サスペンスドラマと言えば、ほとんどが「・・・・殺人事件」という
感じで、人を殺した犯人を推理するというもの。
はじめはなんだか登場人物みんなが疑わしい。
犯人はいとも簡単に人殺しをするのだが、最後に捕まると正直に
すべての経緯を話しておとなしく捕まる。
いつも理路整然として、こんな素直でまともな人が殺人を
犯すわけがないという感じだが・・・。
内容はともかく、たぶんこの手のドラマは視聴率がいいのだろう。
そこに視聴者が求めているものは何か?といえば、「非日常」なのである。
日常生活には滅多にありえないこと。
殺人事件などその非日常の典型である。
他の時代劇や恋愛物なんかもそうだが、いかに「非日常」な
内容であるかが大事なのだ。
登場人物も普段まわりにはいないカックイイ俳優だったりとか。
そう平凡で平和な日常生活を送っていると、人はどうしても退屈してくる。
どこかへ旅行に行くのも、夜中に集団でバイクを乗り回すのも、
新しいことに挑戦するのも、ワイドショーに釘付けになるのもすべて
刺激を求めて退屈から脱出しようとする行為。
でも出来れば、映像や虚像からではなく自分自身で非日常を求めて
行動し、いろいろ経験するほうが、人間の幅を出すためにも良い
のではなかろうか。(犯罪は論外だが)
人は衣食住だけでは生きられないのだ。
何か感情を刺激してくれること、他に夢や希望も必要になる。
それは与えられるのではなく、自分で見つけるしかないのである。
感じで、人を殺した犯人を推理するというもの。
はじめはなんだか登場人物みんなが疑わしい。
犯人はいとも簡単に人殺しをするのだが、最後に捕まると正直に
すべての経緯を話しておとなしく捕まる。
いつも理路整然として、こんな素直でまともな人が殺人を
犯すわけがないという感じだが・・・。
内容はともかく、たぶんこの手のドラマは視聴率がいいのだろう。
そこに視聴者が求めているものは何か?といえば、「非日常」なのである。
日常生活には滅多にありえないこと。
殺人事件などその非日常の典型である。
他の時代劇や恋愛物なんかもそうだが、いかに「非日常」な
内容であるかが大事なのだ。
登場人物も普段まわりにはいないカックイイ俳優だったりとか。
そう平凡で平和な日常生活を送っていると、人はどうしても退屈してくる。
どこかへ旅行に行くのも、夜中に集団でバイクを乗り回すのも、
新しいことに挑戦するのも、ワイドショーに釘付けになるのもすべて
刺激を求めて退屈から脱出しようとする行為。
でも出来れば、映像や虚像からではなく自分自身で非日常を求めて
行動し、いろいろ経験するほうが、人間の幅を出すためにも良い
のではなかろうか。(犯罪は論外だが)
人は衣食住だけでは生きられないのだ。
何か感情を刺激してくれること、他に夢や希望も必要になる。
それは与えられるのではなく、自分で見つけるしかないのである。
外に出ようと思ったらいくらでも出られる。
自分がソコに留まるから、そこにいるだけ。
それは知らず知らずのうちに自分が選んだ現実。
原因と結果で構成されているのだと思います。
この世界は。
外があることは知っていても、
外に出ることを知らない私達は
日常に非現実を求めるのかもしれませんんね。
どうも人混みが苦手なので、もう何年も神宮祭には
行ってませんね。
カラーヒヨコはまだ売ってるのでしょうかW。
ヨサコイ騒乱は市内のあちこちでやっているので
時々、ニアミスすることはあります。
たぶん潜在意識の中ではみんな外に飛び出したい
のだと思います。
ただ、2種類の人種がいて、一方は退屈でも
現状維持の方が楽だし居心地がいいと感じて
留まる方を選び、バーチャルなものから
刺激をもらう。
反対にもう一方、前向きな人はどんどん外に
飛び出して、実体験から刺激をもらう。
各自、気持ちの葛藤があってそれに勝つか
負けるか、その違いだと思います。