服部シンの日記(仮)

ただの日記ブログです。

佐藤優『獄中記』

2024-11-28 14:04:15 | 読書感想

佐藤優氏の『獄中記』を、約5ヶ月振りに再読。拘置所という特殊な環境にありながら、外国語や神学、哲学などの勉強に適している、などとし、200冊以上の本をノートにメモを取りながら精読していく。獄中ノートは62冊に及んだという。
弁護人や大学時代の友人、外務省時代の後輩などへのメッセージや日記も収録。
厳しい取り調べや夏の暑さ、冬の寒さに耐えながら、様々な制約条件(一度に所持できる書籍は最大で10冊まで)の中、知的生活をあくまでも貫徹しようとする精神力には脱帽せざるを得ない。

ドイツ語やラテン語などの外国語学習もさることながら、ハーバーマス、ヘーゲルなどの哲学、カール・バルトなどの神学や新約聖書や旧約聖書、宇野弘蔵や廣松渉など日本のマルクス主義者、ナショナリズム論、『太平記』や『山椒魚戦争』、『監獄の誕生』などについて勉強している部分が特に印象に残った。

弁護人への手紙では、鈴木宗男事件に絡む「国策捜査」について、社会哲学の学習成果を元に考察していく。

囚人心理として、物欲は小さくなるものの、食べ物と文房具に対する執着が強くなり、娯楽が限られる中でラジオを聴くのが1つの楽しみとなる、という部分は興味深い。
また、雑居房では将棋の貸与があるとか。


佐藤優『獄中記』岩波現代文庫

 


土屋賢二『われ笑う、ゆえにわれあり』

2024-11-27 20:58:02 | 読書感想

笑う哲学者、土屋賢二先生のデビュー作。いわゆる「ユーモアエッセイ」。
他のと比べると一編一編は少し長いけど、この時から氏「らしさ」は発揮されている。(※1)
私は土屋先生のエッセイが好きで15冊以上手元にあって、いまでも楽しんで読み続けている。

本書の中では、「助手との対話」「わたしのプロフィール」「あなたも今日からワープロが好きになる」「わたしはこうして健康に打ち勝った」「学生との対話」「涙の満腹」「健康診断の論理と心理」などが面白かった。
なかなかに捻くれた、屁理屈のオンパレードで、頭空っぽにして夜寝る前に布団で読むのに適している。


※1 読書メーターの感想漁ってて「確かに」と思ったんだけど、この時点では「妻」への言及がないな、と。

土屋賢二『われ笑う、ゆえにわれあり』文春文庫

 


立花隆『ぼくはこんな本を読んできた』

2024-11-27 15:39:48 | 読書感想

著者は2021年に亡くなった、政治から宇宙、脳科学、死や性など非常に幅広い著作のあるノンフィクション作家。刊行は1995年。
何年か積んでいたんだけど、何の気紛れか今回、読んでみることにした。

本書の構成は、以下のような感じ
まず第1章では、「知的好奇心のすすめ」と称して、朝日カルチャーセンターでの講演録が載っている。
第2章は、読書論とか独学の方法について。ここは個人的には知っている部分が多かった。
第3章は、書斎について。この部分は前章よりも面白かった。公募された秘書の選考過程を描いた部分も好き。
第4章は、立花氏の仕事場で行われたインタビューとか、氏が中学時代に振り返った当時の読書遍歴とか、いわゆる「ネコビル」についてとか。
第5章は、当時、『週刊文春』で連載していた「私の読書日記」に寄稿されていた文章。知らない本も多く、なかなか面白かった。


渡部昇一先生の『知的生活の方法』とか佐藤優氏の読書法・勉強本とかとも、また違った本でしたな。
「私の読書日記」を除くと、書斎について書いた部分が特に面白かった。リンゴ箱を大量に集めて本棚としていた、そして狭い空間に机を中心にリンゴ箱の本棚で囲んでいく、という作業は楽しそう。
最先端の知はまだ本になっていなくて、一生懸命、関連の本を読んで知識を頭に入れて、研究者に会ってインタビューをする。プロはインタビュアーの知識水準に応じて答え方を変えてくるので、インタビュアーには相当な勉強が必要、という話は納得がいくものだった。
「私の読書日記」は、私が持っている本も少数あったものの、恐らくはほとんど所持していなかった。
写真集を結構たくさん読んでいたのだな、というのが意外だった。
興味がない、自分の関心分野から外れている本も多かったけど、読んでいて、それなりに楽しめた。
初読だったけど、少なくとも読んで損はしなかった。


立花隆『ぼくはこんな本を読んできた』文藝春秋

 


佐藤優『国家の罠』

2024-11-22 14:09:03 | 読書感想

起訴休職外務事務官(当時)だった佐藤優氏による、北方領土問題に関わる「国策捜査」を、事件の背景や検察官との対話・交渉を通じて明らかにした回想録。
佐藤さんもさることながら、取り調べ担当の西村尚芳検事も、フェアでなかなか魅力的な人物として描かれている。
私が個人的に2人の対話で特に好きなのは、以下のやり取り。

「西村さん、外交官というのは一旦、交渉のテーブルにつくとどんな交渉でもまとめたくなるという職業病があるんだよ。西村さんと話をすれば、それはどこか落とし所が見つかるということなんだ。僕の関心は政治的、歴史的事項にある。この事件関連の資料は、外務省が資料を隠滅しない限り、二十八年後に公開される。そのとき、僕の言っていたことが事実に合致していたことを検証できるようにしたい。供述証書や法廷での発言もそこに最大の重点を置きたい。それならば法的な点については譲ろう」
「その取り引きならばこっちも乗れる。供述証書にはできるだけ政治的、歴史的な内容についても盛り込むようにする」
(p.329より引用)

さて。本書の構成について。
第1章は、当時佐藤氏が、鈴木宗男疑惑に巻き込まれ国際情報局から外交史料館に左遷されてのち、逮捕される時までのお話。
第2章は、森喜朗内閣の不人気で風前の灯火だった自民党が、小泉純一郎・田中真紀子コンビによる旋風で一大ムーブを起こし、その後田中外相と鈴木宗男氏による外務省を舞台とした政争を描く。
第3章は、佐藤氏に掛けられた「疑惑」についての背景説明や日露関係について。
第4章は、逮捕され独房に閉じ込められるなかで、担当検事の西村氏との対峙。
第5章は、被告人の立場で西村氏と対話を積み重ねていくなかで、時代の変化を見詰め、自らの体験を消化しながら「国策捜査」とは何なのか? 考察していく。
第6章は、獄中での隣人(死刑囚)の様子とか裁判闘争とか。

あと今から見ると、「文庫版あとがき」が興味深い気がする。
ここで佐藤さんは「人間には複数の魂がある」のではないか、と言っていて、これは自らのルーツである沖縄の精神文化だとしているんだけど、この時点で既に後にアイデンティティとする「日本系沖縄人」の片鱗が見えているように思う。


最後に全体の感想も。
読書界に劇的に登場し、その後も永く活動を続ける佐藤さんのデビュー作。
私は半年振り位の再読だったんだけど、やはり良い本だったな、と。
西村検事との対話も面白いんだけど、田中外相との政争や国際情報局時代の活動、特に9・11の時も面白い。
佐藤さんはその後も外交官時代の回想録をいくつも書いていて、それぞれ面白いので、今後も読み続けたいと思う。
好きな作家の本を読んでいると、やっぱ癒される……。


佐藤優『国家の罠』新潮文庫

 


片山杜秀『平成精神史 天皇・災害・ナショナリズム』

2024-10-30 16:45:52 | 読書感想

著者は日本思想史が専門、かな? 『大学入試問題で読み解く 「超」世界史・日本史』でも思ったんだけど、著者には歴オタっぽさを感じる。
冒頭は、まず「平成」と名付けたのは誰なのか? その心は? から始まる。
前半部分は、昭和を含めた日本近代史を語る中で平成の特徴を照射しようとする。語り口は分かりやすい。
平成のナショナリズムで日本会議の部分では、日本会議の前身である「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」を結び付けた、作曲家の黛敏郎を取りあげる。この辺は「音楽評論家」でもある著者の面目躍如。

中盤部分の「天皇論」は面白く印象に残った。
男系を明文化したのは明治に入ってから。この理由は、幕府(将軍)に代えて天皇を上に据えるにあたり、当時の日本人の意識として女性は馴染みがなかったから(将軍に女性はいない)。また、ヨーロッパでも参政権を持っていたのは男性だけだった。新しく国民国家を作るにあたり「統治権を総攬」する天皇に女性を就けることはできなかった。
(戦後民主主義、そしてその後の)現代に合った形で女性も天皇になれるようにすると、「そもそも皇室と民主主義は相容れないだろう」という議論にも繋がり、また「旧宮家の皇籍復帰」は日本の伝統に反するので、いずれにしても、「天皇になれる資格があるのは誰なのか?」という議論に繋がる。(戦後の)昭和・平成の天皇は立ち居振る舞いや「お言葉」、人格などの面で国民の敬愛を集めていたが、今後もそうである保証はまったくない。最早「万世一系」は説得力を失っている(「天皇」の条件ではない)。みたいなことが書かれていた。(と思う)

終盤部分のポスト平成では、悲観的な見方が披露される。
AI開発・研究の結果は人間を阻害した資本主義の暴走で、「人間の虐殺」に繋がる。
①勉強の高度化・長期化にも関わらず、「現代」の急速な進歩に対応し得る能力は人間にはない。
②情報社会、あるいはSNSの発達は、流通する情報量の桁違いの増大を招き、人間の処理能力を超えてしまった。
③現代人は最早不可能な情報の幅広い摂取ではなく自分に都合が良い情報にばかり触れるようになっている。
以上、①・②・③により、民主主義はかなりの危機に瀕している。
平成の30年を通して、戦後民主主義的価値観である、平和主義・基本的人権の尊重・国民主権なども変質してしまった。

平成史を総覧するようなものではなく、副題にあるように「天皇・災害・ナショナリズム」を中核として昭和を含めて近代史から平成史を見るような構成になっている。
総じて面白い書物ではあった。


片山杜秀『平成精神史 天皇・災害・ナショナリズム』幻冬舎新書