■「菅首相が過剰介入」と一斉報道
福島第一原発事故に関する国会事故調の報告書が出された。しかし、マスコミはその中の「菅批判」の部分だけを大きく取り上げる報道をしている。
「原発事故は人災」 国会事故調が報告書決定 官邸の過剰介入を批判
過剰介入で状況悪化 菅氏は国民に謝罪せよ
実際に事故調の報告に目を通せば、
「事故の根源的な原因は、東北地方太平洋沖地震が発生した平成23(2011)年3 月11 日以前に求められる。」
としており、さらに
「事業者である東京電力及び規制当局である内閣府原子力安全委員会、経済産業省原子力安全・保安院、また原子力推進行政当局である経済産業省が、それまでに当然備えておくべきこと、実施すべきことをしていなかった。」
「いったん事故が発災した後の緊急時対応について、官邸、規制当局、東電経営陣には、その準備も心構えもなく、その結果、被害拡大を防ぐことはできなかった。」
つまり根本原因は事故当日以前の原発運用組織の怠慢と準備不足だと明記されている。
にもかかわらず、その中のごく一部にすぎない菅首相批判の部分だけをことさらにクローズアップして取り上げるという報道姿勢がいかに異常かが分かるだろう。
先の民間事故調の報告に関する報道においても見られたように、マスコミは事故以前からの東電や保安院、政府行政の問題をばっさり無視し、あたかも事故調においては菅首相の行動に対する批判に力点が置かれているかのように取り上げて、「東電はちゃんとやろうとしていたのに菅首相(当時)が過剰に現場に介入したため混乱した。菅が悪いという指摘がなされた」というストーリーをでっち上げ、あたかも菅直人個人のせいで事故が拡大したという説を流布する。こういうものをカバー・ストーリーなどと呼ぶ。
■「分かりやすい話」は通りがいい
「カバー・ストーリー」とは、本や雑誌の表紙(カバー)に打たれた、記事や内容を分かりやすく紹介する文章のこと。
転じて、ある出来事について、衆目をごまかすために、大衆にも分かりやすく納得しやすい内容に事実を歪めて流布される囮の"作り話"を指す。MGS厨かよ。
とは言え、事態が複雑であればあるほど、利害関係者が多ければ多いほど、短い文章量でズバっと説明してくれる「ストーリー」が大衆には好まれるのも事実だ。
私は別に菅直人首相を批判するのはけしからん、彼の原発事故対応はパーフェクトだった、などというつもりは全くない。むしろ逆だ。菅首相はリーダーとしてはそうとう性格的に問題のある人物だった。
はっきり言って、当時の関係者らが菅直人という、「イラ菅」という異名を持ち、すぐに相手を怒鳴りつけるタイプのリーダーをいただいていたことに対しては同情しなくもない。幼少からいい子で親や教師に怒られることも少なかったであろうエリート役人や東電役員や学者らが、いきなり大声で怒鳴られて萎縮したであろうことは想像に難くないし、また、そういった「すぐ怒鳴る」人物に対して報告をあげることは、彼らにとって非常に億劫で気の重い職務であっただろう。
しかし、一刻を争うのが災害対応や原発事故(そして戦争も)というものであり、一人の担当者が5分程度報告を先延ばしにするだけで、それはすぐさま連鎖して1時間程度の情報伝達の遅れとなって表れ、そして1時間もあれば核燃料棒は溶け出すのである。
当時の、いわゆる原発安全厨が異常に楽観的だった理由の一つには、彼らの間で「日本の原発は冷却が止まっても2週間ほど放置して大丈夫なんだよ( ´∀`)」というヨタ話が流布されていたからだという説があるが、当時の東電や御用学者らの当初の異常な楽観主義とケツの重さと、2号機のメルトダウンが不可避になった時(3/15深夜)の慌てぶりとを見るにつけても、実は「本店」も同じ類のヨタを信じていたからなのではないかと疑っている。
■誰も決断せず、何もしなかった可能性
原発が危機と見るや、震災対応を放り出して原発に没頭するなど、Googleで「菅直人 あす」と入力して表示される予測変換結果と同じことを皆考えているんだなと思う。彼が原発に強い興味を持って、その対応へとのめり込んでいったことは幸運だったのか、不幸だったのか、今の時点では分からない。
ただ、あのぐらいに強く指示されていなければ、東電はなんにも決断できず、結局なんにもしなかっただろうな、ということは想像できる。
「ベント」は実行した瞬間にスリーマイル越えの事故になることが確定するし、「海水注入」は原子炉をほぼ廃炉にすることを意味する。どちらも「チェルノブイリに次ぐ規模の事故になる」「保有資産がオシャカになる」ことが決定することを意味する。放置して事態が好転することなどないことは考えなくても分かることだが、前例墨守と平安に慣れ、逃げ切りと退職金満額しか考えていない半官半民の小役人たちには決断できないことだったろう。脳がフリーズしたように固まってしまった者も居たようだ。
にもかかわらず、後になってから「ちょうどベントして海水注入しようとしてたところに菅直人が来て邪魔したんですよ。菅が悪い。」なんて話をしゃあしゃあと(マスコミの口を借りて)出しているのを見ると、
大川小学校の「ちょうど別の場所に避難しようとしていたところに津波が来たんですよ。どうしようもなかったんです。」みたいな話とか、
「ちょうど攻撃隊を発艦させようとしたところに奇襲爆撃を受けたんですよ。南雲(と整備兵)が悪いんです。」
などという、ミッドウェー海戦について戦後長らく流布されていた、いかにも分かりやすいカバー・ストーリーが思い浮かぶ。
彼らは「○○しようとしていたのに…」と口をそろえるが、実際には安全バイアスに支配され、なんにもしていなかった(平時のマニュアル通りの行動をとり続けていた)可能性が高い。
実は、「菅直人」の他に、日本政府にかなり強い調子で対応を迫った所がもう一つあるのだが、そちらについてはマスコミも何も言わない。これが日本の状況なのだ。
■「ストーリー」は教訓にはならない
今回の原発事故における、原発村発マスコミ経由で流される「菅が悪い」「現場が悪い」というリーク合戦は、戦後になってからのミッドウェー海戦についての「南雲が悪い」「兵装転換が遅れた整備兵(現場)が悪い」という参謀連中によるカバー・ストーリー作りと流布の過程にそっくりだ。
ミッドウェー海戦では、戦後になってから、生き残った南雲の参謀らにより(南雲本人はサイパンで戦死。死人に口なし)、「運命の30分間」あるいは「運命の5分間」などというカバー・ストーリーが流布され、長らく定説となっていた。
実はこんなものはぜーんぶ戦後になってから作られたホラ話であり、こんなものを「教訓」として信じているとまた何度でも同じ失敗をするよ…と思ったら福島でも同じ失敗をした。
安易に日本人は…という話に持って行きたくはないが、日本人はどうやら近代戦以降の軍事的(近代戦的・総力戦的)な考え方をすることが苦手であり、しかもそれは戦後の軍備放棄や憲法のせいではなく、どうやら戦前から一貫して続いていることなのではないか。そして、軍事的な考え方ができないからこそ、そうした考え方を常にしてくる諸外国(あるいは国内の自称改革派やポ民やZ、B達)に手玉に取られ、または原発のような軍事的な考え方を要求される施設の運用や事故対応(ダメージコントロール)にも失敗する。
その反面で、そうした性格は精緻な工業製品等の作成や地域紛争への無関心・不参戦による戦後の繁栄には有利に働き、また、あるいは我々の社会の問題(いじめやブラック企業等)の存続にもつながっているのではないか。
■原発を運用する覚悟はあるのか
原発を運用するということには、軍事的な発想が求められ、それは民主主義や情報公開の原則といった、市民社会の原則とは相容れない。原発とはもともと軍艦等に近い性質を持っており、その脆弱性や国策への重要性、及びそのことを理解しているものが国民やあるいはその運用に関わるものの中にさえ少ないことなどを合わせて、戦前期の航空母艦に近い性質を持っていると言える。
今回の事故では、狭い敷地に多数の原子炉を並べていたために、一つの炉の爆発をきっかけにすべての炉が連鎖的にメルトダウンを起こした。当初問題が無かったはずの2号機は、両隣の1、3号機の相次ぐ爆発によって注水冷却を行なっていた消防車を破壊されて冷却が不能になり、巻き添えでメルトダウンを起こしたとされる。環境中に最も多くの放射性物質をまき散らしたのはこの2号機とされているのはなんとも皮肉だ。今回の事故は、同じ海域に4隻の空母を集めて貧弱な護衛艦隊で囲み、主力艦隊から突出させたために少数の急降下爆撃機による攻撃で空母を全滅させられたミッドウェー海戦にそっくりだという指摘は、既に行われている。
今回の事故でいまだ一人の「被曝死者」を出していないことは現場の見識であり手腕であるが、早期に決死隊を出して容器の様子を直接確認しなかったことで事態の深刻さの把握が遅れた面は否定できない。
原発は電力の安定供給により民主主義を守るが、内部の者にはそれは適用されない。
現在の日本では空母を運用していないが、敗戦無くして日本海軍が空母を手放すことなどまったくあり得ないことであった。
同じく現在の日本で、もし原発を手放すとするなら、敗戦と同等のインパクトのある事件が必要になるということだ。客観的に見て、福島程度ではまだそれには足りない。
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福島第一原発事故に関する国会事故調の報告書が出された。しかし、マスコミはその中の「菅批判」の部分だけを大きく取り上げる報道をしている。
「原発事故は人災」 国会事故調が報告書決定 官邸の過剰介入を批判
過剰介入で状況悪化 菅氏は国民に謝罪せよ
実際に事故調の報告に目を通せば、
「事故の根源的な原因は、東北地方太平洋沖地震が発生した平成23(2011)年3 月11 日以前に求められる。」
としており、さらに
「事業者である東京電力及び規制当局である内閣府原子力安全委員会、経済産業省原子力安全・保安院、また原子力推進行政当局である経済産業省が、それまでに当然備えておくべきこと、実施すべきことをしていなかった。」
「いったん事故が発災した後の緊急時対応について、官邸、規制当局、東電経営陣には、その準備も心構えもなく、その結果、被害拡大を防ぐことはできなかった。」
つまり根本原因は事故当日以前の原発運用組織の怠慢と準備不足だと明記されている。
にもかかわらず、その中のごく一部にすぎない菅首相批判の部分だけをことさらにクローズアップして取り上げるという報道姿勢がいかに異常かが分かるだろう。
先の民間事故調の報告に関する報道においても見られたように、マスコミは事故以前からの東電や保安院、政府行政の問題をばっさり無視し、あたかも事故調においては菅首相の行動に対する批判に力点が置かれているかのように取り上げて、「東電はちゃんとやろうとしていたのに菅首相(当時)が過剰に現場に介入したため混乱した。菅が悪いという指摘がなされた」というストーリーをでっち上げ、あたかも菅直人個人のせいで事故が拡大したという説を流布する。こういうものをカバー・ストーリーなどと呼ぶ。
■「分かりやすい話」は通りがいい
「カバー・ストーリー」とは、本や雑誌の表紙(カバー)に打たれた、記事や内容を分かりやすく紹介する文章のこと。
転じて、ある出来事について、衆目をごまかすために、大衆にも分かりやすく納得しやすい内容に事実を歪めて流布される囮の"作り話"を指す。MGS厨かよ。
とは言え、事態が複雑であればあるほど、利害関係者が多ければ多いほど、短い文章量でズバっと説明してくれる「ストーリー」が大衆には好まれるのも事実だ。
私は別に菅直人首相を批判するのはけしからん、彼の原発事故対応はパーフェクトだった、などというつもりは全くない。むしろ逆だ。菅首相はリーダーとしてはそうとう性格的に問題のある人物だった。
はっきり言って、当時の関係者らが菅直人という、「イラ菅」という異名を持ち、すぐに相手を怒鳴りつけるタイプのリーダーをいただいていたことに対しては同情しなくもない。幼少からいい子で親や教師に怒られることも少なかったであろうエリート役人や東電役員や学者らが、いきなり大声で怒鳴られて萎縮したであろうことは想像に難くないし、また、そういった「すぐ怒鳴る」人物に対して報告をあげることは、彼らにとって非常に億劫で気の重い職務であっただろう。
しかし、一刻を争うのが災害対応や原発事故(そして戦争も)というものであり、一人の担当者が5分程度報告を先延ばしにするだけで、それはすぐさま連鎖して1時間程度の情報伝達の遅れとなって表れ、そして1時間もあれば核燃料棒は溶け出すのである。
当時の、いわゆる原発安全厨が異常に楽観的だった理由の一つには、彼らの間で「日本の原発は冷却が止まっても2週間ほど放置して大丈夫なんだよ( ´∀`)」というヨタ話が流布されていたからだという説があるが、当時の東電や御用学者らの当初の異常な楽観主義とケツの重さと、2号機のメルトダウンが不可避になった時(3/15深夜)の慌てぶりとを見るにつけても、実は「本店」も同じ類のヨタを信じていたからなのではないかと疑っている。
■誰も決断せず、何もしなかった可能性
原発が危機と見るや、震災対応を放り出して原発に没頭するなど、Googleで「菅直人 あす」と入力して表示される予測変換結果と同じことを皆考えているんだなと思う。彼が原発に強い興味を持って、その対応へとのめり込んでいったことは幸運だったのか、不幸だったのか、今の時点では分からない。
ただ、あのぐらいに強く指示されていなければ、東電はなんにも決断できず、結局なんにもしなかっただろうな、ということは想像できる。
「ベント」は実行した瞬間にスリーマイル越えの事故になることが確定するし、「海水注入」は原子炉をほぼ廃炉にすることを意味する。どちらも「チェルノブイリに次ぐ規模の事故になる」「保有資産がオシャカになる」ことが決定することを意味する。放置して事態が好転することなどないことは考えなくても分かることだが、前例墨守と平安に慣れ、逃げ切りと退職金満額しか考えていない半官半民の小役人たちには決断できないことだったろう。脳がフリーズしたように固まってしまった者も居たようだ。
にもかかわらず、後になってから「ちょうどベントして海水注入しようとしてたところに菅直人が来て邪魔したんですよ。菅が悪い。」なんて話をしゃあしゃあと(マスコミの口を借りて)出しているのを見ると、
大川小学校の「ちょうど別の場所に避難しようとしていたところに津波が来たんですよ。どうしようもなかったんです。」みたいな話とか、
「ちょうど攻撃隊を発艦させようとしたところに奇襲爆撃を受けたんですよ。南雲(と整備兵)が悪いんです。」
などという、ミッドウェー海戦について戦後長らく流布されていた、いかにも分かりやすいカバー・ストーリーが思い浮かぶ。
彼らは「○○しようとしていたのに…」と口をそろえるが、実際には安全バイアスに支配され、なんにもしていなかった(平時のマニュアル通りの行動をとり続けていた)可能性が高い。
実は、「菅直人」の他に、日本政府にかなり強い調子で対応を迫った所がもう一つあるのだが、そちらについてはマスコミも何も言わない。これが日本の状況なのだ。
■「ストーリー」は教訓にはならない
今回の原発事故における、原発村発マスコミ経由で流される「菅が悪い」「現場が悪い」というリーク合戦は、戦後になってからのミッドウェー海戦についての「南雲が悪い」「兵装転換が遅れた整備兵(現場)が悪い」という参謀連中によるカバー・ストーリー作りと流布の過程にそっくりだ。
ミッドウェー海戦では、戦後になってから、生き残った南雲の参謀らにより(南雲本人はサイパンで戦死。死人に口なし)、「運命の30分間」あるいは「運命の5分間」などというカバー・ストーリーが流布され、長らく定説となっていた。
実はこんなものはぜーんぶ戦後になってから作られたホラ話であり、こんなものを「教訓」として信じているとまた何度でも同じ失敗をするよ…と思ったら福島でも同じ失敗をした。
安易に日本人は…という話に持って行きたくはないが、日本人はどうやら近代戦以降の軍事的(近代戦的・総力戦的)な考え方をすることが苦手であり、しかもそれは戦後の軍備放棄や憲法のせいではなく、どうやら戦前から一貫して続いていることなのではないか。そして、軍事的な考え方ができないからこそ、そうした考え方を常にしてくる諸外国(あるいは国内の自称改革派やポ民やZ、B達)に手玉に取られ、または原発のような軍事的な考え方を要求される施設の運用や事故対応(ダメージコントロール)にも失敗する。
その反面で、そうした性格は精緻な工業製品等の作成や地域紛争への無関心・不参戦による戦後の繁栄には有利に働き、また、あるいは我々の社会の問題(いじめやブラック企業等)の存続にもつながっているのではないか。
■原発を運用する覚悟はあるのか
原発を運用するということには、軍事的な発想が求められ、それは民主主義や情報公開の原則といった、市民社会の原則とは相容れない。原発とはもともと軍艦等に近い性質を持っており、その脆弱性や国策への重要性、及びそのことを理解しているものが国民やあるいはその運用に関わるものの中にさえ少ないことなどを合わせて、戦前期の航空母艦に近い性質を持っていると言える。
今回の事故では、狭い敷地に多数の原子炉を並べていたために、一つの炉の爆発をきっかけにすべての炉が連鎖的にメルトダウンを起こした。当初問題が無かったはずの2号機は、両隣の1、3号機の相次ぐ爆発によって注水冷却を行なっていた消防車を破壊されて冷却が不能になり、巻き添えでメルトダウンを起こしたとされる。環境中に最も多くの放射性物質をまき散らしたのはこの2号機とされているのはなんとも皮肉だ。今回の事故は、同じ海域に4隻の空母を集めて貧弱な護衛艦隊で囲み、主力艦隊から突出させたために少数の急降下爆撃機による攻撃で空母を全滅させられたミッドウェー海戦にそっくりだという指摘は、既に行われている。
今回の事故でいまだ一人の「被曝死者」を出していないことは現場の見識であり手腕であるが、早期に決死隊を出して容器の様子を直接確認しなかったことで事態の深刻さの把握が遅れた面は否定できない。
原発は電力の安定供給により民主主義を守るが、内部の者にはそれは適用されない。
現在の日本では空母を運用していないが、敗戦無くして日本海軍が空母を手放すことなどまったくあり得ないことであった。
同じく現在の日本で、もし原発を手放すとするなら、敗戦と同等のインパクトのある事件が必要になるということだ。客観的に見て、福島程度ではまだそれには足りない。
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