久々の戦国時代というか孟嘗君。直接出てこないけど名前がちょいちょい出てきて、肯定的に書かれていて、嬉しくなってしまう。宮城谷さんの本では「孟嘗君」が一番好きだな、戦国四君の中でも一番好きだな。昨日の盟約も明日には破られる戦国の世で、そういうことをしない信義の人で、バランサーだったから。
本作では、のちの平原君となる少年(趙の公子勝)が出てくる訳だが(これまたかわいい。まあ個人的好みはのちの恵文王(兄の公子何)の方だが)、彼の孟嘗君への憧れを刷り込んだのはお前(主人公)かよwと、そのあたりもニヤニヤポイントである。……そういや、魏と斉を皮切りに、周以外の国主も王を自称・他称し始めたのが戦国時代だけど、趙王の子はまだ「公子」なんだな…「王子」にしちゃうと、主人公のはらわたは煮えくり返らなくても複雑な気持ちにはなりそう。あるいはややこしいから、本作では「王子」「公子」の区別を付けたままなのかしら、それとも当時も「王」は呼称しても、子供まで「王子」と呼ぶのははばかられたのかしら。(※魏と斉が自称・他称し始めるまで、「王」とは周王ただ一人で、他国は「公」。)
しかし、本作、「孟嘗君」や「奇貨居くべし」みたいに、多分創作過多だよね。まさか周王になるとは思わないので、どういう着地点になるのかしら、趙と燕、両方行き来?趙の武霊王(主父)に近付くたび、(その人むごい死に方する人だよ…!)ってちょいちょいハラハラするんだが。
と思ったら、次でもう沙丘の乱のようなので、うん、主人公が2巻で死ぬはずないわ(上、下巻じゃない)って、ちょっと安心したけど。あと、これまでの作品でどちらかというと敵陣営というか、得体のしれない人、強大な人、主人公に立ちはだかる人という描写が多かった主父に寄り添う描写がちょっと新鮮。いや、胡服騎射とかは革新的な政策だったって書き方されてきたし事実そうだろうけど、やっぱり規模拡大・領土拡大を狙う王はちょっとね…他人や他人が住んでいる土地を奪う訳なので。彼は視点は高そうだがもう少し度量が大きければ…、でもそうしたら作中の事件、歴史が変わってしまうが(苦笑)。
(古代中国を知らない人に説明するなら、主父は織田信長タイプ。軍事で趙を強大にし、ある面では英明でカリスマ性があったが、身内に裏切られる。ちなみに主父(しゅほ)とは、10代前半の息子に王位を譲っているから(でもがっちり実権は握ったまま)。)