ベルばらSS/ジェローデルお誕生日に寄せて
〈2017年10月19日にヤプログにUPしたSSです 〉
◇◇◇
《倖せのカケラ》
「…隊長…」
夕刻、近衛隊の執務室で書類整理を終えて、午後のお茶を飲んでいるオスカルにジェローデルは声をかけた。
「ん?何だジェローデル」
「お付き合いしていただけませんか?」
「あぁ、良いぞ」
何時ものように口元で笑って答えるオスカルにジェローデルは声を上げて身を乗り出した。
「よろしいのですか!?」
「何だ?血相を変えて…。~で? 何処に付き合えば良いのだ?」
ジェローデルは大袈裟にガックリと肩を落とした。
その姿を見たオスカルは目をパチクリとして。
ん?何なのだ?この副官の落ち込み様は…。
近衛の貴公子と言われる男らしからぬ落胆ぶりにオスカルは首を傾げている。
「…隊長…」
「ん?」
「…いえ。何でもありません」
「……? 何だ、変な奴だな」
そう。そうなのだ。オスカル・フランソワが色恋に疎いのは判っていたハズだ。
特殊な…稀有な生い立ちのオスカル・フランソワ。
これが男女のお付き合いの誘いなどとは微塵も思っていないのであろう。
窓辺からの夕陽に黄昏れながら、椅子に深く座り直したジェローデルはカップの紅茶に口をつけたのだった。
その後、オスカル・フランソワは近衛連隊長を辞め、フランス衛兵隊に移り…。
私は意を決してオスカル嬢に結婚を申し込んだ。
ずっとお慕いしていた、稀有な人生を歩む貴女の支えになりたくて。 貴女の父であり、上官であるジャルジェ将軍も快く受け入れてくださった。
ジャルジェ将軍も私も…貴女に対する想いは共通するものがあったのでしょう。女性でありながら男として、軍籍に身をおいて生きてきた貴女に、いきなり女に戻り結婚などと…一筋縄ではいかないと覚悟はしておりましたが。
「これは何の冗談だ?」
「…隊長…」
ああぁ…隊長。冗談で結婚を申し込む男がいるでしょうか?
自分の両親に話し驚愕されつつ、上司である貴女の父上に正式に結婚のお許しを得てこの場にいるのですよ。
貴女は変わっておりませんね。
それでこそ、オスカル・フランソワだ。
いやいや、今は感心している場合では無い。
判っているのに、貴女から目が離せない。
子どもの頃、貴女にお会いした時…あれが一目惚れだったのだと気付いたのは近衛隊に入隊してからでした。
ずっと密かにお慕いしておりましたが…やはり昔と変わらず貴女は色恋には疎い。
ジャルジェ将軍が催した舞踏会を貴女はブチ壊し、夜の庭園での接吻…一瞬私の胸に身を預けた貴女はハッと我にかえり腕をすり抜けて走り去った。
貴女は何を思ったのか。
貴女は何に気付いたのか。
後日、貴女に呼ばれて話を聞き…私は婚約を解消し、貴女から身を引くことを決めた。
貴女の告白…貴女はご自分で気付いていないようですが、アンドレ・グランディエへの想いを私に告げているようなもの。
身を引きましょう…貴女の為に。
それでも貴女を愛する心は変わらない。
貴女を見守る愛を貫くことが私の愛の証。
貴女がアンドレ・グランディエへの己の気持ちに気付くのも時間の問題のようだ。
アンドレ・グランディエは貴女を愛している。
色恋に疎く、稀有な人生を歩んできた貴女はアンドレ・グランディエへの愛にまだ気付いていないだけなのだから。
身分違いとはいえ、相思相愛の恋人同士に隙いることは出来ません。
そして、愛に気づいた貴女は一層美しく花弁を潤わせ花を咲かせるのでしょう。
アンドレ・グランディエ…。彼はオスカル嬢と子どもの頃から兄弟のように育ったと聞く。
何十年も一緒にいればオスカル嬢の癖や性格も熟知しているであろうが…。
相思相愛で恋人になっても彼女が相手では色恋に苦労するであろうな。
主人と従者、身分違いの秘密の恋人同士を邪魔するつもりなど毛頭ない。
軽い嫉妬があるのも事実だが、その秘密を共有させてもらっているのは密かな幸せ。
ある秋の日、会議の為にフランス衛兵隊長であるオスカル・フランソワがベルサイユに来た時、早めに会議室に来ていた私と話す機会があった。
婚約解消後、久しぶりに会ったオスカル・フランソワは一段と麗しき女性に見える。
あぁ…アンドレ・グランディエと幸せに過ごしているのであろうと判った。
「お久しぶりです。オスカル嬢…お幸せそうですね」
「…ジェローデル…」
ジェローデルの隣に座ったオスカルは、元副官であり元婚約者の男をみる。
私自身が気付かなかったアンドレへの想いを自覚させた二人…フェルゼンとジェローデル。
私のアンドレへの気持ちを悟ったジェローデルは自ら婚約から身を引いた。
ジェローデルに感謝しているのも事実。
アンドレと相思相愛になれて満ち足りた心。愛し愛される幸せ。公表できない秘密の恋人同士なのが切ないが…。
オスカルは机に肘をつきながら物思いにふけっていた。
ふぅ…とオスカルは小さく溜息をついた。
「…どうしました?」
「…ジェローデルとフェルゼンと…。アランにもバレたのだ」
バレた…とは貴女とアンドレ・グランディエの関係のコトでしょうか。
「アラン…とは?」
「あぁ、衛兵隊の部下だ。アラン・ド・ソワソン。奴にもバレた…何故だ」
貴女を見ている者なら気付くでしょう。
おそらくアランという男も貴女に想いを寄せる一人なのではないですか?
「あ…他にも屋敷の者達で気付いている者もいるかもしれないが…」
秘密にしているのに何故だろう…と貴女は真剣にお悩みのようで長い髪をかきあげている。
~古参の侍女なら貴女の変化に気付くでしょうね。
どんなに隠しても貴女の小さな変化に周囲の者達は目を惹かれるのですよ。
貴女がアンドレ・グランディエと一緒にいる時、どれだけ満ち足りた表情をしているかお分かりなのですか?
「オスカル嬢…」
惚気でしょうか。
天然すぎる貴女も魅力的ですが、私は貴女の元婚約者なのですよ。わたくしを信頼してくださっているのは嬉しいこと。婚約が白紙になったとはいえ、婚約前と変わらず、元上司と部下として友として接していられるのは幸せなことですが…。
「此処で惚気を聞くことになろうとは思ってもみませんでしたが、秘密を共有させていただいているのは嬉しい限りです」
「の…惚気とは何だっ」
ふ…。全く自覚の無い貴女も可愛らしい。
近衛の部下がドアをノックし、会議室に上官達が入って来た。
ジャルジェ将軍に少し遅れてブイエ将軍。ジャルジェ将軍は私とオスカル嬢を見て、一瞬目を見開いたが、直ぐに表情を戻した。
末娘と元婚約者の部下が談笑しているのが不思議だったようだ。
オスカル嬢も直ぐに凛とした表情になり、共に私も上官に頭を下げる。
他の部隊の上官達も集まり、長引くことなく会議も終わった上官達は会議室を出てゆく中、残った私達も帰る支度をして。ジェローデルはドアを開けてオスカルを廊下に促した。
貴女の髪が靡く。
「オスカル嬢…貴女は貴女のままで。わたくしは貴女達を見守っております」
「…ジェローデル…」
有難う…とオスカルはジェローデルを見上げ、口元で微笑んだ。
自分に向けられた素直な笑顔を嬉しく思う。
婚約を解消した貴女とこのような新たな関係を築けるとは思っていなかったのだから。
廊下では従者であるアンドレ・グランディエが待っていた。
彼を確認した貴女はフワリと顔を綻ばせ、幸せそうな笑顔を見せる。
アンドレ・グランディエのみに向けられる表情…満ち足りた笑顔。
貴女達の関係を知っている私の前では隠すことも無く…秘密を共有している密かな幸せ。
新たなオスカル嬢を知るたびに私の心も和む。まるで、倖せの欠片(カケラ)に触れるように…私は小さな倖せのカケラを集めてゆくのでしょう。
貴女の幸せは私の幸せでもあるのですから。
◆おわり◆