私が見ている、セカイのこと。

日常に素敵な物語を。

黒猫の野望

2020-06-20 09:36:00 | 日記
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「なぁ、オレと結婚してくれよ」

お決まりのベンチに腰をかけ
あんたは今日もオレを遇らう。

その手に持っている紙切れの塊に
黒い虫が列をなすように並んでいた。

鬱陶しい存在だ。

とは言っても持ち前の愛嬌をもってすれば
こんな奴、オレの敵ではなかった。

でも、そうしなかったのは
あんたがここに来なくなるのが怖かったから。

オレたちはいつも、約束なんてしない。

「さようなら」

別れの挨拶は、驚くほど素っ気ない。
だからオレは
時間の許す限り、あんたに甘える。

この場所にはよく
手を繋いだ男女が
見せ付けるようにやって来た。
その幸せそうな様子に憧れて
あんたが来る頃、
オレはここの場所取りをする。

こんな気の利く男、他にはいないだろ?

オレは一途だから、
あんた以外の女とは
距離を置くようにしているし
耳だって、あんたの声にしか貸さない。

でも、どんなに尽くしたって
オレが生きている限り
この恋が報われることなんてない。

「好きだ」

この言葉を何度あんたに伝えただろう。
それなのに、
あんたは表情一つ変えようとしない。
唯一、愛おしい温もりを帯びた
その手だけがぽっかりと空いた
オレの心を埋めてくれた。

オレが彼氏だったら、あんたを一人
こんな場所に置いて行ったりしない。

オレがあんたの彼氏になれるなら
あいつらみたいに
気まぐれの安売りなんてしないし
言葉だって喋れるように練習する。

だから…

オレンジ色の空が甘い時間に終わりを告げる。

あんたはいつものように
オレに素っ気ない五文字を吐く。
その口元が微笑んでいるから
寂しくなって、あんたの足に頭を押し当てる。

「ごめんね。家、動物飼えないんだ」


慰めてくれていたあの月は、
いつからオレを嘲笑うようになったのだろう。


あんたの匂いが消えてしまう前に
オレは毎晩、神様に願い事をする。

「偽りのない人間にして下さい」

でも神様は、
今日も心臓を受け取らなかった。


そんなある日のこと。
青空の下、彼女は俺に手を差し出す。
俺はその小さな手を包み込むように握る。
ベンチに腰を下ろし、
何をするわけでも無く
二人はのんびり、日常を噛みしめる。

「ずっと、あなたのことが好きでした」

俺の顔を見る前に、彼女は頬を赤らめた。

こうして
偽りの世界は、今日もオレに偽りを見せる。

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辛い時や悲しい時、
いつも何かを察したように
私たちに寄り添ってくれる
優しい存在。

案外、一番の理解者なのかもしれません。



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