ジェローデル お誕生日SS/秋風《読み切り》
〈2016年10月19日にヤプログにUPしたSSです〉
◇◇◇
今朝は空気が清々しい。
秋晴れの良い天気だ。
フローリアン・F・ド・ジェローデルは夜着にガウンを羽織った姿で寝室を出ると、バルコニーから澄んだ青空を眺めた。
今日は十月十九日。わたしの誕生日だ。
流石に三十を過ぎると誕生日だからと喜ぶような年齢でも無いが…。
二十代の頃は両親をはじめ、兄や親戚達も、
「結婚は?好きな女性はいないのか?」と真剣になっていたが、
「興味がありません」の一点張りのわたしに呆れたのか、二十代も終わりの頃には周囲も騒がなくなった。
女性に興味が無いから独身貴族を通している…、とベルサイユで噂を囁かれても聞こえないふりをする。
ずっと、わたしが見ていたのはオスカル・フランソワだったから。
ジェローデル家は兄が継ぐし、兄夫婦には息子と娘がいるので跡取りにも問題は無い。
次男であるわたしは、ある程度自由でいられるのだ。
流石に結婚を申し込みたいご令嬢がいると両親に告げた時は大いに喜んでくれた。
両親は喜んだのも束の間、ご令嬢の名を聞いて驚愕の表情をしていたな…とフローリアンは両親の顔を思い出して口元で笑う。
ベルサイユ中の噂通り、振られた訳では無いが形的にはオスカル嬢との婚約は白紙になった。
わたしから身を引いたのだから。
オスカル嬢は自ら移動願いを出してフランス衛兵隊長に。副官だったわたしは彼女を引き継いで近衛連隊長になった。
近衛にいた頃は互いに毎日のように顔を合わせていたが、今は滅多に会わなくなった。彼女が宮廷や近衛に足を運ぶ機会が減ったから。
彼女と従僕であるアンドレ・グランディエの二人が衛兵隊に属して暫くの間は新隊長のオスカル・フランソワが苦戦している噂を耳にしたが、現在は聞かなくなった。
今では兵士達も彼女の指示に従っているという。
…オスカル嬢らしい。
女性だからという周囲の偏見と反発も努力と実力で見返してきた近衛隊と同様、多少時間は掛かったが衛兵隊でも実践して兵士達の信用を得たのであろう。
近衛隊とは全て世界が違う…身分も家柄も天と地ほども差がある衛兵隊の中で。
近衛では副官にわたしが就き、従者にアンドレ・グランディエがいた。
衛兵隊では兵士の一人として従者兼護衛として彼女の支えとなるアンドレ・グランディエもいる。
嵐の中に飛び込むように…生き急ぐように日々を生きている彼女。
そんな彼女が安息できる場所が自分の胸であれば…と結婚を申し込んだが、彼女にはアンドレ・グランディエがいた。
そう、ずっと長い間…さながら光と影のように彼はオスカル嬢に寄り添っていた。
結婚後も彼を従僕につけたままでも良いと思っていた。
でも。本当は心の何処かで判っていたのだ。わたしでは役不足であると…。
彼を愛しているのか判らないと言った彼女。
ご自分で気付いていないだけなのだと判った。
気付くのは時間の問題であるであろうということも…。
わたしとの婚約の一件が、アンドレ・グランディエに対する彼女自身の心を気付かせる要因となったのかもしれないが、わたしは彼女が幸せであれば良いのだ。
婚約解消後に宮廷で彼女と従僕に会う機会があった。
彼女の雰囲気が変わっていた。
一層美しく、纏う空気も柔らかかった。
そう、気付いたのだ。ご自分の心に。
二人の想いは通じたのだろう。
愛し愛される喜びを知った女性の美しさは輝きを増す。
他愛もない会話をし、別れ間際に彼女に言われた。
「有難う」と。
わたしは軽く頭を下げ、彼女達と別れた。
元婚約者二人、令嬢の従僕。
求婚者を募る舞踏会を彼女がブチ壊したのはベルサイユでは有名な話であり、その当事者二人が笑顔で会話をしている姿は周囲の注目の的になるが、互いに気にすること無く会話を続けた。
オスカル・フランソワは幸せそうだった。
わたしは彼女を見守る愛を誓い、身を引いたのだ。
彼女の夫になれなくても、今まで通り彼女と接し、広い空の下で同じ空気を吸い、生きてゆければ良い。
フローリアンはオスカルを想いながら、朝の澄んだ空気を楽しんでいた。
ドアがノックされ、静かに執事が入ってきた。
「おはようございます。フローリアン様」
「あぁ、おはよう」朝から執事が部屋に訪れるのは珍しく、フローリアンは小さく首を傾げてみせる。
「フローリアン様、失礼いたします。昨夜、お手紙が届いておりまして…。本日フローリアン様にお渡しくださるようにと…」
「誰から?」
バルコニーから部屋に戻ってきたフローリアンに初老の執事は静かに答えた。
「オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ様からでございます」
「…オスカル嬢?」
慌ててフローリアンは手紙を受け取った。
執事は頭を下げて部屋を後にする際、フローリアンに言った。
「フローリアン様、本日はお誕生日おめでとうございます。勤務もお休みでございましたね。こちらにカフェをご用意いたしますか?」
「あぁ、有難う。今朝はもう少しゆっくりしたいから朝食前にカフェを頼むよ」
執事は優しく笑みを浮かべて頭を下げ、部屋を出て行った。
ジャルジェ家の紋章入りの封筒。
フローリアンは優雅な仕草で封を開ける。
便箋からは微かな薔薇の香りが漂う。
オスカル嬢の香り。
白い便箋には滑らかで懐かしい彼女の文字が連なっていた。
『親愛なるジェローデル。お誕生日おめでとう。君に神のご加護を…。オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ』
短い文章。
オスカル・フランソワらしい。
物質的な豪華な祝い物では無く。このような、さり気ない気遣いで手紙を寄越してくれる事も…。
《親愛なるジェローデル》…か。
生真面目で真っ直ぐな彼女らしい。
いつの日か、ファーストネームで呼んでくれることはあるのだろうか。
それはわたしの小さな夢。
そんな彼女をわたしは影ながら見守り、愛し続けるだろう。
身を引くことが愛の証。
見守り続けることが愛の証。
運命の相手が…魂の半身が自分では無かったというだけの事。
でも。貴女と共に今を生きている。
この年齢になり、誕生日に浮かれて喜ぶ歳でも無いが、元婚約者からの祝いのメッセージは嬉しいものだ。
元上司と元部下として、友人として、婚約前と変わらず接し、このフランスの空の下で同じ時を生きてゆけることに幸せを感じながら、フローリアンはオスカルからの手紙にそっと口付けた。
外は雲ひとつない美しい秋空が広がっている。
小鳥達の囀りも心地よく耳に届く。
フローリアンは口元で微笑んだ。
今日も清々しい一日になりそうだ。
バルコニーから爽やかな秋風が吹き込み、フローリアンの淡いブラウンの髪を揺らしていた。
◆おわり◆
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〜フローリアン お誕生日おめでとう~
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〜フローリアン お誕生日おめでとう~
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