいます)
 アフィリエイトと言えば、誰にでもすぐ思いつくのが、Amazonアソシエイツなのですが、gooブログにおいてアレを利用することは利用規約に反する行為なのです。
 僕がブログサービスを使って、元々やりたかったことは読書日記やCDレビューなんですが、そういう内容のブログには、表紙やジャケットの写真を使いたいのが正直な気持ちではないでしょうか。
 ところが、細かくは知りませんが、カバー画像を勝手にサイト上にアップするのは、著作権法に反するとか何とか。サムネイルくらいなら問題なし、という意見もあるみたいですが、(必ずしも正しい解釈とは言いがたい)法を盾にした嫌がらせがあるかもしれません。
 だからこそAmazonアソシエイトを使いたい、という人は多いでしょうね。
 テキストがダラダラと書き連ねられるブログ(ココのことだけど)よりかは、適度に画像があるブログのほうが読みやすいですし、ブログ中で紹介されている本やCD、DVDなどが簡単にネットショッピングできたら、読み手にとっても便利です。
 しかし僕はアフィリエイトの許可は、gooブログには不要、と思ってます。
 お小遣い稼ぎがしたいのなら、それが許可されているブログサービスに移ればいいわけですし、アフィリエイトブログが増えると、いろいろな弊害が出てきます。
 まず容易に想像ができるのは、ひたすらアフィリエイトリンクを貼っただけの、ゴミブログの増大。(すいません、アカウント消すのが面倒で、SeeSaaでそういうブログ放置中です…)
 それだけならば直接自分に被害がないのですが、アフィリエイト専門のブログをやっている人の中には、一人でも多くの顧客を得ようとして、単なる宣伝目的のスパムトラックバックや、スパムコメントが氾濫するでしょう。
 たまたま書籍の題名が出ているというだけで、同じ作者の作品へのアフィリエイトリンクが貼ってあるだけのブログからトラックバックが来る……
 考えすぎかもしれませんが、非現実的な話だとも思えません。
 そうしたトラックバックばかりが目に付くようになると、トラックバック本来の意味が失われてしまいます。
 
 ただ、それでもやはり、使わせて欲しいのです、Amazonのアフィリエイト。
 
 おいこらっ!
 何矛盾したこと言ってんだよ、えっけんはよッ!

 
 まぁまぁ、落ち着いて。
 つまり、使えたらいいなぁ、と思うのは、ユーザー個人のIDが入ったAmazonアソシエイトプログラムではなく、gooブログが用意する、gooブログ独自のID入りのアフィリエイトですね。
 商品の購入により還元される売上の一部が、gooブログサイドの収入になればよいのです。
 こういう「運営サービス会社のAmazonIDが利用できる」システム、実は結構いろいろなブログサービスで取り入れられています。
 livedoorのフリー版、Newshandler、Exciteなどです。
 これらのサービスが、その収入をどう利用しているのかは知りませんが、gooブログには是非、集まった収益を、震災者支援や、身体にハンディキャップを持つ人へのバックアップに有効に使ってもらえれば、と思うのです。利用者がこれだけ多いgooブログですから、相当の慈善事業になるんじゃないかしら。
 自分のお小遣い稼ぎの為のアフィリエイトじゃないのですから、嫌われがちなスパムトラックバックには何の影響もないでしょうし、ユーザーは堂々とCDのジャケット写真を使えるようになるわけだし。
 ユーザーから喜ばれ、gooブログへの社会的評価も上がると思うんですけどねぇ。
 
 どーですか、gooブログの中の方っ!
 Amazonに申請を出して、gooのIDが入ったブックマークレットを配布するだけですッ!

同じ話題を何度でも。

2004-11-18 | WEBにまつわる話
『えっけんさんの「むだづかいにっき」でむだづかいにっき♂:【文末のw】を読んで、思ったことを書く』という書き出しで始まる、『斬(ざん)』:『むだづかいにっき』のリピートネタに思う。を読んで思ったことを書く。 ややこしすぎ


 souryuuseiさんの『斬(ざん)』は、彼がブログを始めた直後から、その題名に惹かれてたびたび訪問しているブログの一つなのですが、なかなか「斬って」くれないなぁ、と思っていたところで、今回(といってもちょっと前の話ですけど)ようやく僕が斬られたわけです。
 以下の引用部分は『斬(ざん)』:『むだづかいにっき』のリピートネタに思う。からのものです。
やっぱり、ブログには、記事の賞味期限ってのが
あるんでしょうね。これは、コメントが付いて
盛り上がるって意味でね。

Webサイトという括りでの、時間感覚では違うの
でしょうが、ブログの時間の流れは早過ぎる為、
過去記事が埋もれやすく、古い記事にはあまり
にも光が当たらなさ過ぎるって事なんだろうな。

 僕は自分の気にいっている記事であれば、過去記事も埋もれさせることなく読んでもらいたいし、その記事が面白いと感じてくれれば、コメントやトラックバックがあれば、喜ばしいことだと思っています。読んでほしくない過去の記事であれば、削除してしまえばよいわけだし、古い記事にはコメントして欲しくないのなら、コメントの受付を停止すればいいわけですから。
 とはいえ、ブログの過去記事って、始まったばかりのブログは別として、なかなか読まれていないのが現実だと思いませんか?
 このブログの例でいうと、たまに「トラックバック」「ネットマナー」に係わる記事で検索か某有名ブログに送ったトラックバックから流れてきたと推測されるコメントがついていたりしますが、書いている本人は「うん、これ面白い、オレサイコー!」と思いつつアップした記事でも、思ったより反応がなくて、ガックシ、ということのほうが多いものです。
 その点、駄文にゅうすさんは、僕も既に忘れかけていた古い記事を「気になったネタ」として取り上げてくれたことが何度かあって、「あ、駄文にゅうすの人、過去ログ読んでいる…」とやけに恐縮したりするものです。
 大部分の人は、トップページに載っている最近の記事と、その少し前の記事しか読んでいない、あるいは読んでいても、コメントを残したりはしないものなんじゃないでしょうか。
 出尽くした意見に、更に似たような感想・意見をコメントされても、レスのしようがないものですが、ちょっとでも新たな視点から捉えたコメントが注入されれば、その記事を書いた僕としては嬉しいものなんですけど。 そうは言っても、既に盛り上がりのピークを過ぎた記事に、新たにコメントをするのは、躊躇する人のほうが多いのでしょう。

えっけんさんは、過去記事のリピートを
少しだけ視点と表現を変えてUPするときがある。

それは、ブログの高等テクニックで、
過去記事に埋もれた事を再アップすることで、
新たな意見が出ないかを試みているんじゃ
無いのだろうか?と思う。

に、してもコレで分かるのは、如何に過去記事を
読まない人が多いかって事ですね。
読んでいても忘れてるって事もあるかな。

 「過去記事のリピートを少しだけ視点と表現を変えてUPすることがある」
 これ、凄い嬉しい言葉です。僕自身、そういうつもりで同じような記事を書いていますし、「えっけんはまたこのネタかよっ」と思っている方のほうが多いでしょうから、あえて同じようなことを書いている僕としては、「ムッ、souryuuseiよ、おぬし、違いの分かるオトコよのぅ。ダバダ~ダバダ~(ネッスルのBGMを頭に思い浮かべて読むこと)」と僕の中でのsouryuuseiさん評価が、ぐぐっと上がったりするわけです。
 視点と表現を変えてアップすることが「ブログの高等テク」というのは過大評価だと思いますが、文末のwに限らず、そうやってUPした記事には、比較的多くのコメントがついていたりするのです。
 同じようなことを書くのなら、その元記事をそのまま、あるいは加筆修正して、日付を新しくしてUPすればかかる手間も少ないし、いたずらに記事のログが増えなくて良いのでは、という考えもあるかもしれません。
 でもその方法だと、何故かは分からないけど、新たなコメントやトラックバックは貰えないのですよ。実際そういうことも試しているわけですよ。
 問題提起型の記事を書き、いくつかコメントを貰えた所で、どうやらその記事の役割は終わったらしい、と思われることが良くあります。
 で、記事を書いた僕としては「これはそんな程度の記事じゃないと思うんだけどなぁ……」と自惚れ全開ながらも、その記事をなんとかリサイクルしたい、と考えるわけですよ。
 「その記事」を書いてから時間が経過しているわけですから、僕の考えがちょっとは変わっているかもしれないし、お堅い話題でも少し砕けた面白い文章で書けるかもしれないです。




 文末のwと似たような話題というのは、過去に2度書いています。
 僕も(笑)が好きなのですと、文字だけで自分の思いを伝えてみたいですね。
 で、この3つを比べると、多少、僕の考えが変わってきています。
 共通するのは「w」は嫌いだ、だからこのブログでは使わないで欲しい、という一つのお願いです。
 これは言ってみれば「むだづかいにっき♂のローカルルールの提示」のつもりでした。
 あからさまに「これがウチのルール。守れ」というのは好きではないのです。
 ところが最初の2回は、その主旨が伝わっていなかった。
 表現の自由と言われれば、それまでなんですけど、使う人がどういう意味をこめていようが、僕が自分のブログ内で「w」を使われるのは不快という宣言をすれば、普通は使わないだろう、と思ったのです。
 その面では、最初の2回は失敗しているのです。
 今回は、その記事のコメント欄で「シャレとして」使った方が複数名いるほか(これは不快ではなく、むしろ文意を汲んだ使い方であったと思う)、わざと僕を不快にさせようという目的で使った方がいたので、宣言通り「バカ認定」として削除させていただきました。
 一方、「考え方が変わった」というのは(笑)などの括弧付文字についてですね。
 僕は括弧付文字、嫌いな表現ではありませんが、S嬢のPC日記内で、括弧付文字についてこんなことが書かれていたのです。
『視覚に障害をもつ人がインターネットを楽しむ場合、音声読み上げソフトのお世話になります。その際に、括弧付文字は意味不明の音声にしかなりません』
※すいません、こういう意味のことをS嬢がお書きになっているのですが、どの記事(あるいはコメント欄)でなされたものなのか、失念してしまいました。分かり次第、正しい引用をさせていただきたいと思います。

(S嬢より本来の文章を、コメント欄にて通知いただきました。以下コメント欄より。URLはご本人の希望により表記を控えさせていただきます)
「顔文字」ってのは、「見える人」だけのモノなんですよね。
たいがい、括弧類や句読点、中点、句点は、
うるさいのでソフトに指示して読ませていないそうです。

PCに対しての技術革新で、
インターネットの世界は思いっきりバリアフリーに
近づいているんだけど、
「顔文字」ってのは、
また、壁を作っていく文化でもあるんですよね。
「絵文字」もね。

 これ、かなり衝撃的でした。
 僕は高校生の頃に椎名誠氏のエッセイにはまり、その頃の僕の文体は、椎名氏が書いていた「昭和軽薄体」そのまんまでした。
 その後、多少自分の文体が変わってきていますが、現在は「比較的丁寧なおしゃべり口調・たまに罵声あり」というスタイルを使うことが多いです。
 その場のノリで書いているので、おしゃべり口調が一番書きやすいし、リズム感のある文章にしやすいのです。文章にリズム感があると、必要以上に長い文章(僕のことだけど)でも、ちょっとだけ読みやすくなるものです。
 ところが僕は、音声読み上げソフトでしかWEBサイトを楽しめない人の存在をまったく考えていなかった。
 そうしたハンディキャップを持つ人が、こんなブログを楽しんでいることは、恐らくはないだろうけど、仕事柄バリアフリーというものに興味を持っている自分が、そうしたことに気付いていなかったのが、ちょっとしたショックだったのです。
 そんなこともあって、括弧付文字を必要以上に使いたくない、と思うようになり、コメント欄ではともかく、記事中ではなるべく控えよう、と考えるようになりました。
 もちろん、括弧付文字を減らしたくらいでは、音声読み取りソフト利用者には、そんなに意味がないことは分かっています。僕はフォントいじりが多いし、文字を大きくしたり太字にすることは、視覚的効果を理解できないと、文意が伝わらないのです。この辺は今後の課題なのですけど、とりあえず排除しても良いもの、自分の中で、あえて使う必要のないものは使わないようにしよう、と。
 考え方が変わったのなら、それを記事にして新たに発表した方が良い、と僕は思ってます。
 ころころ意見を変えるな、前と言っていることが違う、という人もいるかもしれませんが、他人の意見を見聞して、それを自分の糧とすることについて責められるのはおかしな話です。
 一日の出来事を書き連ねる日記なら、過去記事を掘り起こして、書き直す必要はないし、事実が変わったから再UP、ということにはならないと思いますが、自己主張をするタイプのブログの場合、視点や表現を変えて書いてみるというのは、自分が考えつかなかった新たなコメントがもらえたり、前回の記事の時には参加していなかった読者の意見が聞けたりと、ブログの活性化には非常に使える手段だと思います。
 例えば映画の感想ブログの場合でも、見た直後の感想と、それから1ヶ月経ってから熱がさめた時に書く感想は違ってくるのではないでしょうか。
 いずれにせよ、一つの事象に対して違った目で見直してみる、というのは大切なことだと思うし、そうしたきっかけを得るために似た話題の記事を書くことは、有効な方法なのです。



余談ですけど、文末のwには他人の不幸は蜜の味のLSTYさんから、こんなコメントが寄せられていました。
 えっけんさん、何かあったんですか?
 どうもここ数日、今までの投稿と重複してるようですが、なにかお気に障ったことでも?

 LSTYさんは、比較的新しい読者だと思っていたので、僕がときどき、過去に書いた記事と似たような内容の記事を、新たな記事としてアップしているとことに気付いていることが意外でした。
 で、僕に「今までの投稿と重複している」と提言してきた彼が、ご自身のブログでも同じ事をしているのがおかしかったです。
 どうでした、何か再発見はなかったですか?