■目の離せぬ佐治アストロパーク
鳥取市の南部の佐治町高山に佐治アストロパークという鳥取市の施設がある。とても規模の大きな公共天文台で、「星とり県」を標榜する鳥取県の中核施設と言える。
非常に活動的な天文台で、しばしば面白い画像、映像を見せてくれるので、われわれ都会組は目が離せない。
この前は10年におよぶタイプスパンを置いて撮影したカニ星雲の画像を発表してくれた。膨張しているようすが明瞭に見てとることができて、感動した。
■それは2021年3月18日
その佐治アストロパークが最近また面白い映像を見せてくれた。動画の一場面を載せておこう。
動画はこちら:https://www.youtube.com/watch?v=GYtu--5I4OE
2枚の写真が並んでいる。時は2021年3月18日、日没後、間なしだったようだ。よく晴れて大阪からも月がきれいに見えていた。左が天文台から、右が鳥取砂丘からの撮影とのことである。
右の月に重なっている白点が野口総一郎氏搭乗するところのスペースステーションで、月のほぼど真ん中に映っている。もちろん、鳥取砂丘でなら真ん中という予報があったから出かけたのだろう。そして、予報通り、月のど真ん中を通過した。元々、動画だから、下から上に向かってスペースステーションが進んで行く様子が映っていたが、あっと言う間に通過してしまったので、望遠鏡で見ていたら実にあっけない現象だったに違いない。
さて、左は天文台からほぼ同時に撮影した画像だが、スペースステーションは月のはるか右の方に月1.6個分、角度で0.8°ほど離れて映っている。画面真ん中の白点である。
■視差
この現象は視点位置によって物体の角度が変って見える視差によって生じた現象である。
そこで、佐治アストロパークと砂丘との距離を調べてみたら、直線で21kmで、佐治アストロパークから砂丘は右(東)から上(北)に測って65°の方向だった。
月は遠いから、どちらから見ても、この程度の距離差では視差は生じない。これに対し、スペースステーションの飛行高度は誠に低く、それで視差約0.8°が生じたのである。
ということは、スペースステーションから見たら佐治アストロパークと砂丘の間の角度が0.8°だったということだ。それが地上では21kmになった。
ところで、1°という角度は、言わずもがな、円周の1/360。半径が100kmの円ならば円周は628km、その1/360は1.74km、で1°は1.74km相当である。今回は0.8°、よって1.40kmになる。佐治アストロパークと砂丘の間は21kmだから、その15倍。したがって、飛行高度は100km×15=1,500kmになる。
むむ、ちょっと高いなあ。どうやら、この計算ではダメ!らしい。さて、はて?
■スペースステーションの飛行角度
ダメな要因の一つはスペースステーションの飛行角度を考えなかったことだ。上の図に2つの場所を結んで線の引いてみたが、もしスペースステーションがこの線をなぞるように進んだら、視差は飛行方向にしか効かないから、左右のずれはなく、前後のずれ、つまり飛行時間の差になって出てくるだけだ。飛行角度がカギの一つのようだ。
そこで、調べてみたら軌道傾斜角が51.6419°と出ていた。どちら向きに測った角度なのか、分からないが、真東から北か、南ににこれだけ傾いているのだろうと思う。なぜなら、人工衛星や人工惑星を打ち上げるには相当スピードを出さねばならないので、地球の自転のスピードを借りようとする。すると、東向きに打ち上げることになる。その後、左右どちらか向けるか、北か南か、多分、それは打ち上げ場所に依るような気がする。地球重力を無視できないから、北半球から打ち上げれば南東に、南半球から打ち上げたら北東向きに送り出すと効率が良さそうだからだ。
南東向きか、北東向きか? もし南東方向に進んだなら、上の写真の矢印に直交する形になる。これでは視差が目いっぱい効く方向になってしまい、上の計算のようになる。だから、これはない! となると、北向きということで、北東方向に飛行したのだろう。これは、月の下から上に抜けて行ったこととも整合する。北東方向とは言え、上の写真の矢印と少し角度があったから、それで視差が生まれたに違いない。
ところで、赤道をθ=51.6419°で斜めに横切って鳥取上空まで来ると、何度の角度になるだろうか? 地球は丸いからそれを考えないといけない。どうやら、球面三角というややこしい奴を持って来ないといけないようだ。
図をご覧戴こう。赤道を傾斜角θで横切ったスペースステーションは北緯φ=35.5°の鳥取・佐治上空を通過した。そこで、この状況を図のように鳥取・佐治と飛行経路がなす角をA、それぞれの辺の長さをa、bで示しておく。これらでできる三角は直角の球面三角だ。そこで、球面三角形の正弦定理を適用すると
sin φ / sin θ = sin a / sin A = sin b / sin 90°
となる。sin φ / sin θ は分かっているから、 sin b がすぐに求まり、sin a / sin A もわかる。
余弦定理を使うと、
cos b = cos φ cos a
だ。上でbが求まっているので、これからaがわかる。aが分れば、sin a / sin A が、ひいてはAが得られる。
以上の手続きで、Aを計算すると、
sin φ / sin θ = 0.74055, b = 47.77856°, cos b = 0.671998, cos a = cos b / cos φ =0.82543, a = 34.36760°,
sin a =0.56450, sin A = sin a / sin b =0.76227, A = 49.66°
これなら、A=θ としても大差なかった。結果論ではあるが。
■視差に効いたのは5.4km分、上空390km
さて、この飛行角度を地図に重ねてみると、このようになる。確かにかなり方向が揃っていて、15°の開きだ。なお、スペースステーションはこの「向き」で飛んでいて、この経路に平行だったが、実際どこの上空だったかはここでは特定できない。しかし、視差には大きく関係しないので、まあ、こんなものと思うことにしよう。
視差に効いてくるのは飛行経路に対し直角方向で、両者が15°開いているから、佐治アストロパークと砂丘の間の21kmのうち sin 15° = 0.259 分、つまり5.4km分だけである。
あれ、ちょっと待って下さい。そうすると、わざわざ砂丘まで行かなくても観測できましたよね、宮*さん!
上に戻ると、5.4/1.4=3.88 となるので、上空390kmほどを飛んでいたらしい。これなら、これまで言われてきた値と矛盾はないようだ。
なお、ウィキペディアによれば413~418km上空を飛んでいると言う。400kmなら鳥取から甲府あたりまでに相当する距離で、随分、低空を飛んでいる。これが「宇宙ステーション」なんだから、これからどういう名前をつけるのかな、と少々心配に。
■速さについて
秒速8kmほどで飛んでいるので、それが400km先となると角速度は 8/400=1/50ラジアン だ。1ラジアンは57°ほどだから、1/50ラジアンは約1°になる。ということは、月を0.5秒ほどで横切って行ったことになる。うん、見た感じに合ってる。
佐治アストロパークの皆さん、楽しい話題を提供して戴き、ありがとうございました。真面目に遊んでしまった!
(2021.3.21.)