私が入社した当時のことを思い出すと、本社・工場に少し大き目なオフコン、拠点には小さいオフコンが何台か稼働してました。
拠点オフコンにはDBを置かず拠点内端末のまとめ役的な使い方。DBは本社・工場にあるオフコンで一括管理してました。DBへのアクセスは今でいうA-VXネット使ってVWS、RFA。うーん、懐かしいですねー。この頃って通信帯域もキロ単位。当然アナログ線です(汗)。遅くて遅くて大変苦慮した覚えがあります。
そうそう、でっかいMT装置も有りました。月次更新の度にMT掛けて徹夜でデータをバックアップしながら作業してましたもん。
この頃稼働していたのがS3100。オフコンOSってたしか...ITOS-VXだったか。まだかけ出しだった私を育ててくれたマシンです。このマシンでオフコンのイロハやらシステム屋の基礎を勉強したこともあって特別な思いもあったりします。
この後、ある程度システムってなんだってことが分かるようなりハード選定の話にも参画出来るようになりました。幸運にもS7200/110という相当大きいオフコンを導入することが出来たっけ。
心残りといえばHDDを増設したかったんですが、2GBでウン百万(!)。さすがに稟議を通せず増設を諦めたことでしょうか。現在では考えられない程ハードディスクって高価だったんです。
S7200には10BASEインターフェイスが付けられるようになり、この頃から「LANってなに?」って勉強し始めました。まだまだ同軸専用線(SIF)を引きまわして専用端末を接続してた時代。インターネットの「イ」の字も知りません。そんな時代でしたがNECのSEさんに色々と教えて頂きWin95で簡易LANを作ったこともありました。
この頃お付き合いさせて頂いた営業担当さん、SEさんとは不思議と今でも縁有ってありがたく思ってます。残念ながら異動されて直接関係が無くなってしまった方々とも時々東京で呑む機会があったりします。「あの頃、みんな若かったねー」なんて昔話に花が咲いたりして(笑)。
さて...S7200が導入され安定稼働、簡易LANなら構築出来るようになりプチ満足。ノホホンと業務を遂行していた96年秋に大きな事件がおきます。この頃、大手企業・先進企業は電子メールを導入するところが目立つようになりクラサバシステムでなければ時代に乗り遅れる的な風潮も強くなっていました。何かの用事で東京拠点に出張した際、経営者と会食する機会があってこんな話題で盛り上がっていると...
「じゃ、うちも1人1台PC支給してオープン系システムやってみようか。簡単でいいから企画書作ってみてよ」と経営者から思わぬ話。変な汗が出たのを鮮明に覚えてます。そうなんです、オフコンしか知らなかった当社SEが初めて「Windowsサーバ」の脅威にさらされることになったのです。経営者からの前向きな提案。逃げ場などあるわけありません。「ドメインって何?」「ルーティングって何よ...」、「電子メールってどういうシステム構成なんだー???」。まったく知らない世界に悪戦苦闘しながら形にしていくわけですが...つづく。