起訴休職外務事務官(当時)だった佐藤優氏による、北方領土問題に関わる「国策捜査」を、事件の背景や検察官との対話・交渉を通じて明らかにした回想録。
佐藤さんもさることながら、取り調べ担当の西村尚芳検事も、フェアでなかなか魅力的な人物として描かれている。
私が個人的に2人の対話で特に好きなのは、以下のやり取り。
「西村さん、外交官というのは一旦、交渉のテーブルにつくとどんな交渉でもまとめたくなるという職業病があるんだよ。西村さんと話をすれば、それはどこか落とし所が見つかるということなんだ。僕の関心は政治的、歴史的事項にある。この事件関連の資料は、外務省が資料を隠滅しない限り、二十八年後に公開される。そのとき、僕の言っていたことが事実に合致していたことを検証できるようにしたい。供述証書や法廷での発言もそこに最大の重点を置きたい。それならば法的な点については譲ろう」
「その取り引きならばこっちも乗れる。供述証書にはできるだけ政治的、歴史的な内容についても盛り込むようにする」
(p.329より引用)
さて。本書の構成について。
第1章は、当時佐藤氏が、鈴木宗男疑惑に巻き込まれ国際情報局から外交史料館に左遷されてのち、逮捕される時までのお話。
第2章は、森喜朗内閣の不人気で風前の灯火だった自民党が、小泉純一郎・田中真紀子コンビによる旋風で一大ムーブを起こし、その後田中外相と鈴木宗男氏による外務省を舞台とした政争を描く。
第3章は、佐藤氏に掛けられた「疑惑」についての背景説明や日露関係について。
第4章は、逮捕され独房に閉じ込められるなかで、担当検事の西村氏との対峙。
第5章は、被告人の立場で西村氏と対話を積み重ねていくなかで、時代の変化を見詰め、自らの体験を消化しながら「国策捜査」とは何なのか? 考察していく。
第6章は、獄中での隣人(死刑囚)の様子とか裁判闘争とか。
あと今から見ると、「文庫版あとがき」が興味深い気がする。
ここで佐藤さんは「人間には複数の魂がある」のではないか、と言っていて、これは自らのルーツである沖縄の精神文化だとしているんだけど、この時点で既に後にアイデンティティとする「日本系沖縄人」の片鱗が見えているように思う。
最後に全体の感想も。
読書界に劇的に登場し、その後も永く活動を続ける佐藤さんのデビュー作。
私は半年振り位の再読だったんだけど、やはり良い本だったな、と。
西村検事との対話も面白いんだけど、田中外相との政争や国際情報局時代の活動、特に9・11の時も面白い。
佐藤さんはその後も外交官時代の回想録をいくつも書いていて、それぞれ面白いので、今後も読み続けたいと思う。
好きな作家の本を読んでいると、やっぱ癒される……。
佐藤優『国家の罠』新潮文庫