野田首相による「収束宣言」(海外からは思いっきり疑問を持たれていますが)が出されたり、急速に「もう終わったこと」にしたい意図が見えてきている福島第一原発事故だが、今頃になって現場の事故対応に問題があった、という内容の報道がぱらぱら出始めている。
報道によってそれぞれニュアンスが違うものの、原子炉の「非常用復水器(コンデンサー)」を止めていた、止まったのに気が付かなかった、などの情報だ。
今さらコンデンサーの話を持ち出すなど、事故直後からその存在に触れていた海外報道の何周遅れだという感じだが、こんなものは「たら」「れば」の類の意味の無い話だ。
こんな仮の話が許されるのならば、既に地震の揺れか津波の衝撃により、原子炉容器は無事でも、それにつながる配管が何らかの損傷を受けていた可能性は高い。
今さらこんな報道が出てくるのは、事故当初からの政府・東電・原子力村の意向である、「今後の原子力政策を変更させない」ために、「F1は現場のミスで過酷事故に発展した」から「他の原発は大丈夫」という世論作りに向けたものだろう。
そのためならば首相は中身のない「収束宣言」でも何でも出すし、さかんに海外から選手を招いてスポーツ大会を開いたりしているのだろう。
今頃のタイミングになったのは、だって事故直後の何が起こるか誰にも分からない早期から現場のせいにして、造反されては困りますからな。
これまで命を賭してやってきた1Fの現場に対してこの扱いかよ?とも思うが、もはや今後1ワットも生み出さないであろうF1と、日本全国の他の原発とを比べれば、どちらを取るかは聞くまでもないのだろう。
そもそも、現場の運転員や責任者のオペレーションに対する知識不足や判断ミスのせいにして済ますというのであれば、その状態を放置し続けた東電本社や保安院の責任も問われるべきで、原発艦隊の秘密主義が最悪の形で露呈してきたのが今回の事故だろう。この種の「現場は知らなかった」情報を見るたびに、太平洋戦争中のサマール沖海戦時に、栗田艦隊の司令部が自らの指揮する戦艦(大和)の主砲口径や最大射程距離等のスペックを実は知らなかったという説を思い出す。
原子力村の原子炉エリートらに限らず、日本の官僚や官僚的な組織・企業の人間は、相手が知らないと見たことに対しては、徹底的にごまかしやすりかえを行なって煙に巻こうとする。
今回の一連の事象について、無知で不勉強な日本の記者たちは、東電や保安院をはじめとする原子炉エリート達の「ごまかし」「すりかえ」「はぐらかし」に終始振り回されてきた。
日本のマスコミが無知で不勉強なゆえによく発生する問題として、
「官僚が用いた言葉をそのまま使うことによって相手の思惑に沿った宣伝に一役買ってしまう」
というのがある。
かつての大蔵官僚や財務官僚の作文に出てくる「○的○○」(たいていは「税金」や「負担増」で置き換え可能)などが典型だったし、今度の原発事故について言えば、「ベント」だの「風評被害」「冷温停止」などがある。
「冷温停止」はもともと事故など起こしていない原子炉の停止状態を指す言葉であって、今のF1のように燃料が溶融して容器を突き破り落下してグチャグチャになっている状態に用いるには不適切との指摘はあちこちでされている。
また、「ベント(ドライベント)」は、一時的に原子炉内の圧力を逃がすために、放射性物質を排気塔からそのまま大気中に放出するということだが、なぜか事故直後のマスコミでは「ベントさえすれば事故は収まるのに、菅首相(当時)が妨害した」というニュアンスで報道されていた。「ベント」というのはあくまで圧力容器の破壊を防ぐための一時しのぎにすぎないのだが。
「風評被害」という言葉も、先日紹介したこちらの記事によると、もともとは原子力災害の補償に関連する言葉として用いられていたらしい。今回のF1事故直後から「風評被害を防ごう!」的な動きがやけに手際が良かったのは、やはりそのせいなのだろうか。
手際の良さといえば、今回の原発事故の直後のごく早い段階で『うんち・おならで例える原発解説~「おなかがいたくなった原発くん」』という動画が手際よく公開されていた。これは結局のところは安全厨による安全デマの形になってしまい、今では誰も顧みるものは居なくなってしまったが、あの動画でメルトダウンした原発を下痢患者にたとえたのはうまかったと思う。あれを作った人は頭がいい。
あの動画で間違っていたのは、「メルトダウンは燃料棒と原子炉のスペック通りに、間違いなく容赦なく実際に起こる」ことと、燃料溶融を防ぐ特効薬的な都合のいい「おくすり」などというものは存在せず、原子炉と核燃料はとにかく冷やし続けるしかないという点だろう。
「お腹を壊した原発君」風に言うなら、重度の下痢患者が高い腹腔内圧のまま豪快にオナラをして、パンツが無事で済むわけがない。
現在の1Fで「配管付近から高い放射線量」などと報道されているのも、つまりそういうことだ。
今後の話をするのなら、気がかりなのは他の原発、特に震災を経験しなかった西日本の電力会社が早期の原発再稼働に向けた世論誘導にばかり熱心で、原発の対災害強化にはほとんど関心が無いように見えることだ。
かつてミッドウェー海戦において、急降下爆撃による火災で主力空母四隻を失った日本海軍は、生き残りの空母と護衛艦隊の再編(第三艦隊の創設)とともに徹底的な艦艇の難燃化・不燃化を行なった。その対策はいささか行き過ぎの観もあったが、おかげで以後、日本海軍には火災で喪失した空母は無かった。
また、戦前の「友鶴事件」や「第四艦隊事件」で外洋での台風の脅威を思い知った日本海軍は、それまでの極端な攻撃力重視から、対波浪性能を重んじた艦艇への改修と改設計を実施している。おかげで戦争中に波浪で大ダメージを受けた日本艦艇は無い。一方、西太平洋の台風を本格的に経験したことのなかった米海軍は、太平洋戦争末期に台風で痛い目に遭っている。
このように、いろいろ問題はあるものの「羹に懲りてなますを吹く」のは日本型組織の特徴である。
しかし一方で、今回の福島原発事故を経てもなお大した対策をしている形跡が見えない他の原子力発電所の対応は、どうせ米英の攻撃など当たりはしないと航空母艦の被弾対策には全く無関心だった海軍や、珊瑚海海戦後に「素人の五航戦(翔鶴、瑞鶴)でさえ米軍を撃退した。俺たちなら大丈夫。」というミッドウェー海戦直前の南雲艦隊の驕りと油断を思い起こさせる。
今回の福島原発事故とミッドウェー海戦の大敗北との間の恐ろしいほどの共通点は既に指摘されているが、実はより破滅的なミッドウェー海戦直前の状態にあるのではないか。またも驕りの末に敗北を繰り返すほど我々は愚かなのかが問われている。

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報道によってそれぞれニュアンスが違うものの、原子炉の「非常用復水器(コンデンサー)」を止めていた、止まったのに気が付かなかった、などの情報だ。
今さらコンデンサーの話を持ち出すなど、事故直後からその存在に触れていた海外報道の何周遅れだという感じだが、こんなものは「たら」「れば」の類の意味の無い話だ。
こんな仮の話が許されるのならば、既に地震の揺れか津波の衝撃により、原子炉容器は無事でも、それにつながる配管が何らかの損傷を受けていた可能性は高い。
今さらこんな報道が出てくるのは、事故当初からの政府・東電・原子力村の意向である、「今後の原子力政策を変更させない」ために、「F1は現場のミスで過酷事故に発展した」から「他の原発は大丈夫」という世論作りに向けたものだろう。
そのためならば首相は中身のない「収束宣言」でも何でも出すし、さかんに海外から選手を招いてスポーツ大会を開いたりしているのだろう。
今頃のタイミングになったのは、だって事故直後の何が起こるか誰にも分からない早期から現場のせいにして、造反されては困りますからな。
これまで命を賭してやってきた1Fの現場に対してこの扱いかよ?とも思うが、もはや今後1ワットも生み出さないであろうF1と、日本全国の他の原発とを比べれば、どちらを取るかは聞くまでもないのだろう。
そもそも、現場の運転員や責任者のオペレーションに対する知識不足や判断ミスのせいにして済ますというのであれば、その状態を放置し続けた東電本社や保安院の責任も問われるべきで、原発艦隊の秘密主義が最悪の形で露呈してきたのが今回の事故だろう。この種の「現場は知らなかった」情報を見るたびに、太平洋戦争中のサマール沖海戦時に、栗田艦隊の司令部が自らの指揮する戦艦(大和)の主砲口径や最大射程距離等のスペックを実は知らなかったという説を思い出す。
原子力村の原子炉エリートらに限らず、日本の官僚や官僚的な組織・企業の人間は、相手が知らないと見たことに対しては、徹底的にごまかしやすりかえを行なって煙に巻こうとする。
今回の一連の事象について、無知で不勉強な日本の記者たちは、東電や保安院をはじめとする原子炉エリート達の「ごまかし」「すりかえ」「はぐらかし」に終始振り回されてきた。
日本のマスコミが無知で不勉強なゆえによく発生する問題として、
「官僚が用いた言葉をそのまま使うことによって相手の思惑に沿った宣伝に一役買ってしまう」
というのがある。
かつての大蔵官僚や財務官僚の作文に出てくる「○的○○」(たいていは「税金」や「負担増」で置き換え可能)などが典型だったし、今度の原発事故について言えば、「ベント」だの「風評被害」「冷温停止」などがある。
「冷温停止」はもともと事故など起こしていない原子炉の停止状態を指す言葉であって、今のF1のように燃料が溶融して容器を突き破り落下してグチャグチャになっている状態に用いるには不適切との指摘はあちこちでされている。
また、「ベント(ドライベント)」は、一時的に原子炉内の圧力を逃がすために、放射性物質を排気塔からそのまま大気中に放出するということだが、なぜか事故直後のマスコミでは「ベントさえすれば事故は収まるのに、菅首相(当時)が妨害した」というニュアンスで報道されていた。「ベント」というのはあくまで圧力容器の破壊を防ぐための一時しのぎにすぎないのだが。
「風評被害」という言葉も、先日紹介したこちらの記事によると、もともとは原子力災害の補償に関連する言葉として用いられていたらしい。今回のF1事故直後から「風評被害を防ごう!」的な動きがやけに手際が良かったのは、やはりそのせいなのだろうか。
手際の良さといえば、今回の原発事故の直後のごく早い段階で『うんち・おならで例える原発解説~「おなかがいたくなった原発くん」』という動画が手際よく公開されていた。これは結局のところは安全厨による安全デマの形になってしまい、今では誰も顧みるものは居なくなってしまったが、あの動画でメルトダウンした原発を下痢患者にたとえたのはうまかったと思う。あれを作った人は頭がいい。
あの動画で間違っていたのは、「メルトダウンは燃料棒と原子炉のスペック通りに、間違いなく容赦なく実際に起こる」ことと、燃料溶融を防ぐ特効薬的な都合のいい「おくすり」などというものは存在せず、原子炉と核燃料はとにかく冷やし続けるしかないという点だろう。
「お腹を壊した原発君」風に言うなら、重度の下痢患者が高い腹腔内圧のまま豪快にオナラをして、パンツが無事で済むわけがない。
現在の1Fで「配管付近から高い放射線量」などと報道されているのも、つまりそういうことだ。
今後の話をするのなら、気がかりなのは他の原発、特に震災を経験しなかった西日本の電力会社が早期の原発再稼働に向けた世論誘導にばかり熱心で、原発の対災害強化にはほとんど関心が無いように見えることだ。
かつてミッドウェー海戦において、急降下爆撃による火災で主力空母四隻を失った日本海軍は、生き残りの空母と護衛艦隊の再編(第三艦隊の創設)とともに徹底的な艦艇の難燃化・不燃化を行なった。その対策はいささか行き過ぎの観もあったが、おかげで以後、日本海軍には火災で喪失した空母は無かった。
また、戦前の「友鶴事件」や「第四艦隊事件」で外洋での台風の脅威を思い知った日本海軍は、それまでの極端な攻撃力重視から、対波浪性能を重んじた艦艇への改修と改設計を実施している。おかげで戦争中に波浪で大ダメージを受けた日本艦艇は無い。一方、西太平洋の台風を本格的に経験したことのなかった米海軍は、太平洋戦争末期に台風で痛い目に遭っている。
このように、いろいろ問題はあるものの「羹に懲りてなますを吹く」のは日本型組織の特徴である。
しかし一方で、今回の福島原発事故を経てもなお大した対策をしている形跡が見えない他の原子力発電所の対応は、どうせ米英の攻撃など当たりはしないと航空母艦の被弾対策には全く無関心だった海軍や、珊瑚海海戦後に「素人の五航戦(翔鶴、瑞鶴)でさえ米軍を撃退した。俺たちなら大丈夫。」というミッドウェー海戦直前の南雲艦隊の驕りと油断を思い起こさせる。
今回の福島原発事故とミッドウェー海戦の大敗北との間の恐ろしいほどの共通点は既に指摘されているが、実はより破滅的なミッドウェー海戦直前の状態にあるのではないか。またも驕りの末に敗北を繰り返すほど我々は愚かなのかが問われている。

