週刊現代にこんな記事が在った。
JALの新人研修は4ヵ月にも及び、基本的なマナー、英語学習、緊急時の対応まで徹底的に叩き込まれる。カリキュラムは朝から晩までみっちりと組まれ、体力的にも精神的にも追い込まれる新入社員は少なくないという。今回の救出劇は、まさしく厳しい訓練の賜物だと言っていいだろう。「研修ではバードストライク、航行中の火災、滑走路での接触事故などあらゆるシチュエーションの救難訓練を行います。なかでも、緊急脱出訓練はもっとも過酷で、緊張感もすさまじいです。数時間にわたって日本語と英語で緊急アナウンスの練習をし、教官からは一言一句を正される。なかには教官から『これが本番だったら、お客様は死んでいました。あなたは命を預かる責任の重さをわかってるの?』と怒られ、涙を流す子もいるほどです」
昨今の教育や職場の現場では、褒めて伸ばすと称して、一切激しい口調での指導は行わないと云う風潮が在る。遣り方は色々在っていいだろう。
特に今回の様な人命を預かる職場、現場で従事する方々の研修や教育現場では、怒号が飛び交う。手のひらに乗せる様に優しく扱う様な教育や指導では全く向かないだろう。
同じ失敗を繰り返す従業員に、少しキツい口調で云うと、「ハラスメントだ」と流行り言葉の様に返されてしまう。
厳しい指導や教育には、「何とか此奴を独り立ち出来る様にしてやりたい」と云う強い思いの他に、「此奴何回云ったら解るんだ」と云う感情の入った思いが在るのは当たり前である。
教育家や指導者が、褒める一辺倒の教育や指導をしたり顔で声高に喧伝している。此れ等の連中は、一切感腹立ちや怒りの感情を持たずに教育や指導が出来る筈が無い。
顔は笑顔にして、口調も穏やかにしているが、心は怒り狂っている時も在る筈だ。寧ろ此方の方が気色悪い。
若し、怒りのや腹立ちの感情を抱かずフラットだと云い張る奴が居るなら強く云いたい。
心が無い状態であると。
カルト宗教教団に精神を書き換えられた末端信者と同様な精神状態である。
此れ等の連中の笑顔は心からの喜びや期待の笑顔ではなく、薄ら笑いである。
魔に魅入られた宗教指導者がこう云う薄ら笑いを浮かべる。
幾ら教育現場で褒める教育をしたところで、今の社会では生きられぬ。
そう云う職場も在ると聞いているが、そんな奇特な職場は一握りも在るまい。
一握りどころか、一つまみも無い。
何かを己に取得して、いざと云う時に体が自然に動く様にする為には、褒めちぎるだけの教育や指導では追い付かない。
此れは持論だが、吾が思う反復練習、訓練のの極意とは、
「考えてから手足を動かす様では遅い。其の仕事を行う時、何かの事態に遭遇した時に自然と身体が反応して動かなければならぬ」
である。
今回のJALの新人CAさん方の18分での全員救出は、其れを見事に体現されたものだった。
若い年齢でありながら本当に素晴らしい。
CAさんのプロの仕事ぶりを見習いたい。
働いて其の対価を貰っている以上はプロである。
年齢や職歴に関係無くプロである。
吾の職場に携帯を覗き込みながら仕事をする30代のアホが居ると前に書いたが、此奴はもうただの給料泥棒である。
今の政治家も給料泥棒ばかりである。
職場は、緊張感と緊迫感が在る中での方が良い仕事と物作りが出来る。
和気藹々の職場や部署は業績が上がらない。
こう云う事を云って過去に、
「じゃあ、ブラックと呼ばれる、虐めや暴力一辺倒が良いのか」
と突っ込まれた事が在るが、こう云うツッコミを入れる連中は、教育や指導で独り立ち出来る様にしてやりたいと云う思いと悪意のみの暴力(悪意の暴言も含む)との境目が解らぬのだろう。
今、職場や教育現場で問題になっている事例は後者の悪意のみの暴力と暴言である。
飛行機は向かい風(逆風)と云う揚力で飛ぶのである。
追い風(順風)だと失速して墜落する。此れは凡てに於いての真理である。