なんとか終わった
着物リメイクをお願いする
母の喪服用帯も見つかったが
傷があるようで
うまくできないかもしれない
色無地もあったはずなのだが
見つからなかった
何着か
リメイク出来そうな柄の着物を
持って帰ることにしたが
四十九日も終わっていないのに
ドタバタと
引っ掻き回しすぎたかな
と、反省
なかなか帰省できないから
できる時に
と、焦ってしまったかな
写真は私と姉の
和服用髪飾り
子どもの時の着物はもちろん
かさばる帯の飾り結びも
(ワンタッチで胴に結び付けるもの)
2人分出てきた
捨てられない世代の人達だから
母の着物も
こんなに持っていたの?
というくらい
見たことないものが出てきた
私たち兄弟の子どもの頃の手袋
名前の刺繍入り
昭和の香りが…
私の幼稚園の時の連絡帳
私の幼稚園の時の連絡帳
学校の通知表なども出てきた
私の時代は
大学の提出物は
タイプライターで打っていた
捨てられない両親の
捨てられない両親の
遺伝子を受け継いだ私
シャーペンの芯のケースを
ずっと捨てずに取ってた
これは子どもの頃使っていた財布
これは子どもの頃使っていた財布
などなど
私のものは家を出た時から
全く捨てずに
そのままにしていたのか…
父は、父が亡くなったら
この家は壊して更地にしてくれと
言っていたそうだが
兄弟3人は
家と分かれ難く感じている
家がなくなったら
もう帰ることもない
家だけじゃない
海も山も
お祭りもお盆踊りも
神社も造船所も
自分を型作ってきた
大切な環境、風土と文化・慣習
自分の血のように大切な存在と
引き離されてしまうような
痛みを感じるのだ
弟は
すぐにでも更地にする気は
ないようだ
多分
建物が恐ろしく危険な状態に
ならない限り
そのままにしておくのでは
私ももう数年経ったら
「もういいよ」
と
言えるようになるかも知れない
今はまだ
準備ができていないんだなあ
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます